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【リレー企画:『魔聖妖神奇譚アルカナ』(3)】(1/3)


 吶喊の声が尾を引いて、ぶつかり合った二振りの刀が火花を散らす。
 だが膂力も、技巧も、何一つ洋輔が人外たる落ち武者に勝っている物などなかった。
 洋輔の刀は弾かれ、受けた衝撃を殺し切れないままに足はたたらを踏む。
「がっ……!」
「フン、トウゼンダ」
 落ち武者は超然と。というよりも嘲笑うように、洋輔の醜態を眺めている。
 肩の刀傷は浅くは無い。下手をすればこれだけでも失血死の理由になるかもしれず、
朱く染まった腕では刀を満足に握る力さえ籠められない。
 何一つ、勝っているものなどないのだろうか。
 何一つ、生き延びられる理由などありはしないのだろうか。
 ――いいや、ある。たった一つだけ、洋輔にも、負けられない物が。
 この想いだけは。どんな化け物にも、否定なんてさせるものか。
 いつの間にか、空は夕暮れに変わりつつあった。橙色の陽光が、二人と化け物だけの小さな世界を染め上げる。
 洋輔の視界に映る落ち武者は、けれどよく見れば。それは現代的なデザインにアレンジされすぎた、ただの作り物だった。
 そこには本物の武士の覚悟だとか忠義だとか、そんなものは宿っていない。生まれたての力に酔う、空っぽな器があるだけだ。
 それを理解して、洋輔は笑う。落ち武者が怪訝そうに首を傾げた。
「……ナニガオカシイ? アタマガオカシクナッタノカ」
「別に。ただ、あんたがあんまり滑稽なもんでさ」
「ナンダト?」
 洋輔は、目一杯憎たらしく笑う。口の端を釣り上げて、目の前の化け物に伝わるように。
 最大の武器を、唯一勝っている、想いの差を。見せつけてやるために。
「守りたい物も、誇りも、何もない。そんな武者がいるかよ。俺にとってあんたはサルですらない、ただの――お人形だ」
 そしてその策は、どうやら成功したらしかった。
「――ッ、キサ、マァァァァアアアアアアアアアッ!!」
 激昂した落ち武者は、ガシャガシャとやかましく鎧を揺らしながらも、信じられない速度で突っ込んでくる。
 車と正面衝突するようなものだ、避けられるはずもなかった。だから、それで期待通りだ。
「ヨーちゃん、いやぁっ!!」
 背後で固唾を飲んで見守っていた空音が、死の光景を前に悲鳴を上げる。
 だから心配するなと、胸の内で洋輔は呟く。お前を残して死んだりなんてしないから、と。