どっと疲れて帰りに立ち寄った本屋で『人間とは何者か』という本が目に入った。半ば無意識に手に取り、レジを済ますと帰路についた。なんとなくいつもとは違う遠回りな道を、ふらふらと歩きながら取り出した本のカバーを外した。じっとタイトルを見る。
『人間とは何者か』〜人はどこから来てどこへ行くのか〜 ふと頬を温かい空気が撫でた。横を見ると小さな神社がある。私は鳥居の前まで行き、拝殿の奥にあるはずの本殿にじっと目をこらした。
「何者なんですか」
 私はボソリと呟いた。その時だった。
 
「あれ? 諏訪園さん?」
 私は急に声をかけられ、悪戯が見つかった子供のように飛び上がって振り向いた。本がパタリと落ちる。こちらを訝しげに覗き込むように歩いてくる男がいる。
 耳の上辺りで切り揃えたさらさらとした髪の毛。前髪の間からのぞく目元は柳葉のように切れ長で目尻は下がっている。目とは逆に眉毛はやや上向きにきりりとしている。大きくも小さくもない鼻は真っ直ぐに通っていて顎はシャープだ。
 服装は多くの人とは少し雰囲気が違っていて洗練されている。いわば美容師や服飾関係者のそれを感じさせる。要するにイケメンだ。それだけに逆手に取ればチャラい男にみえなくもない。しかし確かに見覚えがある。
 
チャラ男が目の前に来て私は見上げた。背も高い。チャラ男が屈み込んで本を拾ってはたき、表紙をじっと見た後差し出してきた。少し警戒しながら受けとると、チャラ男は顔を曇らせた。
「ほら、覚えてない? 人文社会学で何度かお隣になった」
 思い出した。1年の時に取ろうかどうか迷ったけど結局とらなかった講義だ。そして何度かお隣に『なった』なのではない。最初はここ空いてる? その次からは私を発見すると『やあ』と移動してきたのだ。
 どんどん思い出してきた。私はいかにも遊び人風のこの男が嫌だったのも講義を取らなかった理由の一つだった。
「えーっと、にい……がき君?」
「そう! 新垣! 新垣啓吾」
 別に下の名前は必要ない。
「いやー偶然、この辺りなの?」
 違う、と言おうとして言葉を飲み込んだ。じゃあどの辺だという話に発展しかねないからだ。
「うん」
 新垣の満面の笑みが微妙なものに変わった。しかしすぐに元のように笑うと言った。
「まあどうでもいいけどさ」
 この男、勘も鋭い。油断できない。私は無愛想にニベもない女を演じた。
「何か用ですか?」
「え〜、なんか怒ってる? 参ったな」
 いかにも遊んでそうな男の返しだ。私は止めをさしに行く。
「いえ、なんで私がよく知らない人に怒るんですか?」
「じゃあよく知ってよ、実はこの先のお店でツレと飲むんだけど」
 そして……。
「俺、新垣啓吾、コイツ三島大輔、そっちが北見優斗」
「あ……諏訪園雛子です」
「堂島亜里沙でっす」
「南美咲でーす、ミミって呼んでね」
「うぇーい、よろしくかんぱーい」

 どうしてこうなった。
 新垣の飲みの誘いに、引いた私だったが、運よく亜里沙からの電話がかかってきた。嬉々として電話に出てから、相手を無視して、都合のいいストーリーを作るつもりで一方的に喋った。
「ああ、亜里沙? 遅れてごめん、もうすぐ行くから」
「はぁ? ああ、美咲から連絡あった?」
「あ? ええ、うん、実はそう」
「じゃあ6時半に鳥源ね」
「りょーかーい」
 私は電話を切るとにこやかに言った。
「じゃ、そろそろ私は友達と待ち合わせなので」
 チャラ男は何故かにぃっと笑った。
「俺達も鳥源に6時半なんだよね」
 しまった、通話音量マックスだった。いやしかし知ったこっちゃない。私達は私達で彼らは彼らだ。
「そうなんですか、あそこ美味しいですよね、じゃ」
 私は平静を装って早足で歩き出す。新垣も慌てて歩き出して私の横に並んだ。
「ねぇねぇ、3人で飲むの? 俺達も3人なんだけど」
「そうなんですか3人て丁度いいですよね、それ以上は面倒くさくて」
「いや楽しいっしょ」
「そおですかぁ? じゃあもっとお友達を呼べばいいじゃないですか」
「じゃあ君たちを呼んだり俺達がお邪魔したり」
「今日は女子会なんです、女子会に男子居たらダメでしょう」