>>246
>>94の続編、供養枠で失礼します

使用お題→『とうそう』『せんとう』『しりとり』『いちご』『すき』

【ダウンジャケット一代記】(1/3)

 侯爵領最大の都市、そこで一番大きな屋敷。

「えっと、今なんと?」
「ですから、私の息子の嫁として、侯爵家の一員となる気はありませんかと」

 それは言うまでもなく侯爵邸だ。
 ある日のこと。
 侯爵家の夜会に招待されて、のこのこ出掛けていった私。
 一人別室に呼ばれると、待っていたのは侯爵家の当主。肝心の息子は見当たらない。

「単刀直入に申し上げますが、あなたの商才が必要なのです。この辺境の地にあって、新たな事業を次々に立ち上げられ、そのいずれも成功させておられる。我が侯爵領の希望の星だ」
「はあ。過分なおほめにあずかりまして、恐縮です」
「なんの、ありのままの事実を申し上げたまで。今やその勢いは下手な貴族をも上回るほどです」

 ここで侯爵は一旦言葉を切る。侯爵家の財務状況が良くない、といううわさは聞いている。

「これほどの才媛を放っておく者もおらんでしょう。よそに取られる前に……ということです」

 実際、この手の打診は何度か受けている。これまでは下級貴族ばかりだったけど、とうとう大物が釣れた、というのが私の認識だ。
 もちろん即答などしない。金目当ての縁談。気乗りはしないが、相手が相手だけに、断ることもできない。

「何しろ急なことで……」

 これも本心だ。天下の侯爵家が、私みたいな成り上がりを相手にするなんて。
 言いくるめられては厄介だ。この日は早めに辞することにした。

 *

 翌日。私の事務所、営業本部。

「しゃちょー、この新作のデザインなんですけどー、って、そうじゃなかった」
「おはよう、どうしたの」
「おっとー、おはようです。あのですねー、荷物が届いてますよー、侯爵家から」
「早速来たか……。あ、これお土産ね。みんなで食べよう」

 私は転生者。ここは異世界。
 小さな商家に生をうけた私は、元いた世界との違いに戸惑いながらも、何一つ不自由なく育った。
 優しい両親とかわいい弟。親切な近所の人たち。恵まれた暮らし。文句のない生活。
 とは言え。

「あ、これイチゴケーキですねー。夜会のお土産ですよね。でも、こないだしゃちょーが作ってくれたのと、あんまり違わないよーな?」
「だからさ、みんなで食べるって言ったよね!? 似てるのは多分、渡したレシピが広まってるんでしょう」

 二つ。二つだ。この世界には問題があった。
 一つはモンスター。ファンタジー小説に登場するような危険生物が、人の住む町の近くに存在している。
 もう一つは……寒さ。私の生まれた町は緯度の高い地域にあり、元の世界では暖かい土地で暮らしていた私に取って、肉体的、精神的にきついものがあった。

「いいんですかー、それ。知的財産? ですよね」
「いいのよ、あれは自分たちで考えたものじゃないし」