0315この名無しがすごい!
2019/12/08(日) 15:55:39.44ID:eO24CWV4>>94の続編、供養枠で失礼します
使用お題→『とうそう』『せんとう』『しりとり』『いちご』『すき』
【ダウンジャケット一代記】(1/3)
侯爵領最大の都市、そこで一番大きな屋敷。
「えっと、今なんと?」
「ですから、私の息子の嫁として、侯爵家の一員となる気はありませんかと」
それは言うまでもなく侯爵邸だ。
ある日のこと。
侯爵家の夜会に招待されて、のこのこ出掛けていった私。
一人別室に呼ばれると、待っていたのは侯爵家の当主。肝心の息子は見当たらない。
「単刀直入に申し上げますが、あなたの商才が必要なのです。この辺境の地にあって、新たな事業を次々に立ち上げられ、そのいずれも成功させておられる。我が侯爵領の希望の星だ」
「はあ。過分なおほめにあずかりまして、恐縮です」
「なんの、ありのままの事実を申し上げたまで。今やその勢いは下手な貴族をも上回るほどです」
ここで侯爵は一旦言葉を切る。侯爵家の財務状況が良くない、といううわさは聞いている。
「これほどの才媛を放っておく者もおらんでしょう。よそに取られる前に……ということです」
実際、この手の打診は何度か受けている。これまでは下級貴族ばかりだったけど、とうとう大物が釣れた、というのが私の認識だ。
もちろん即答などしない。金目当ての縁談。気乗りはしないが、相手が相手だけに、断ることもできない。
「何しろ急なことで……」
これも本心だ。天下の侯爵家が、私みたいな成り上がりを相手にするなんて。
言いくるめられては厄介だ。この日は早めに辞することにした。
*
翌日。私の事務所、営業本部。
「しゃちょー、この新作のデザインなんですけどー、って、そうじゃなかった」
「おはよう、どうしたの」
「おっとー、おはようです。あのですねー、荷物が届いてますよー、侯爵家から」
「早速来たか……。あ、これお土産ね。みんなで食べよう」
私は転生者。ここは異世界。
小さな商家に生をうけた私は、元いた世界との違いに戸惑いながらも、何一つ不自由なく育った。
優しい両親とかわいい弟。親切な近所の人たち。恵まれた暮らし。文句のない生活。
とは言え。
「あ、これイチゴケーキですねー。夜会のお土産ですよね。でも、こないだしゃちょーが作ってくれたのと、あんまり違わないよーな?」
「だからさ、みんなで食べるって言ったよね!? 似てるのは多分、渡したレシピが広まってるんでしょう」
二つ。二つだ。この世界には問題があった。
一つはモンスター。ファンタジー小説に登場するような危険生物が、人の住む町の近くに存在している。
もう一つは……寒さ。私の生まれた町は緯度の高い地域にあり、元の世界では暖かい土地で暮らしていた私に取って、肉体的、精神的にきついものがあった。
「いいんですかー、それ。知的財産? ですよね」
「いいのよ、あれは自分たちで考えたものじゃないし」