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お題:『平面』『クローゼット』『レジェンド』『クリスマス』『手入れ』

【平面世界に喝采を!―二十五世紀のとある作り手は悦に浸る―】(1/3)

 進歩というのは上昇だけでなく下降をも可能にする、と言った二十四世紀の偉人は誰だったか。
 とりとめのない思考を繰り返しながら、ぼくは目蓋を開けて二度、三度と首を振った。

「あ、あーあー。テステス」

 言葉が波となって聴覚を刺激する。喉が流れを生み出す。どうやら今回も成功らしい。
 もちろん転換に失敗なんて今時ほとんどないのだけれど、それでも確認してしまうのは生真面目と人から言われる気質の性か。こればかりは、いくら損な性分だと言われても中々直る気配はなかった。

 視界に――どこまでも『平たい』視界に、無数の色と形状が飛び込んでくる。
 それは、明らかに異常な描像。理解不能なはずの世界の、認識不能なはずの光景だ。
 けれどぼくは、それをごく当たり前の景色として見ることができる。普段過ごしている四次元世界の街中と同じ、ごく普通の風景として。

 平面世界。二次元領域への「下降」を可能にした次元干渉技術は、ぼくのように四次元で暮らす人間だろうと、古式ゆかしい三次元で生活を営んでいる人だろうと、分け隔てなく次元の上昇と下降を許してくれる。
 さながら次元境界を行き来する便利なエレベーターだ。どこにでもある五感翻訳機のように、上位次元の拡張された感覚を上手く落とし込んで、違和感なく認識させてくれるオプションまで込みで、
次元転換サービスは月額五十幇ドルと格安だった。サブスクリプションモデルはこれだから有難い。

 ぼくは頭の中で「クローゼット」を呼び出し、空間に黒い円を描いて現れたそこに手を突っ込んで、必要な道具を取り出した。見た目は手のひらサイズのリモコン、というより携帯用ゲーム機に近い。
 勿論自分で設定した各種のショートカット機能はどんな形式でも呼び出せるのだけど、こうして画面とボタンを用意された方が扱いやすいのは、ぼくがレトロゲーマニアだからなのだろう。

 今更、誰にその非効率を咎められるわけでもない。ぼくはボタンを何度か操作し、自分を目的地へと送り込む。

「おお、レジェンド! 来てくれましたか!!」

 ぶわ、と転送が完了する感覚が訪れるよりも早く、その騒々しい声が鼓膜(のような感覚)に飛び込んできた。
 ぼくはうげ、と少しだけ嫌そうな顔になる。ぼくがこの平面世界で取っている身体デザインは黒いロングヘアの女の子なので、カジュアルな格好の女の子に嫌そうな顔をされる男、という哀れな状況が生まれる。

「レドラ、まさかずっといたの? ていうかその呼び方やめてって言ってるじゃん」
「はっはっは! すみませんレジェンド! しかしこればかりはね!」