>>738

使用お題→『駅』『シャブ』『方程式もの』『生誕』『バナナ』

【いつかの道連れ】

 昔話をしようか。お前が生まれる前の話だ。
 俺はその頃、御者として働いていた。馬車に荷物を積んで、何日も旅をするんだ。人は乗せない。貨物だけだ。
 その時の仕事は、荷台に一杯のバナナだった。分かるか? バナナだ。青いやつだ。それをすっかり積み込んで、俺は意気揚々と出発した。
 町を出てすぐのことだ、俺はおかしなことに気が付いた。気配、人の気配だ。荷台に誰かいる。
 俺は言ったな。俺の荷馬車に人は乗せないんだ。俺は馬車を止めた。それで荷台を確認したんだ。
 女だった。若い女だ。そうだな、あいつと同じくらいか、もう少し行ってたと思うが、いい女だった。そいつが、荷物も何も持たず、着の身着のまま、そんな状態で俺の馬車に乗っていた。
 俺は質問した。どうしてここにいる? なんで隠れてた? お前は誰で、どこから来たんだ?
 女は答えた。自分は誰でもない。売られてきた。そして逃げてきた。たまたま目に付いた馬車があったから、そこに隠れた。自分はこの町にはいられない。どこか別の場所へ行きたい。
 俺は考えた。この女、無賃乗車だ。まあそれはいい。逃げてきたと言った。ならば追っ手が気になるだろうが、それは俺には関係ない。
 考える俺を見て何を思ったか、女はこう言った。もし私が捕まるようなことがあれば、この人の指示でやったんですって言うわ。
 それはシャブ……だったか分からないが、まあなんにしても具合の悪いものだった。俺は捨てろと言ったが、女はそうしなかった。
 どうする? この時はまだ引き返すこともできたが、共犯者にされてはたまらない。俺にはバナナを運ぶという仕事がある。面倒事はごめんだ。
 ならば、こいつを連れて旅を続けるか? 足手まといの女を連れて、馬車と、限界まで積まれた荷物を守り切れるのか? それに食料はどうする。一人分しかない。次の駅まで食いつなげるか、怪しいところだ。
 整理すると、こういうことだ。手癖の悪い女がいて、そいつが俺の馬車に紛れ込んだ。旅客を運ぶ余裕はない。このままでは目的地に到着できない。
 どうする? なあ、お前ならどうする。……宇宙船だったら? …………どうだろうな。
 俺の場合は、だ。大した話じゃない。女から運賃を取ることにした。バナナの代わりに女を運ぶ。食料? バナナだ。食った分は違約金だな。追っ手はとうとう現れなかった。
 俺は女の持ち物を換金した。知り合いに頼んで、足が付かないようにしたつもりだ。これで損した分を穴埋めして、それでこの話は終わりだ。
 ……ああ、そうだな。女はどうなったか。聞きたいか。詰まらない話だ。……いい女だった。やがてお前が生まれた。それで全部だ。