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お題:『銀河で、検察官が、人捜しをする話』『ケチャップ』『オールスター』

【星空の下の検事】
 空を見上げれば、満天の星空。
 吹きすさぶ北風に身を晒し、凍える様に身を竦める。

(まるで、この銀河でたった一人の様じゃないか)

 加藤 優司は、埒も明かない想像を振り払うかの様に頭を振った。
 同僚の検察官からは、「やめておいた方が良い」と言われ続け、実際に上からの圧力も掛かっている。
 この寒空の中、周囲の反対を押し切りながらも何処にいるかも分からない証人を探す作業は、正直、疲労感が大きい。

 被疑者、能登 佳純は、いわゆるエリート官僚であり、しかし、欲望を我慢すると言う事の出来ない男でもあった。
 今までに彼が手を染めたであろう犯罪は、詐欺、横領、窃盗、脅迫、暴行、薬物、強姦、殺人と、まるで犯罪のオールスターの様な状態なのだが、しかし、それ等は一つとして立証される事は無かった。
 それもこれも、証拠不十分であるとされたり、被害者が提訴を取りやめる事態が続いたからである。

 要は、誰もそれもが、能登の権力に屈したと言う事だ。

 しかし、今回だけは優司は諦める訳には行かなかった。これ以上、彼の犠牲者が増える事が無い様にと言うのも確かに有ったが、今回の被害者が彼の亡くなった妹と重なった為だった。

 両親を早いうちに亡くし、さして裕福でも無かった加藤の家は、優司本人も、その妹の香奈見も奨学金によって大学まで卒業をした。
 彼の妹の香奈見も、苦労して就職し、ようやっと人並みの生活に成れると思った矢先だった。

「はい、お兄ちゃん、ケチャップライス。大好物だったでしょ?」
「いや、大好物と言うか……(他に食べられる者が無かったと言うか……)」
「え?」
「あ、いや、大好物だよ、うん」

 ケチャップで炒めただけのライスをさも美味しそうに食べる優司を見ながら、香奈見はニコニコとしていた。

「……何か良い事でもあったのか?」
「うん? 分かっちゃう? へへ、あのね? 私、プロポーズされたんだ」
「へ? え? へー……そ、そうか」

 正直、苦労して育てて来た妹を他の男に渡すのは業腹だった優司だが、しかし、幸せそうな彼女を見てしまえば、それも許すしかない。

「そ、そうだな、今度、お兄ちゃんにも、その男を紹介してくれるのかな?」
「フフ、当たり前でしょ? たった一人の家族なんだよ?」

 だが、その幸せは長くは続かなかった。
 彼女が結婚をしたのは、小さな工場を経営する社長だったのだが、しかし、贈賄の容疑で逮捕され、会社は倒産。
 そして、その男は獄中で謎の病死をしたのである。
 当初こそ、多額の借金を返しつつ、彼の帰りを待っていた香奈見だったが、獄中死をした言う事を聞き、心が折れてしまったのだろう。
 自らに保険金をかけ、謎の事故死をしてしまったのである。

 その陰には、やはり能登の姿がチラついていたのだが、しかし、立件するには至らなかったのである。

 今回の事件は、その時の状況とあまりにも似通っていた。

 白い息を吐き、コートの襟を立てながら、優司は満天の空を見上げる。
 美しい筈の星の輝きが、今は、まるで彼の事が銀河でただ一人の様な気分にさせた。