>>246  使用お題→『とうそう』『せんとう』『しりとり』『いちご』『すき』

【私は一人でも大丈夫“だ”】(1/3)

 男…………白浪(パイロン)は、長い逃走と闘争の日々に疲れていた、何物にも代えられない大切な知己や居場所は、他ならぬ彼自身を引き金とした厄介事でとうの昔に消え果てた。
 今の彼に寄る辺はなく、また行く宛もなく、終わり無き旅路の最中、時に置いてかれるような永遠は今も続いていた。

「ねえねえお兄さん」

 美しい田園風景の中で木漏れ日と春風に身を委ねて無防備にも眠ってしまっていたのも、彼が長い旅に疲れているからだったのだろう。

「大人がこんな所で寝てていいの? ひょっとしてお兄さんは畑持ってないの?」

 まあ、彼に話しかける少女からすれば、そんな事情を知るはずもなくただただ暇な大人が昼間から木の幹に寄りかかってサボっているようにしか見えないのだが。

「お兄さんはね、畑どころか家も郷も持ってないんだ、だからずっと旅をしてるんだよ」

 無知で無垢な少女の問いに暖かな笑みを浮かべて答える男の顔には皺一つ無く、どこか幼さすら残る整った顔立ちをしていた、けれどその顔が少女には老爺のように見えていた。

「そうなんだ、家も“さと”? も無いんだ…………じゃあひょっとして夜寝るところも無かったりするの?」

「毎日探してるけど、なかなか良い家が見つからなくてね」

 寝床はあるか? と尋ねる少女に思わず男は普段は口にしない過ぎた夢を語る、旅の路が己の寝床と割り切ったつもりで居たしても、時には安寧の中ひとところに留まる事も夢に見よう、それは彼の日常に失われて久しい物だ。
 疲れもあった、何より少女の雰囲気が穏やかで、感じている以上に彼はリラックスしているのかもしれない、そんなあれこれもあって彼は…………

「じゃあウチにいらっしゃいますか?」

 いつの間にか少女の背後に現れた男の言葉を断らずに受け入れてしまっていた。

◆◇◆◇◆

「いやぁ旅の武芸者をウチにお迎えする日が来るとは、今日の今日まで思いもしませんで」

「いえ、武芸者などと、私ごとき流浪人が名乗れたものでは無いのですが」

 少女の父親李訊(リシン)と名乗った彼は昔、武芸者を夢見て励んでいた時期があるらしく、腰に剣を差す白浪に尊敬と羨望の目を向けていた。
 この国、というよりもこの世界では、武芸者として武者修行の旅に出る事は男児なら一度は夢見る事なのだ、故に彼のように武芸者に寝床と食料を恵む者も少なからず存在している。
 と言っても、白浪がその世話になったのは百と数年ぶりである、久方振りに甘える彼は、人の好意に触れることを嫌うように恐縮していた、李訊の娘雅玲(ヤーリン)はそんな彼を不思議そうに眺めながらいつもより具の多い粥を頬張っていた。

◆◇◆◇◆

 一家団欒の風景に紛れ込んだ白浪は、なんだかんだで腹一杯ご馳走になってしまい、その礼にと雅玲の寝る部屋で彼女に本を読み聞かせていた。

「孫悟空は天帝様の言いつけを破り、バクバク、バクバクと仙桃を食べてしまいました」

「どうして、駄目だって言われたのにお猿さんは桃を食べてしまうの?」

「昔はね不老長寿なんて珍しく無かったんだ、だから自分もそうなりたいと思う者も多かったのさ」

 同じ布団に入り、可愛らしい幼子に読み聞かせる本として、白浪の持ち物である西遊記は最適だった。
 村の集会に向かった雅玲の両親に代わり彼女を寝かしつける彼は自身の身の上と深い関わりのある物語への質問をついつい本気で答えてしまい、彼女を混乱させるのを繰り返していた。

「さあ、もう遅い、今日のところはコレまで」

 自分の言葉に首を傾げながらもうーんうーんと唸っていた雅玲の顔が眠気でトロンとしだしているのを察した白浪はパタリと本を閉じ、優しくそう言った、だが、いくら優しく言われても、納得できるわけがない、彼の読み聞かせは良いところで途切れているのだ。

「明日……また続き読んでくれる?」

 そう尋ねてくる少女の潤んだ瞳に、白浪が否と言えるわけは無かった。