雪が激しくなり、緑のフィールドは白く覆われはじめた。こちらのオフェンスラインが壁のように並び、背中からもうもうと上がる湯気の向こう
ダグ・ウィルソンがフェイスガード越しにこちらに向かって目を光らせている。
 今シーズン既に65タックル、17人をスクラップにしてフィールドから退場させた化け物。しかし俺は恐れない。昨年はこの左足で一試合平均4ゴールを挙げて
チームを勝利に導いてきた。プレッシャーを恐れればキックは乱れる。アメリカ人が自分の息子にやらせたくない職業。第2位大統領
そして1位、フットボールのキッカー。どちらも責任が重い。花形のクォーターバックやワイドレシーバー
ランニングバックとは程遠い地味な職人。しかしその責任は重い。試合の重要な局面で流れをひっくり返す事もあるだけにこの左足にかかる期待は大きい。
 ゴールポストまで約20ヤード。60ヤードゴールを決めた事もある俺には大した距離じゃない。
 俺は精密機械になる。薄いとはいえプエルトリカンの血が混じっている俺がこのポジションを任されるようになるには血の滲むような努力を必要とした。
 この試合は10対3、セカンドクォーターで俺が入れた得点のみで敵にリードを許していた。しかし今、ことごとくパスを封じられたニック自らのランで
タッチダウンを決めて10対9、残り時間3秒。得点できたのは奇跡と言えるがこのキックで1点追加できなければ勝利は絶望的な物となる。

 恐れるな、過去の失敗は忘れろ。試合の行方は俺にかかっているんだ。
 白い息の向こう、ゴール裏のベンチにルルの姿が見える。ルルの蔑むような目が思い浮かぶ。

「どういう事だ」
「言葉通りよ、キッカーなんて地味、あなたの応援に行っても1試合に10分も出ないじゃない、その点ダグはスタメンのラインバッカー、タフでワイルドなタックルがいつでも見られるわ」
「敵高校だぞ、それにキッカーは黒人ではできない」
 思わず口をついて出た言葉にルルの顔から笑顔が消えた。
「二度とつきまとわないで」

 彼女の台詞を思い出して俺はマウスピースを噛み締めた。
 トライフォーポイントスペシャルチーム、デイビスの股の間から地面に置かれたボールをじっと見つめる。彼はロングスナッパーとして優秀だ。
 バスケットコートのセンターラインから股の間を通してゴールにボールを叩き込む事ができる。万に一つもミスは無い。

 雪はしんしんと降り積もる。

ニックがスナップの合図をした。
 デイビスの股の間から弾丸のようにボールが放たれる。ボールはニックの手へ。
 俺は足を踏み出したが、パスを受けて流れるようにボールを地面へ置こうとしたニックがかじかむ手を滑らせた。ボールはニックの頭上を越えてこちらに飛んできた。
 俺はあろう事かそのボールを受け止めようとして膝で蹴ってしまった。手が届きそうで届かない所まで跳ね上がったボールを追いかける。ボールに追いついて胸の中に
キャッチした時はオフェンスラインのすぐ後ろだった。壊し屋ダグがポジションを捨てて強襲をかけてきた。ヘルメットの下で揺れるドレッドのロングヘア。鋭い眼光。
 俺とは比べ物にならない巨躯。その巨躯が空を飛んで覆いかぶさってきた。まるで鷲に襲われるウサギの気持ちだ。俺は身を低くして地面に手をつきながら横へと逃れた。
 まだボールは手中にある。パスする相手は?素早く見回してみるが、みなブロックされている。しかしその時デイビスの強力な押しで敵のディフェンスラインにわずかな
隙間ができた。どうする。あそこに突っ込めば間違いなく猛牛共全員の的になる。無理をして足を痛めれば、途端に俺はガラクタだ。どうすればいい?。オフィシャルのクロックを見れば残り時間は0秒になった。つまり俺が倒れたら試合終了。チームの敗北だ。 
 唐突に親父の口癖が頭の中に浮かんだ。
「優秀な選手の条件はなんだかわかるか」
 幼い俺は自分なりに親父の気に入る答えを選ぶ。
「ううん」
 これはお約束だ。親父の質問にはわからないと答える。親父は誇らしげに答えを言う。
「アクシデントをチャンスに変える事だ、フットボールの醍醐味はアクシデントからの逆転だ、みんなそれを見たがっている」