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使用お題→『レンガ』『港』『図書室』『生配信』『魔獣』

【一億個のレンガを積んだ私は、気付いたら最強のダンジョンマスターになっていた】(1/2)

 私の母は港町の出身だった。彼女は自由で明るくて、水平線を照らす太陽みたいな人だった。
 彼女が海から離れ、ここ内陸の地に嫁いだ理由。それは彼女が領主の娘だったからであり、つまりは政略結婚のためだった。
 私は海を見たことがない。海を見たことがない私のために、彼女は色々な話をしてくれた。
 潮風の匂い。船の汽笛。バルコニーからの眺め。
 迷い道。そこを走り抜ける子供たち。その先の倉庫群。
 岸壁。波の音。そして異国の船乗りたち。
 彼女の実家には来客が絶えず、見るもの聞くものすべてが珍しい。
 この閉ざされた田舎と違って。
 だからそれは、本当は、私のための思い出話ではなかったのだろう。それは誰のためでもなく、彼女はただ味方が欲しかった、私に自分の味方でいて欲しかったのかも知れない。
 なんにせよ私は、彼女も、彼女の話も好きだった。飛べない海鳥のさえずりが、私を想像力豊かな少女にした。
 彼女は、もういない。ここには誰もいない。お屋敷だった建物の、図書室だった場所。
 ここは私の港町。波止場には本が並ぶ。私はそれを一番高い場所から眺める。
 時々、そう、本当に時々。お客様がやってくる。
 招かれざるお客様。
 その人たちをからかって遊ぶのが、今の私の楽しみだ。
 今日も誰かがやってくる。命知らずの船乗りたち。
 私は波を起こす。風を吹かせる。雨も降らせる。私に会いたいのなら。

 会いたい。ねえ、会いたいよ。おかあさま。

 *

 暗い廊下を進む一行。
「……はぁ、まだざらざらする。帰ってお風呂に入りたい……」
 一人は魔法剣士。黒いロングヘアと銀色の防具がよく似合う、スレンダーな美少女だ。
 だが、その自慢の髪の毛と、魔法のオーラで輝くはずの装備品。ほこりにまみれて薄ぼんやりとしている。
「まったくですにゃん。話には聞いていましたが、こんなに大変だとは思ってなかったですにゃん」
 その隣には、栗色のショートヘアがキュートな、猫耳の少女。彼女の両腕には、魔法工学によって生み出された、最新式の、巨大な、攻撃用の魔法ガントレットが装着されている。
「……ああー、もう。あなたってば、どうして考えなしに突っ込んでいくの。自分は囲まれてピンチになるし、こっちはこっちで……ああー、もう……」
「ごめんなさいですにゃん」
 その威力たるやパンチ一発で敵は粉々だが、それが今回は裏目に出たようだ。
「……はぁ。あんまり言うと、性格が悪いみたいに思われちゃうから、言いたくないんだけど。配信映えって、大事でしょ?」
「その通りですにゃん。面目ないですにゃん」
 猫耳拳闘士はしゅんとするが、多分、本当には反省できていない。
 カメラは彼女たちの背中を捉えている。猫耳少女の発言を受けて、黒髪の少女が何かを言おうとするが、その時、もう一人の仲間、カメラの背後の人物が声を上げる。
「……ハァハァ……しょんぼりお耳もかわいらしいですわ〜。わしゃわしゃしたい……」
 魔法剣士の視線が突き刺さる。だが、言葉を発した本人には、まったくダメージが入っていない。
「その軽蔑のまなざしもたまりませんわ〜。これぞ配信映え……」
 剣士の少女は、諦めたように首を振って、あちらを向いてしまった。
「次はもっと、配信映えを考えて全力で行きますにゃん」
 この三人、冒険者パーティーだ。魔法通信技術の発達により、昨今の冒険者たちは、ダンジョン攻略の様子を配信するのが普通になった。
「……はぁ、また出てきた。今度は……って、ちょっと!! どうしてまた突っ込むの!?」
 生きたレンガの怪物、ブリックゴーレム。その姿を認めるや否や、止める間もなく突進する俊足の拳闘士。
「配信映えとぉぉりゃぁぁあああ!!」
「はああああ!? 違うでしょー!」
「ちょっとお馬鹿なところもスウィートですわ〜」
 彼女のパンチが決まって、今回も、ブリックゴーレムは粉々になる。
 そしてまた今回も、広がる粉塵(ふんじん)で視界が遮られる。配信どころではない。
「……もうやだ。帰る……」
 魔法剣士は本当に帰ってしまいそうだ。こうなると探索の中止も有り得る。それはちょっと困る。
「すねた表情も……見えませんわ〜……わ〜……わわわっ、地面が、レンガの床が」
「配信映え……揺れてますにゃ……うんにゃ、運ばれてますにゃん!」
「……はぁ。帰りたい……」