273 名前:ぷぅぎゃああああああ ◆Puuoono255oE [] 投稿日:2019/07/06(土) 13:39:46.67 ID:Eeti1ZBB
 資材が入っていた箱を並べた。上に撒かれた服は敷物となり、安っぽいベッドを形成した。
 その上で男は横向きに眠っている。痙攣したかのように瞼が動く。右に寝返りを打った。
 大きく振られた腕は近くのテーブルの角に当たった。一瞬、表情が歪み、薄っすらと瞼を開けた。
 天井に当たる配管の部分をぼんやりと眺める。伸びた顎髭を撫でつつ、上体を起こした。ベッドの傍らで拗ねたように転がる草履に足を突っ込み、ふらりと歩き出す。
 目ヤニを指で穿り、濃密な緑が生い茂る野外に移動した。鉄板の中央を叩いて窪ませた物に水が溜まっている。男は両手で掬って顔を洗った。
 濡れた両手は振って乾かす。蔦に引っ掛けていた長袖シャツと長ズボンを手にした。速やかに着替え、新緑に出来た穴に身を屈めて入ってゆく。
 緑のトンネルは薄暗いが見えない程ではない。自身の足音と微かな物音に耳を澄ましながら歩を進める。うねるような道程を経て薄闇を断ち割る光へと入っていった。
 白い石塊の広がりに目を細くした。用心した足取りで翡翠色の川に近づく。川辺には一本の杭が打ち込まれていた。蔓を編み込んだ縄で結ばれ、先は川の中に繋がっている。
 男は腰を落として縄を掴んだ。両手で引っ張り、手繰り寄せる。川面に飛沫が上がった。
 尚も引くと網目の荒い袋のような物が現れ、中に乱杭歯を見せ付けるようにして暴れる胴長の生物が掛かっていた。金色の眼が怪しく光る。細長い瞳孔が凄まじい憎悪を向けてきた。
 男は近くにあった石を拾う。渾身の力で投げ付けた。息絶えるまで何度もぶつけた。
 哀願するような鳴き声を上げて生物は絶命した。確かめるように頭部に何度か石を当てる。
 安堵の息が漏れた。顔から流れる汗を手で拭うと手慣れた様子で生物を取り出す。口を閉じるようにして両手で掴み、だらりと垂れた尻尾を引き摺って運ぶ。
 川辺の一角、白い蒸気が噴き出す箇所に男は生物を投げ込んだ。近くにあった石を素早く被せる。
 一仕事を終えたことで表情が和らぐ。心地よい風が吹いてきた。
 目は一方に興味を引かれた。下草に混ざって赤い花々が咲いていた。茎にそぐわない大輪を重そうに揺らしている。
 男は赤い花を幾つも摘んだ。小ぶりな花束のように手の中で集めた。優しい眼差しは近くの高台へと向かう。先端には石碑のような物が建っていた。

 赤い花々を蔓で結び、形を整えた。男は一歩を踏み出し、そっと置いた。
「……君が持っていた、ブーケのようだ」
 切り出されたような石の表面には文字が刻まれていた。女性の名前で享年を示す数字は二十六とあった。
 男は微笑んだ。目尻に深い皺が寄った。立ち尽くした状態で、ふと顔を上げる。
 広大な緑の大地を縫うように川が流れている。奥の方には赤い山が聳え、微かな噴煙を上げていた。
 顎がやや上を向く。果ての知れない薄青い空に虹色の帯状の物が見える。折り重なって風に靡いているようだった。
「ここを地球と思える日が、来るのだろうか……」
 目に薄っすらと涙が溜まる。男は指先で目を擦り、ぎこちない笑みを正面に向けた。
「また来るよ」
 背中が丸みを帯びる。急に老け込んだような姿で男は大自然の中に戻っていった。