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お題:『ファイナル』『かがみ』『鈴蘭』『餅』『正月』

【最初で最期の春】


『さあ! 今年も既にファイナル!! カウントダウンの開始です!!』

 茶髪の司会者の言葉を聞きながら、大野 健は鼻白んで眉をひそめた。
 周囲には家族連れやカップル等が、ワイワイと楽しそうにしており、華やかな雰囲気を醸し出している。

(やっぱり来るんじゃなかった)

 そう、1人心の中で呟いた。

 そもそも健がこんなホテルの催しに参加したのはチケットが有り、尚且つ予定がなかったからだ。
 いや、正確には“有った”。それも、このホテルでである。

 マフラーを上げ、ダウンジャケットのポケットに手を突っ込む。
 指先に触れた紙袋の端に眉を顰め、それを握り潰した。

 ******

「健にはさ、私って必要ないよね?」

 大学の頃から付き合っていた篠原 佐由美はそう言った。
 特に言葉を繕わなくても、側に居るだけで良い。そんな距離感の心地好い関係だと思っていたのは、健の方だけだったらしい。

「知ってる? 笹山くん。 ゼミの後輩だった。彼がね?『付き合ってほしい』って『僕には君が必要だ』って」
「え」

 そう言われた瞬間、健の頭は真っ白になった。そもそも、自分と付き合っているんじゃないか? とか、何でそんな事を自分に話すんだとか、様々な事が頭の中をグルグルと回って行く。

「……だよね、健、私の事なんて必要ないもんね……じゃ、サヨナラ、バイバイ!!」

 あまりの急転直下に、言葉が出て来ず、口をパクパクとさせる。手足が鉛の様に重くなり、去って行く佐由美の後を追う事も出来なかった。

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『ハッピーニューイヤー!! 新年あけましておめでとう!!』

 健がボウっとしている間に年は明け、新年へと成って居た様だ。
 ラウンジから見える中庭には、簡易的な神社が作られていて、ホテルの来客たちは、早速と初詣にしゃれ込み始めていた。

「すみません、通ります〜」

 そう声を掛けられ、健は慌ててそこを退く。
 見れば、巨大な鏡餅と賽銭箱が据えられる。実際に参拝出来る様な物ではなく、お正月のオブジェと言うヤツであろう。

 楽しそうな周囲を眺め、酷く孤独な気分に成る。

 ふと、先程、指が触れた紙袋を取り出した。袋を破き、ひっくり返す。
 彼女が好きだと言っていた鈴蘭を模したイヤリング。
 健はソレを自棄気味に賽銭箱へと放り投げた。

 イヤリングは、チャリっと音をさせ、賽銭箱にスポっと入った。