>>375

使用お題→ジャンル『コメディー』+『決意』『世界征服』『アイスクリーム』『キーホルダー』

【機知に富んだ紳士ドン・タローテ】(1/2)

 遠くハポンの地に一人の紳士がいた。
 彼は三度の飯よりもサイバーパンク武士道小説が好きで、そのために有り余る財産を費やし、寝食を忘れてそれを読みふけり、最後にはすっかり気が狂ってしまった。
 千年の眠りより目覚めし『ヘーケ』が世界征服をたくらんでいるという妄想に取りつかれた彼は、その名を『ドン・タローテ』と改め、自動運転トラック『イマナンテ』に嫁を乗せ、世直しの旅に出ることを決意した。

 *

 今は、朝。爽やかな朝だ。トレーラーハウスの自室。太陽の光に照らされて、彼は眠っていた。
 そこへ唐突に。
「ピピピッピピピッピピピッ」
「うーん……」
「オイオキロ、オイオキロ、ピピピヒピピピピピピッ!」
 イマナンテにセットされていたアラームが鳴る。だが、宵っ張りの彼は、一向に起きる気配がない。
 アラームが鳴り続ける。
「ピピピヒピピピ――」
「うるさーい!」
 戦国武将のコスプレをした女子が乱入してきた。
「お屋形様、うるさいでございますよ!」
「あっはい、すみません」
 小兵ながら大音声で呼ばわる、目にも鮮やかなその姿。全身が赤、黒、白で塗り分けられている。
 彼女こそドン・タローテ家臣団筆頭『<赤いべこ>野牛ハチベヱ』である。
「いつまで寝ているでございますか。今日もその嫁と、その……朝チュン……朝チュンでございますか!」
「違う! 断じて違うぞハチベヱ!」
「では一体なんでございますか! 世直しの旅に出ると言いながら、いつまでもぐずぐずと、今日は日が悪い、明日から本気出す、お部屋に嫁を飾って酒池肉林、わたくしというものがありながら――」
「待て待て、落ち着け、分かった、分かったからハチベヱ、今日から本気だ。それと嫁を飾っているのは決して酒池肉林などではない。武士とは孤独なのだ。いささかの安らぎも許されぬでは参ってしまう」
 するとハチベヱはぶぜんとして、次のように問うた。
「ではわたくしはなんでございますか」
「お前は……俺の家臣であろう」
「……そうですか……そうでございますね!」
 言うとハチベヱは、どこかへ行ってしまった。
 ドン・タローテはしばらくぼんやりとしていたが、やがておもむろに口を開いた。
「ヘイ、イマナンテ、今日の天気は?」
「ピピッ、イマナンテ?」
 今日の天気は、晴れ。雲一つない快晴だ。

 *

 今日から本気と言ったから、ドン・タローテに二言はない。
 砂色の地面を照らす太陽。黒いアスファルト。その上を走る灰色のトラック。
「ハチベヱのやつめ、どこへ行ってしまったのだ……」
 本気を出すと決意したものの、頼みの家臣が行方不明だ。
 ドン・タローテは生来の怠け者であったが、この時ばかりは本気でハチベヱを探していた。
 だって今日から本気と言ったのだから。
 手始めに、イマナンテ(住居部分は置いてきた)に乗ってご近所を一周してみた。
 ハチベヱは見付からない。
 次に、ハチベヱが行きそうな場所を考えてみた。
 一切何も思い浮かばない。
 だって家臣は主君に付き従うのが当然で、主君が家臣の行方を探す羽目になろうとは。
 最後に。
「まさか……まさかヘーケの手の者に誘拐されたのではあるまいな。いやまさか……だが……ううむ、おのれ、おのれヘーケめ……!」
 これはヘーケのグランドマスター『カズキ・スバモリ』の差し金である。彼はそう結論付けた。