「やれやれ……面倒臭い。お前みたいな奴が来るのも、最早おきまりだな……」

 マコトが剣を抜いて構えると、チンピラ風の男は顔を怒りで真っ赤に染めた。

「坊主、もう半殺ししゃすまねぇぞ?」

 周囲に、争いを止める者はいない。
 遠巻きに見てニヤニヤしている者もいれば、マコトと男の勝敗を賭けている者もいた。

「マ、マコト様……」

 フーリエだけは、端正な顔を歪めてオロオロとしていた。

「安心しろ、俺が負けると思っているのか」

 マコトは、フンと鼻を鳴らす。
 ――まったく、お前を盗賊団から助けたのは誰だと思っているのか。
 そんな考えが頭に過る。

「つうっ!」

 男が頭を押さえ、顔を顰めながら後ろを振り返る。
 マコトはへらへらと笑いながら、男に向けて手を伸ばす。

「これが床についたら、始めでいいか?」

 見せつけたのは、男の髪の毛である。五本ほど握られている。これには男も驚いた。
 マコトが信じられない速さで男の背後に回り込み、髪を引き抜いたのである。
 観衆たちは、男の動揺の意味がわからずに首を傾げていた。
 ただわずかに数人、目を剥いてマコトを睨んでいる者がいた。
 恐らく、マコトの動きが見えたのだろう。マコトは得意気になって、ひらひらと手を振ってやった。

「ま、待ってくれ……! 俺が、俺が悪かった!」

「残念だが、遅すぎるんだよ……そうら!」

 マコトが髪の毛を投げた、そのすぐ後だった。

 ――没収だ。

 聞き覚えのある声が、マコトの頭に直接響いてくる。
 忘れるはずもない、あの美しい女神の声である。

 ――お前如きの男に恩義を感じたことが、今となっては恥ずかしい。
 ――だがこれは、私のミスだ。わざわざ命まで返せとは言わん。

 マコトは青褪めた。

「ち、違う! 違うんです、だって……これは……!」

 髪が地面に着くと、男が喚きながら斬り掛かってきた。

「うわああああああ!」

 破れかぶれといった心境のようだ。

「ウワアァアアアアアア!!」

 マコトは男よりも倍はみっともない声を上げ、小水でズボンを濡らし、その場に膝を着いた。
 我武者羅に振られた剣がマコトの肩を斬り、床を叩いて止まる。