>>650の内容で一レスのちょっとした物語性のあるものを書いてみた!

 大学で知り合った友人から一通のメールが届いた。内容は簡潔で「そっちに飲みにいく」と書かれていた。
「……男同士で、か」
 軽い愚痴を零して「ビールはあるぞ」と素っ気なく返した。生欠伸を噛み殺し、俺はベッドの縁に座る。朝の眠気を追い出すように瞬きをした。
 ぼんやりとした部屋が現実を突き付ける。靴下やシャツが踏み潰されていた。座卓の隅にはビールの飲み零した跡が見える。
「ま、いいか」
 後ろに倒れた。何となく両腕を開いて瞼を閉じようとした。瞬間、握っていたスマートフォンが嫌がるように震えた。
 画面を見ると先程の友人で「女友達も一緒だ」と付け加えられていた。
「ああ、そう……待てって!」
 俺は跳ね起きた。短い文章に騙されそうになった。床に散らばった物を一抱えにして押し入れに放り込んだ。
 残っていた靴下の片割れを濡らして座卓に擦り付ける。安心する間もなく冷蔵庫に駆け寄って中を開けた。
 ビールは六缶。全てが三百五十で全く足りない。椅子の背もたれに引っ掛けていたパーカーを羽織って財布を握り締める。
「早く言えよ!」
 靴に足を捻じ込んだ俺は外に出ると全力疾走となった。
 駆け込んだ先はコンビニエンスストア。自動ドアに肩口をぶつけてカゴを引っ掴む。日用品の棚を無視して奥へと大股で行く。
 大型冷蔵庫の扉を開けて六缶セットのビールを二つ入れた。扉を閉めようとして思い止まる。
「……何人くるんだ?」
 メールで問い質しても返事がくるとは限らない。早くしないとアパートに到着してしまう。
 五百の缶をカゴの隙間に突っ込んだ。甘くて呑み易いカクテルにも手を出した。レジに向かう途中で目に付いた生菓子を幾つか見繕う。
 レジには人が並んでいた。もう一つは空いていた。栗色の若い女性がガムを噛んでいる。素行の悪さを目にしながらも俺はカゴを台に載せた。
 女性はガムを噛みながら無言で手を動かす。ビニール袋は一つに纏められた。
「あの、これ、相当に重いと思うので、手に提げ易いように取っ手を付けてくれませんか」
「取っ手ってなによ?」
 クチャクチャとガムを噛む音が大きくなる。やや頭が傾いで目が鋭くなった。
「ほら、あるよね。両方がクルンとした、あれは例えるならカイゼル髭みたいな物だよ」
「どこかの将軍?」
「探せばいるかもしれないけど、そうじゃなくて英国紳士の髭がクルンとしたアレ」
 言いながら俺はスマートフォンの時間を目にする。タイムリミットはわからないがとにかく焦る。
 女性は頭を不自然に揺らす。考えているのか、腕を組んで天井を見上げた。
「わかった、鼻眼鏡のことでしょ!」
「え、鼻眼鏡って。確か髭は付いていたと思うけど、そのクルンとした髭のような形の物を」
「ないです」
 女性はガムを膨らませた。限界まで膨らんで割れた。
「ないですか」
「ないですね」
 遣り取りの虚しさに俺は薄笑いを浮かべた。
「ありあとしたー」
 日本語とも思えない言葉を背中に受けて俺は店を出た。腕が引き千切られそうな重さのビニール袋に耐えてアパートに引き返す。
 途上で何回も持つ手を替えた。掌は赤く充血して腫れを感じる。
 その時、ポケットでスマートフォンが震え出す。アパートが見えてきた安心感もあってビニール袋を道の傍らに置いた。
 画面には「悪い。行けなくなった」とやはり短い一文で表示されていた。
「おいおい、どうすんだよ。これは」
 体中の力が抜けてゆく。青い空が目に沁みる午後であった。