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お題:『とうそう』『せんとう』『しりとり』『いちご』『すき』

【信繁と津久エ門】


「隙在り!!」

 打ち下ろされる刀を鉄扇でいなし、座った状態から回転する様に足を刈って転がすと、相手の両腕を膝で固定する様にして、喉元に鉄扇を突き付ける。

「……! くっ、ま、参った」
「…………奇襲をするなら、声を掛けてはダメだと思いますよ?」

 組伏した側の男は、鉄扇を開くと口元を隠しながら相手の上から立ち上がった。
 下茂 信繁。御留流組打ち芸の師範である。

 組打ち芸とは、主に室内での戦闘を念頭に置いた武芸であり、江戸太平の世になってから発展した武術である。
 その基本は“座った状態からの迎撃”であり、後の先を極めた武芸と言って良かった。

「先生!! もう一度!! もう一度だけ機会を!!」
「……武芸は一期一会、二度は有りません。そもそも、今を時めく柳生の門下たる貴方が、田舎武芸の師範でしかない私に、何をしろと言うのですか」
「何を仰る!! 確かに柳生は徳川家指南役ではありますが、昨今の者達は実戦から離れすぎ、あまつさえ型のみを重視する有様!! 決して天下一と言えるものではありません!!」

 そう吠える漢は尾張 津久エ門 時貞。江戸柳生の門下生であり、次期筆頭との呼び声も高い若者であった。

「ならば、貴方がその風潮を変えて行けば良いではないですか。わざわざ、自分の様な者を担ぎ出さなくとも……別に隠す程の物でのないのですから、技の手解きくらい行いますよ?」
「確かに、柳生の剣は無形の剣。時代時代で他の流派も取り入れ進化する物です。ですが、これとそれとはまた違う!! 拙者は“柳生こそ天下無双”と言う思い上がりをこそを正したいのです!!」

 津久エ門の言う事も理解はできる。確かに柳生は様々な流派の理を取り入れ、進化して来た流派であり、それ故に天下一とも成れたのだから。
 そんな柳生が、「既に我が流派に並ぶものなし」と奢り、他の流派を顧み無くなれば、その進化も打ち止めとなるだろう。
 彼はそれを危惧しているのだ。

 信繁が「はぁ」と溜息を吐く。
 懐に手を入れると、金細工で刀装を誂えた小刀を出した。

「では、津久エ門殿、『しりとり』を行いましょう」
「は? 何を」
「『しりとり』です。その『しりとり』が終わるまでに、この小刀を私から奪う事が出来れば、貴方の思惑に乗ってあげましょう」
「!! 本当ですか!?」
「………武士に二言はありませんよ?」

 信繁のその言葉に、津久エ門の表情がパアッと明るくなる。

「では、始めましょうか……『犬』」
「ぬ、『ぬ』? 信繁殿!! 最初から難易度が高くは?」
「では、この話はここまでで……」
「う!! ぬ、『沼』!!」

 そう言いながら、信繁の目の前に置かれた小刀に手を伸ばす津久エ門だったが、しかし、その手は簡単に弾かれてしまう。

「『鞠』」
「りぃ? り、り、り、…………」

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 徳川が天下を統一して百年が経った。
 世は天下泰平、平和な時が積み重なっている。
 この話は、そんな太平の世に有って、武芸者足らんとした男達の物語である。