「え、無しって……どゆこと?」
 震えながら、それでも無理して笑いかけた俺に、美悠は眼を逸らしたままもう一度言った。
「だから……無かったことにして欲しいの」
「無かったって、何を?」
「だから……結婚の約束を、無しにしてって……何度も言わせ無いで」
 言葉を無くす俺。
「俺が、職無しだからか?」
「そういう訳じゃ無い……けど……」
「言っとくけど、会社が勝手に倒産しただけで俺がクビになった訳じゃ無いんだからな」
「でも……、お金無いんでしょ? 今月の給料も出無かったって」
「今月どころか先月も無かったけどな。けど仕事は探せば無い訳じゃ無いから」
「ごめんなさい! 怒ら無いでっ!」 美悠はそのまま駆け出し、後ろを振り返ることも無く去って行った。
 俺は引き止める気力すら無くし、呆然と立ち竦んだ。
「はは……、仕事が無くなったと思ったら恋人まで無くしちゃったよ」
 美悠の言う通り金も無いし。つーか金の切れ目が縁の切れ目って、そんなの愛情とは言え無いだろ。いや、そもそも愛情なんて無かったってことか。
 情け無くて涙も出無いや。
「あーあ、カーネが無いからかーえろっと」
 じゃ無くて、ハロワ行こ。失業保険の手続きをし無くちゃ。

「離職票持って無いんですか? 退職した時にもらわ無かった?」
 係のおばちゃんが無愛想に言う。
「いや、貰うも何も突然倒産して会社は鍵掛かって入る事も出来無かったんですけど」
 おばちゃんは俺の言葉を無視したかのようにパタパタとパソコンを打った。
「あー、その会社労働保険入って無いですね」
「んな、有り得無いでしょ。だって毎月の給料から引かれてましたよ、まあその給料すら碌に貰えて無かったですけど」
「間違い無いです。無加入企業で何度も加入勧奨に行ってますけど、いつも社長が不在で会え無かったんです」
「てことは、失業保険は無しってこと?」
「残念ながら、無しですね」
 俺は無言で立ち上がると、おばちゃんにペコリと頭を下げた。いくら怒り心頭だからといって人の心まで無くしてはいけない。このおばちゃんが悪い訳では無いのだ。
 ハロワを出ると、雲一つ無い空に向かって「バカヤローッ!」と叫んだ。
 道行く人達がギョッとした目で俺を見たが、そんなの関係無い。
「もう俺には何も無いんだーっ! 何も怖く無いぞチクショーっ!」

 ああ、何だか大声を出したら、モヤモヤしたものまで無くなっちゃった気がする。
 そうか、何も無いってことは逆に言えば何でも有りってことだ。
 俺には若さが有る。夢も希望も有る。
 そうだ、振り返ればそこにハロワが有るじゃないか。仕事に有り付いたら何か旨いものでも食おう。男は食欲さえ有れば大丈夫!
 俺はポケットを探って有り金を確認した。

「……家にカップメン……まだ有ったかな」