この世にマッサージ師は山ほどいるが、心のコリもほぐしてくれるのは心堂の王さんしかいない。
 たまたま時間の空いた俺は、営業帰りに心堂に訪れていた。
 でっぷり太った王さんは、俺を見るなりいきなり肩を掴んできた。驚いてのけぞる俺に顔を近づけ、細い眉をつりあげる。
「あなたの肩、すっごい言ってる。言ってるよー。『鞄が重い。変えたい』ってねー」
「へ、へえ。肩こりの原因は、鞄だったんですか」
「うんうん、体は正直よ。口より物言うね。次は頭。あらあら、エロいことばっかりねあなた」
「え、いやそんなことは……いてて」
 もごもごと答えているとこめかみを両側からぐりぐりと揉まれる。
 言い訳しつつも舌を巻いていたことは内緒だ。
 ベッドにうつぶせにされ、首、背中、腰へと指は動いていく。
 王さんの太い指のマッサージは意外にも繊細で、半信半疑だった俺の心と体はあれよあれよという間にほぐされていった。
「ほほう、これは……ふむふむ、『 別れるなら春がいいね』とあなたは言ったねー」
「え」
 息を飲んで目を丸くした。実は俺の鞄には離婚届が入っているのだ。
 別れるなら春がいいだと? なぜそんなことを。
 そう言えば、来年の四月に妻にかけた生命保険が満期になる。
 つまり離婚するよりももっといい方法があるということか。
 そんな、一度は愛し合った妻じゃないか。金のために殺すなんてそんな。俺の腰はなんてことを。
 ぐるぐる逡巡していると、ぱぁんと尻に一撃。思わず、ひっと悲鳴をあげた。
「お客さんツッコミ遅いよ! 尻はもともと別れてるよって言ってよー。もーノリ悪いー、あっはっはっー」
「尻の話かよ!」
 しかも冗談だった……。
 全身の力が抜けてぐったりすると、王さんの指はますますパワフルに繊細に動いていく。
 どうかたった今生まれた殺意もほぐしい。
 マッサージ師に凝りを作られるなんて思いもしなかった。