タイトル:「お茶汲み党」

 今年は平成最後の年。
 それにしても、まさか俺がその当事者になるとは……。
 何の当事者か? わからんか?
 ほらよくあるだろ。今から働こうと思って新入社員が変テコな上司に出鼻をくじかれるって話が。

 俺の場合は実害はなかったんだがな。上司が二人いたんだよ。
 一人は普通の上司。仕事ができる奴だ。いや、できるお方です。壁に耳あり。
 もうひとりが変テコすぎるんだが、七十五歳でまだ年金も貰ってないときてる。働いてるからな。
 それだけでも驚く。ところがそれどころじゃない奇人変人でな。
 まず、十四歳からこの会社にいる。社長の息子だからじゃないぞ。普通に入社したんだとさ。
 そこで面接に受かってしまったのがいいのか悪いのか。なんとそいつは、凄まじい早さで窓際に追いやられたんだとさ。
 なんで辞めなかったのか訊いたら、居心地が良かったからなんだって。
 なるほど、何もしないのが一番居心地がいい変人なんだな、と思いきやさにあらず。そんな判りやすい物語ではこの話はない。
 なんと、お茶汲みだけを勤続ン十年でやり続けてきたお茶くみのプロなんだとさ。なんでそういう変人がいる所に俺が配属されたのかわからんが、まあ運が悪かったんだろう。変人と関わると碌なことがない。
「山崎さーん、大変ですー」
 それで平成最後のこの年、入社してから三年になるんだが、そいつは七十五歳で、もう辞めるということを人づてに聞いていた。俺は安心したというか、同情して仕方がなかったんだが、これでやっと休めるんだと、彼が休む気になったことに安堵したんだ。
 それなのにこういうことになるとはな。
「もう判ったよ。いいから言うな。大声は絶対出すなよ」
 佃は(そいつは佃という)メールやラインの類は一切操れないアナログ人間だから、こういう時に困るんだよ。
「いいから換金しろ。銀行に振り込まれるはずだ。相談したのが俺でよかったよ。騙されて盗み取られるのが落ちだ。とにかく用心しろ。他人を疑え。この会社でお前のことをよく思ってるやつなんかいない。最低でも変人だと思われてる」
「それで私、今度の衆院選に立候補しようと思ってます」
 俺は耳を疑った。
「はあ?」
「立候補しますー。私には被選挙権がまだあるので」
「いや被選挙権というのはいくら年を取ってもなくならない天賦の権利だけどな。お前に投票するやつなんかいないよ」
「違うんですー」
「はあ?」
「私実は、資産が二百兆円あるんですー」
「ええ? 何だそれは?」
 我ながら間が抜けている。
「この同じ番号十枚の宝くじを当てて得られた四十億円を合わせるとちょうど二百兆円になるんですー。実は私の特技というのは、毎年宝くじを十枚買うとかならず当たるという特技なんですー」
「冗談はお茶汲みだけにしろよ。仮に事実だったとして、それを俺に言ってどうするつもりだ。何の得があるんだ俺に打ち明けて」
「あなたはこの会社で唯一、信用が置ける人なんですー。気が置けませんー」
「うるせえよ。それでどうするつもりなんだ?」
「実はもう当選したんですー」
「ええ? なんで?」
「お茶汲み党というのを作ったんですー。現在の日本では、まともな政治ができないぐらいにフェミニストが大手を振って街を闊歩して日本を牛耳っているので、党を作るのは簡単です。
後は私の息のかかった人間を送り込むだけでよかったんですよー。なお、実は日本の選挙というのは、選挙する前から内々(ないない)に当選者が決まっているということ、これは絶対に秘密にしてください」
「してくださいじゃねえよ。バラすなそんなこと。殺されるだろうが」
「大丈夫です私が守りますー。かつらも用意したんです」
「SPは用意したの?」
「大丈夫ですー。一人でも殺されたらフェミニスト率いる自衛隊がそいつの家もろとも破壊する算段になってますー」
「怖えよ」
「あなたは総理大臣です」
「はあ?」
 何言ってるの? どういうことだ?
「人がいいので向いてると思います。政略や政敵を蹴落とすこと、賄賂やその他の汚い仕事は全部フェミニストがやってくれるので安心してくださいー。私これまで死んだ人間を何人も見てきたので。これで日本も安泰ですー」
「俺は嫌だぞ。やりたくない。責任が大きすぎる。正常な選挙の手順も経てないし、事情が全く飲み込めないし、俺には無理だ」
「そういう事を言っているとフェミニストから電話がかかってきて出ると十秒以内に殺される仕組みになってますよ」
 電話がかかってきた。俺は恐ろしくて出られない。
 仕方ない。翌日俺は総理になった。