長篠の戦いで多くの有能な将士を失った武田家は軍勢の立て直しを迫られていた。
 諸国に牢人を募った。
 多くの牢人が古府中に遣って来て、仕官を願い出ていた。
 下は十代半ばから上は五十代まで幅広い。
 中には困った輩も居た。
 見掛けは八十を過ぎ、腰が曲がった翁が感状の束を手に仕官を申し出ていたのだ。
「儂は西は京、東は陸奥の国で戦に明け暮れ、獲った首の数は七十六! この儂を瀕死に喘ぐ武田家に仕官させよ!」
 と大音声で叫んでいた。
 この翁の見て多くの者が苦笑いを浮かべている。
「翁! 其方は七十六もの首を挙げたと申したが、其れは既に昔の話、今でも槍や太刀が振るえるか」
 牢人の仕官を担当している石附丙伍が尋ねた。
「何を申すか! この通りじゃ!」
 翁は佩いていた太刀を抜き振り下ろすが、鋭さが全くない。
 太刀を見ると所々錆びているではないか。
「志には感服致したが、御引取り願いたい」
 兵伍が申し訳なさそうに言った。
「何を申す! 無礼であろう!」
 周りの者が翁を両脇に抱え放りだした。