>>714
お題:『チューインガム』『賭博』『ステージ』『中間管理職』

【ギルマスの憂鬱】


「だからね、ギルマスなんてのは、ただの中間管理職なのよ」

 昔ながらのバーは、長いカウンターといくつかの頑丈さだけが取り柄のテーブル、入口左手には小さなステージがあり、右手側の壁は取っ払われドッグレースのレース場が設置されている。

 日も傾き、労働者が一時の憩いを求めて賑わう店内の片隅で、既に赤い顔を晒しながら愚痴愚痴と呪怨のような文句を垂れ流しているのは、冒険者ギルド王都第五支部のギルドマスター、ヘンリーだった。
 そんな彼と席を同じくしている、B級冒険者であるベルトロは、半裸の女性が踊りを披露しているステージを眺めながら「へえ」と、気のない返事を返す。

「おいぃ!! 聞いてるのか、ベルトロ!!」

 ダン!! っと木製のジョッキをテーブルに叩き付けながら、ツレない同席者にヘンリーは唾を飛ばす。
 そんなヘンリーに、ベルトロは「聞いてますよ」と溜息混じりに返した。
 実際、そんなヘンリーの愚痴など、この所酒の席で何度も繰り返されて居る事も有り、ベルトロとしても聞き飽きた…と言うのが本音だったからだ。

 苦労話が5週目に入ろうとした時、ドッグレース場がドッと沸く。どうやら大穴が出たらしい。

「……ッチ」

 ヘンリーが舌打ちをする。自分がこれ程不幸なのに、今この時に一攫千金を手にした者が居る事が気に入らないらしい。
 思えば、冒険者などと言う物も一攫千金を目指すギャンブラーであり、そこで犬の足の速さに一喜一憂している者達とさして変わらないのかもしれない。

 先程までよりも不機嫌になったギルドマスターの様子に、ベルトロは黙って噛み煙草の箱を差し出す。
 ヘンリーもその意図を察したのかどうなのか、黙ってそれを口に含んで……眉を顰めた。

「ガムかよ」
「新商品だってよ、チューインガムだったか?」
「甘え」
「ま、煙草よりは身体にゃ良いってさ」

 そのベルトロの言葉にヘンリーは増々顔を顰めた。

「冒険者が身体の心配かよ」
「まぁ、体が資本なんでね」
「チッ、賭博屋のくせによ」

 そんなヘンリーの言葉に、ベルトロが苦笑する。

「生きていてこそのこの世の春さ、中間管理職殿?」

 そう言われ、ヘンリーの表情は増々苦み走るのだった。