そう呟いた。
「ん? なんだなんだ」
 小林さんはゆっくりブレーキをしながら停止して答えた。
「失礼しました、今回は直線で広くて期待していたものでつい口にでてしまいました、まさか信号があるとは」
「期待? なんの」
「私が地道に燃料を使って位置エネルギーを積み上げて、それを運動エネルギーに変換して投資を回収中だったのに、それを全て赤信号に奪われました
あれだけのエネルギーがあれば燃料を使わずに目の前の坂を半分以上登れましたのに、ましてやブレーキパッドを削ってまで熱エネルギーに変換して空気中に放出してしまいました
とどめに上り坂スタートで燃費も効率も最悪です、ケチ臭いと思われるかも知れませんが、そうじゃなくて無駄は嫌いです」
 はは、そういう行動原理ね。そりゃ文系が謎にも見えるか。しかし彼女と出会って生活のスピードが上がったように思う。
 大した未来像や目的もなく、カラオケや合コンをして快楽を求めていたのに、それが急に下らなく思えてきた。
 小林さんは気づいているかどうかしらないが、男前な一本気で強引に俺を自分の世界に引きずり込み、引っ張り回している。しかも嫌な気がしない。
 それでいて俺のテリトリーに入ると儚げにゆらめく。未経験の気持ちだ。小林さんはいつも見えないパンチを意識外から打ってくる。
 もっとも、それは俺が小林さんにも打ってる可能性は否めない。現に小林さんはそこに着目した事を告白した。俺は彼女の目にどうやって映っているんだろう。