次に、文章とは何か。
「風の歌を聴け」を20行ほど読み進むと、「文章を書くことは...自己療養へのささやかな試みにしか過ぎない」と書いてある。
「療養」というのは絶望からの脱出である。絶望からの脱出とは「可能性が実現されるという認識」に至ることである。
しかし、そういう認識に至ったとしても、可能性が実現されたわけではなく「可能性の認識」だけがあるという点は絶望した状態と変わっていない。
可能性の実現が文章だけでできるわけではない、ということだ。
絶望も文章も頭の中だけで起こっていることだから、完璧ではありえないのである。