うらぶれた海岸線の観光地。昭和の好景気で乱立した飲食店や元土産物屋の廃墟が草に覆われている国道沿いにあるレストラン。
 ドライブインというジャンルを抜け出して、高級な洋風建築を目指して一時期流行ったものの、時代の潮流に取り残された昭和末期のレストランがあった。無駄に重厚なインテリアと赤い絨毯に
ポトスやカミラといった馴染みの観葉植物が寒々しいを通り越して懐かしいといった印象だ。交通の便だけはいい? のだろうか。マイカー所有率100%に近い田舎ではそう言えるかもしれない。ワインディングロードの途中に突然あるこのレストランに
 少女がやってきたのは夕暮時だった。およそありえない来客に新人の私は戸惑った。しかし迷う事なく窓際の席に一直線に向かって座った少女の「いつもの」という言葉に、子供に対するなんらかの方策と、接客の間で揺れながら私は言った。
「申し訳ありません、私は最近ここに務め初めまして」
 私の顔を見る事もなく、何の興味も示さない少女は言った。
「そう、秋田牡鹿とスルメイカ」
 有名な銘柄の日本酒と、アテのような注文に私はは絶句した。水色の軽いワンピースに、入店してきた時は幅広帽子をかぶっていたような気がするが今は見当たらない。髪の長い10歳前後といった少女。他にもおかしな所はある。
 海辺の田舎町で、真夏にも関わらず全く日焼けしていない真っ白な肌と、妙な気品だ。
「あ、あの」
 反論しようとはしたものの、少女のあまりの堂々たる態度にどう処理したものか考えた挙句、マネージャーが出てくるまで時間稼ぎをする事にした。家出少女なら責任あるマネージャーがどうにかするだろうというズルい考えもあった。
 それにいつものを頼むぐらいだから常連で、何か自分にはわからないルールがあるのかもしれないとも思った。そこへ都合よくマネージャーが出社してきた。あわてて説明をする。
「ああ、あのお客さんね、わたしが行くわ」
 マネージャーは注文されたお酒を花冷えにすると、スルメイカを添えて少女の席まで行った。
「ようこそおいでくださいました、ごゆっくりどうぞ」
 そのVIP扱いに驚いた私は帰って来たマネージャーに質問した。
「あの、あんな子供に大丈夫なんですか?」
「いいのいいの、またへそを曲げられてらっしゃるだけだから」
 そこへけたたましく玄関ベルを鳴らしながら男が飛び込んで来た。
「いらっしゃいませ何名……」
 男は私にに目を向ける事もなく厳つい顔をして焦るように店内を見回すと、少女に目を留め、早足で歩いて行き対面に座った。
 そして頭を低く前のめりになると、小声で言った。
「あの、今回は一体どういった……」
 少女はつんと顔を背けて窓の外を見た。焦りの色を濃くした男がいう。
「えと、宿の改装が気に入らなかったとか」
 少女は沈黙したままだ。
「ひょっとして庭の松を……」
「婿だ」
「えっ」
 少女は男を正視した。
「私が選んだ婿を追い返しただろう」
 体を起こしてしばらく絶句していた男は状況を把握したようにまた身を低くした。
「お導きでしたか、それならそうと」
「もういい、好きにしろ」
「そんな事をおっしゃらずに、息子と彼女の交際は許しますから」
「許す?」
「ああ! いえ謹んでお受けさせて頂きます」
 少女は再び窓の外に目をやって足をぶらぶらさせると、少女は風景に溶け込むように消えた。私は度胆を抜かれたが、マネージャーはふっと笑った。
 男はやれやれといった様子で汗を拭っている。
「あの、マネージャー、あの子は一体」
 マネージャーは含み笑いをしながら厨房に引っ込むと、体を反らせて再び顔を見せた。
「菅井旅館の座敷わらし様よ、今回は色々気に入らなくてへそを曲げられたようね」
 男が憔悴し切った様子で財布を出しながら私のいるレジに向かって歩いて来た。
「ここで足止めしてくれて助かりました、店長にお礼を言っておいてください」
「は……はい」
 そういうと男は1万円を置いて踵を返した。「あの…」そう言いかけた私に肩越しに手のひらを見せると男はそのまま出て行った。
 私が唖然としていると、店のエントランスにふっと少女が現れて、いたずらっぽい笑みを浮かべて舌を出した。
そして肩を落として駐車場に去っていく男の背中を追って走って行った。