>>538
☆お題→『船団』『一筆書き』『ケチャップ』『戦車』

【弱虫のひとりごと】

船が港を出て行くのが見えた。
団地の屋上から私はそれを見送りながら、タバコをケータイ灰皿に揉み消した。

一日遅かったな、と思いながら私は別に後悔してはいなかった。
筆下ろしは結局叶わなかった。
書かれずに終わった恋を、私は完成することのなかったシナリオとして、自分の頭の中だけにとどめることにする。
きれいだった。ただ、きれいだった、彼女は。きれいなまま、終わった。

ケータイ灰皿をジャンパーのポケットにしまうと、屋上を離れた。
チャックを閉めた、もちろんズボンのではなく、ジャンパーのだ。春とはいえ夜風は寒かったので。
プールのある屋上だった。青いコンクリートの中には水がなく、そのことがよけいに寒々しい気がした。

戦わずして生きて行くほか、ないのだ。
車に乗り込んだ弱虫がひとりごちた。