「正直に話してくださいよ……のぶひろさんロジャーさん。やったんですか、闇営業」
 この二人のマネージャーになって早三ヶ月。窮地は突然やってきた。
 東京都新宿区にある小学校を改築した吉本本社。
 その社内の一区画である会議室に、のぶひろとロジャーは呼ばれていた。
 真夏の日光が窓おかまいなしに降り注ぎ、室内の温度を上げている。小太りのロジャーとのぶひろの額には汗が珠のように浮かんでいるが、それはおそらく直射日光のせいだけではないだろう。
 部屋で聞き取りがはじめられてはや十分。ようやくのぶひろの口が重く開いた。
「二年前の五月六日ですよ。覚えてないとは言わせません」
「……やってないです」
「ほんとですか?」
 マネージャーは懐疑の視線をのぶひろに向ける。
 二人歯切れはとにかく悪い。この二人はなにかを隠している。
「……はい」
 埒が明かない、といった表情で、マネージャーは大きくため息をついた。
 そして闇営業疑惑のあるのぶひろとロジャーにまるで諭すように語り始めた。
「僕はですね、お二人の漫才とっても好きなんですよ。間合いをとったスローテンポの中で、のぶひろさんの奇想天外で不穏なボケ。それにロジャーさんが耳心地の良い低音で諭すツッコミ。初めて劇場で見たとき、『こんな面白いコンビがまだ燻ってるんだ』って驚きましたよ」
 それは、マネージャーにとって思い出話でもあった。
「二人のマネージャーになれたことは、僕にとって財産なんですよ」
 両人とも下を俯いたまま視線を合わせることはない。
「頼みますよ……正直に言ってください。今、二人は非常に危険な立場なんです。反社に闇営業をした先輩芸人たちは現状、無期限休養という形で世間の目から逃がしています。でもね、ここで正直に言わなかったら後で大変なことになりますよ」
「ボク達はやってないです……」
 じわりとのぶひろの目に涙が浮かぶ。
 だんだんと二人の態度にいらだち、言葉遣いが強くなる。
「あのねぇ! 今逃げれても後で大変なの! 週刊誌が二人の闇営業をすっぱ抜いごらんよ! 休養って形じゃ処理しきれなくなるよ分かってるの!?」
「僕たちはしてません……」
 それでものぶひろから出た言葉は否定だった。
 もう一度強くため息をつき、マネージャーは二人に問いかける。
「じゃあ何を隠してるの……? なんでそんなに五月六日のことが話せないの……?」
 漫才師はまるで苔でも生えてしまうくらいに動かない。
 そのとき、会議室のドアがノックされる。
「どうぞ」
 入ってきたのは封筒を持った事務員だった。
「あの、ちょっとやばいかもしれないです」
 封筒を渡され、中を開ける。
「くそっ……マジかよ」
 そこには目の前の漫才コンビ『大自然』と反社会勢力が宴会をやっている姿だった。のぶひろは上半身裸になり、ロジャーはニコニコと笑っている。
「これ……外には回ってる?」
「いえ、社内秘です」
「そっかありがとう。――二人とも結局最後まで認めなかったけど……そういうことだから。無期限休養、という形でいいね?」
 二人の目がカッと開く。まるで水を奪われた鯉のように口をパクパクさせながら、再び下を見る。
「……なにかいいたいことがあるの?」
 その言葉を皮切りに、ロジャーがようやく口を開く。
「――じゃないです」
「えっ?」
「闇、営業じゃないです」
 次の言葉に、マネージャーは言葉を失った。
「その日はボク達、営業として行ったんです」