紅葉が終わりにさしかかり、窓からの景色が冬に変わりつつある日のことだった。
「別れるなら春がいいね」とあなたは言った。
 それを聞いて、ベッドの端に座っていたわたしは小さく息をつく。
 ーーまた別れ話……。
 切り出されるのはいつものこと。さして驚きはしない。だからわたしは落ち着いた口調で「別れるなら夏のほうがいいわ」と言った。
 すると、あなたは「なぜ?」と訊いてきた。ベッドの上に横になるあなたは余裕な表情だ。
 わたしは、そんなあなたを肩ごしに見つめたまま、唇をツンと尖らせた。
「だって、春は別れの季節じゃない。卒業シーズンでしょ。あと社会人なら異動や転職。そんな季節に別れるなんていやよ」
「それを言うなら、春は出逢いの季節でもある」
「夏のほうが出逢いはたくさんあるわ」
「そうかな」
「そうよ」
 あなたはしばらくの間、黙っていた。なにか考えているような、少し困ったような顔。でも、あなたの中で心が固まっていることをわたしは知っている。
 いつもそう。あなたはいつも。……そういうところ嫌い。
 別れ話を切り出されるたびに、わたしは適当な言い訳をしては誤魔化してきた。努めて冷静を装ってきた。でも、本当は辛かった。
 別れたほうがわたしの為になるなんて言うあなた。
 はやく新しい人を見つけてほしいなんて望むあなた。
 ーー春夏秋冬。今は秋、すぐに冬が来て、きっとそれもすぐに過ぎていく。そうなれば……。
 春、か。春なんて、すぐに来てしまうじゃない。

 カタカタと窓のほうから音がした。建て付けが悪いらしい。風で窓が鳴っている。三階から見える外の景色は灰色。昨日からずっと曇りだ。
 沈黙の中、口を切ったのはあなた。
「春で、いいんじゃないかな」
「え?」
「別れるのは春で。……新しい門出ってことでさ、な? そうしよう。そしたら、ここに毎日来る必要なくなる。こんな……辛気臭い場所に」
 そう言ってあなた、わたしに優しく笑いかけた。冷たい雰囲気のただよう病院の一室で。
 ーー死ぬとわかっていても尚、そんな風に笑えるあなた。
 大学四年生の頃から付き合い始めて五年、ようやく婚約に向けて話を進めていた。そんな矢先に見つかった癌。
 早期の発見と言うには程遠かった。現在、二度目の抗がん剤治療で入院中。
 日に日にやつれていくあなた。そんな中、別れ話を口にするようになった。
 どうせ自分は死んでしまうのだから、少しでもはやく別れて次の出逢いを見つけてほしい、なんてあなたは言う。
 ずるい。なにもかも自分で片付けようとする。そういうところ、嫌い。嫌いよ。

「ねぇ」とわたしは言った。
「なんだい?」
 穏やかな声色のあなた。
 なんと言われようと、わたしの気持ちが揺らぐことはない。
「結婚、いつになったらしてくれるの?」
「え……だからそれは現実的じゃないって何度も……」
「わたし、ずっと待ってるんだけど。これがわたしの本心。別れるつもりなんてないから」
「朱美……無理しなくていいんだ。俺はもうだめなんだよ。あと何年持つかもわからない。だから、俺のことなんてはやく忘れてさ……」
「もう決めたの」
「え」
 わたしは言った。目を見て、はっきりと、あなたに。
 最後まであなたと一緒にいる、と。
 あなたと過ごした日々は楽しかった。たくさんの愛をもらった。新しい出会い? そんなもの必要ない。わたしの愛する人は、あなた一人でじゅうぶん。
 大丈夫。何があっても、わたしは乗り越えていくつもりだ。
 潤んでいくあなたの瞳。そして、ゆるゆると首を振りながらうつむいた。
「なんだよ……せっかくきみのことを諦めようとしてたのに、諦めきれなくなるじゃないか」
「諦めなくていい。わたしは、ずっとそばにいる。だから、別れるなんてもう言わないで」
「……あぁ……わかった。わかったよ」
「うん」
「なぁ、朱美」
「なに?」
「やっぱりさ。その……俺と、結婚してくれるかな」
 照れたあなたの顔。恥ずかしいと目をそらす。そういう可愛いところ、好き。
 涙を拭うと微笑んだ。
「ーーえぇ、もちろん。あ……式は無理でも、写真だけは撮りたいな」
 すると、あなたは口元を緩めて言った。
「それなら春がいいね」