週末もあって駅前近くの居酒屋は大勢の人で賑わっていた。若い店員がビアジョッキを持って走る。唐揚げや刺身が飛ぶように売れた。
 お品書きに「売り切れ」のシールが次々と貼られていく。その賑やかな状態が一瞬で静かになった。人々の目は新しく入ってきた二人の客に向けられた。
 チュニックを着た女性の腕が異常に太い。浅黒い皮膚の中を筋肉がうねっている。胸は大きいと云う表現が相応しく思えない程の厚みを持っていた。角張った顎に太い眉毛、髪型はツインテールだった。
 隣には小柄なスーツ姿の男性がいた。目鼻立ちがはっきりとした美形で女性客の目を一身に集めた。
「おいおい、お前があまりに化け物だから客が引いてるよ」
「ひどいわ。そこまで言わなくてもいいじゃない。まだ、なりたてホヤホヤなんだから」
「あのぉ、お客様。お席はどこがよろしいでしょうか」
 若い男性店員が低姿勢で声を掛けてきた。小柄な男性は片方の唇を吊り上げる。
「テーブル席だと気持ち悪くなるからカウンターで頼む」
「ちょ、ちょっと、それってどういう意味よ」
「そういう意味に決まってんだろ。ほら、さっさと歩け」
 小柄な男性は大柄な女性の尻の辺りを平手で叩いた。
「もう、なにするのよ、エッチ!」
 大柄な身体をくねらせる。周囲にいた男性客は渋い顔でビールを飲んだ。
 二人はカウンター席に落ち着いた。注文したビールが届くとグラスを合わせて中程まで飲んだ。
 小柄な男性は軽く息を吐き、前を向いた状態で言った。
「いつからだ、気付いたのは」
「つい最近よ。身体については前から違和感があったんだけどね」
「剛の名前のおまえがねぇ。それと小指を立てる癖は相変わらずだな」
 浅黒い手に目を落とす。小指はピンと伸びていた。
「そっちはどうなのよ」
「なにも変わっていない。おまえの知っているままだよ」
「元々の容姿のおかげよね。こっちは本当に苦労の連続で疲れちゃった」
「俺もおまえを久しぶりに見て、何の罰ゲームをやらされてるのかと思ったくらいだし、先程の客の反応でもわかる」
 頼んでいた枝豆がカウンターに置かれた。小柄な男性が食べ始める。半分くらいを残して横に押し出した。
「おまえもどうだ」
「いただくわ」
「……飼育員になった気分だ」
「ひどい、言いすぎよ! 親しき仲にも礼儀ありっていうでしょ!」
「俺達は親しいのか? たまたま会っただけだし、何年ぶりになるのか」
 小柄な男性は顎先を撫でる。大柄な女性は見下すような目となった。
「三年半よ。それくらい覚えていてよね」
「もう、そんなに経つのか」
 横から手を伸ばして枝豆を食べる。残りのビールを一気に飲み干し、通り掛かった店員におかわりを注文した。
「おまえも飲むんだろ?」
「もちろんよ。わたしは女性だから奢ってくれるのよね?」
「どう見てもおまえが男性だろ」
「ひどいわ、ひどすぎる! 純ちゃんのイジワル!」
 大柄な女性は両拳を顎に付けて上体を揺する。
「そのポーズ、タイソンを見ているみたいだ。懐かしいな」
「ひどいわ!」
 賑やかな二人は飲み進めた。刺身の盛り合わせを摘まみながら過去に話が及ぶ。大柄な女性の恥ずかしい事柄で一貫して、ひどいわ、の言葉を連発した。小柄な男性は目尻に涙を溜めて笑った。
 程々に飲み、声のトーンが落ちてきた。
 大柄な女性が隣に顔を向ける。
「こんなわたしなら付き合える?」
「女に見えないから無理だな。前よりは少し変わったかな」
「脈がないわけではないのね」
「どうだろうな。じゃあ、ここの会計は男の俺が支払っとくよ」
 小柄な男性が立ち上がってレジに向かう。大柄な女性はその後ろ姿を見詰めた。
「おなべになっても、あなたは変わらないのね」
 大柄な女性はゆっくりと席を立つ。小さな歩幅で歩きながら小柄な男性の元に向かった。