ほんでたいして頭の良いことも書いてないっていうね

余談 天狗騒動に鬼騒動の大正時代

>今から話すことは教科書の記述に反することです。ですが、事実です。

大正時代「神隠し」が頻繁に起っていたのです。


まず何でもいいから教科書に「大正地代は神隠しが頻繁に起こっていなかった」
ていう記述があった事を書かないと(そんな記述が実際にあったらの話だが)
しかもなんの教科書かも謎。
この時点でかなりの糞。


>おそらく虐待を受けていた子を助けた大人が居たのでしょう。それを山村、今はおそらく限界過疎とか消滅部落と呼ばれる山奥に連れ帰った人が居たんですよ。たぶん。

それを「天狗の仕業」とか言ってるわけです。

天狗の神隠しにあった子は日本一周旅行したとか荒唐無稽な事を言う子が一般的ですがたぶんあれは「夢」(希望)を言ってたのだと思います。

文脈からしてこれの根拠としてあげたのが次の引用文な訳だ。
よく読み返せよ。因みに規制にひっかかるから改行したわ。
「鳥取の魔尼山には天狗が住んでいた。
大工町の西野という家の一人息子が行者風の男にさらわれた。
7年ほど後、西野の妻の夢に息子が現われ、天狗のもとで修行中で、披露式の為に屋根に野菜と強飯を用意するように告げた。
その通りすると、夜中に風と共に話し声がして静かになった。
何十年か後、西野家羽団扇が届けられ、我子の形見かと思った。そして西野家は大火でも焼け残った。」(鳥取県:鳥取市)

あのさ「息子が行者風の男に誘拐された」と「西野の妻が見た夢」と「夢の通りにおこわを用意したら話し声がした」と「羽団扇が送られてきた」
この四つの出来事の因果関係は厳密には不明な訳だ。
つまりこの話は「一連の出来事が天狗の仕業だと解釈された」というだけに過ぎない。
なのにお前は「隠し村で天狗と修業してた少年集団が居たのです」という結論を導き出した訳だ。
天狗と修行じゃなくて「天狗だと思われる人物と」だろ。
あと「拐われた息子が修行している」の根拠は西野の妻の夢じゃねえか。
あと西野の子供が誘拐されたっていうだけの話なのに、オメー少年の「集団
」と「隠れ村」はどっから出たの?
推測や想像を巡らせるのはいいけど、その根拠を記せよ。
それが行われてない時点で知的とはいえない。
簡単にいうと妄想乙。


ほんで次に
(外山 旦正 「越後の狗賓の話」3(4) 『郷土研究社』、1915年、pp49-51.より)
(築地 梼衣 「神隠しの事例」1(4) 『民族発行所』1926年、 pp189-195.より)
この二つの引用から「この国は当時中規模都市でも大正時代では御覧の有様」としている。

何? お前は「二十世紀入ったのに日本は都市部でも天狗なんか信じてる」っていいたいの?
アホ過ぎて突っ込む気にもならんが、十九世紀末から二十世紀末なんか、世界的なスピリチュアルブームでぶっちゃけ諸外国の方が酷い。
それぐらいさすがにお前も知ってるだろうが。
コティングリー事件も二十世紀入ってからだしな。
そもそもアメリカ人なんざ戦後になっても、人外(宇宙人)が普通の人を拐う物語を大真面目に信じてるんだぞ?

これが、この国の当時の「普通」です。違うね。世界の普通だよ。何一つ不思議はない。
今さらこんなことをドヤ顔で語られても「だから?」でしかないわ。

……もうダメ。らんたちゃんがアホ過ぎて突っ込めない
こんなバカエッセイでマウント取れると勘違いしていたなんて惨めすぎる……。
あとの突っ込みは任せた。