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お題→『夜空』(1/2)

「湊の部屋くんの久しぶりぃ。お、ダイエットフードがある。またやってんのぉ? 何回目ぇ?」
「忘れた。けど大丈夫。今度こそ成功させる」
「成功させる? そーれーはー、好きな人できたからぁ!? きゃははっ。めっちゃウケる!」
 ぶーっと吹き出した友達の桃は、ひっくり返ってミニスカートから伸びた足を豪快にバタつかせる。
 唯一の友達に何も言い返せないダイエット負け組の私は、ストローで残りを飲み干して恥ずかしさをやり過ごす。
 笑い終えてすっきりした顔になり、胡座をかいた桃はふと窓の方を見た。
「あ、サボテン育ててんだあ。あーし、水やりすぎていっつも枯らしちゃうんだよねえ。愛情キャタピラーっつうの?」
「サボテン枯らすのって相当だね……。ていうか、まさか愛情過多のことじゃないよね。よね?」
「あ? 間違えてねーだろ。男友達がさあ、キャタピラーとかスラスターとかやたら横文字使うんだよねー。覚えちゃってさあ」
「そう、男友達がね……」
「へへ、男と話してると頭よくなるんだぞ。みなトンも早く痩せてモテな」
「うん……」
「みなトンって暗いよなー。黒魔術とかやってそー。げ、本当に持ってっし」
 今度は本棚を見て、桃はうわーっと口に手を当てる。
 桃は中学までは地味な子だったのに、高校デビューして姿も性格も激変してしまった。
 スレンダーでお洒落でスクールカーストのトップ。
 未だぽっちゃり陰キャの私は、こうして大人しくダイエットに励むくらいしか彼女に追いつけるすべがない。
「そんなみなトンにぃ。ダイエットが成功するよう祈ってトリックオアトリートン。はいこれ!」
「トンは流石にやめて欲しいな……」
 と言いつつ、口元がにんまりと緩む。桃はどんどん変わっていくけれど根は優しい子なのだ。ていうか唯一の友達だから優しくないと困るのだ。
「ありがと。でもごめん。私用意してないや。……何これ。枕カバー? え、お菓子が入ってる」
「そ、枕カバーの中にぃ、みなトンが大好きなマーブルチョコをいぃっぱい入れたからぁ。好きな時に好きなだけ食べるといいヨ!」
「へ?」
「だからぁ、あーし愛情キャタピラーだからぁ。いぃっぱい水あげてみなトンを枯らすのさぁ」
「なっ、何それ。私、ダイエット中って言ったじゃない!」
「ガタガタうるせーなあ」
 桃は笑いながら私の腹の肉を掴む。真顔になり、声を一段低くした。
「――毎日見にくるからな。枕カバーは絶対捨てるなよ。捨てたら絶交だからな」
 桃は本当に毎日うちに来た。そして減っていくマーブルチョコを見ては追加を補充していった。
 これはいじめだ、と私は悟った。いつかは桃との関係が変わるかもしれないと思っていたけれど。まさか本当に桃が友達じゃなくなるなんて。

 コーンと甲高い音が夜空に鳴る。
 私が藁人形に釘を打ち付ける音だ。桃の写真は持っていなかったから、撮った桃の画像をスマホに表示して、そのまま藁人形ごとコーン。バッキバキに割れていくスマホに快感を覚える。
「許さない。絶対に許さないぃ。桃ぉ。ブクブクに太ってキャタピラに踏み潰されるがいい! スマホなんぞ惜しくもないわ。だってもう誰とも連絡する必要ないしっ!」
 泣きながら、口の中いっぱいに詰めたマーブルチョコをガリガリと噛み砕く。甲高い音は連夜続いた。