「安心しろ。別室で寝てるわ。人間は奴隷とする」
 「そうか。それはよかった」
 そういうとセトは皮袋から取り出した干からびた血肉を口に入れた。するとセトの五体が骨音を立てながら大きくなり衣服は千切れ飛び、口はさらに裂け、牙がさらに伸びた。セトは天井の岩を壊しながら時折口から長い舌を出し、ふしゅう、ふしゅると嬉しそうに音を立てる。
 「お前、同族の血肉を食ったのか!?」
 セトは己の命を手に掛けようとした鬼を拳で壁に叩きつけ絶命させ、さらにもう一人の鬼を握りつぶす。果物が割れるような音が木霊する。
 ゴトは敵に向かって刀を振り下す。しかし致命傷には至らない。そして巨大な足がゴトに迫る。間もなく肉が飛び散る音がした。
 「奇襲だ〜!裏切り者が禁忌の技を使ったぞ!」
 鬼が島で悲鳴と怒号と歓喜の声が響き渡る。
 「アメ、ここに隠れて!!」
 娘のアメを岩でできた玄室に隠す。さらに人質である人間の赤子も別の玄室に隠した。
 そのままオメが特攻する。しかし巨大化した実の息子にかなうわけがなかった。拳を叩きつけられ絶命する。
 セトはそのまま鬼が島じゅうの鬼を惨殺して回った。セトはさらに口から炎を吐く。炎で焼けただれて死ぬ鬼たち。死んだ鬼の血肉を咀嚼してさらに己の体からめきめきと音を立て強くなる。刀の傷も消えて行った。
セトは首をゆっくりとめぐらせると鬼の赤子を見つけた。セトは歪んだ笑みを浮かべならが近づき、炎を吐いて赤子を殺した。次に隠れている鬼を見つけると拳で叩き割ってから鬼を引きずり出し、踏みつぶした。
セトが殺した鬼には肉親もかつての親友もいた。しかし抹殺される運命だった己の身を救うにはセトは禁忌の手段を使うしかなかった。同族殺しはそれだけでも抹殺されるが抜け忍をした時点で既に死罪。どのみち関係なかった。
 やがて鬼が島から鬼の気配が消えた。セトは己が作った穴から再び地下に戻り壊れた玉座の前に戻った。壊れた玉座の横で震えながら座り込んでいるアバがいた。アバは手から血を流し続けもう助かる見込みがない。
 「天邪鬼は同族の血肉を食らい続けるとやがてだいだらぼっちに化けることが出来る」
 嬉しそうにふしゅう、ふしゅると音を立てながらアバに言い聞かせるセト。
 「しかも、同族の血肉を食らうと最悪理性を失いだいだらぼっちの姿のままで暴れ回るが我セトは幸いにもそのようなことにならなかった。天は我に味方した。」
 「ところでアバよ、我は再び人間らが住む村で平凡な暮らしを望む。もう修羅の生はまっぴらなのだ」
 「そのためには、人間の中で暮らすには我が鬼であることを人間に知られては困る。言ってることがわかるな?アバ」
 アバは震えて何も答えられない。
 「安心するがよい。消えゆく命は我がもらう。人間の血肉は鬼の力をさらに強大に出来るからの」
 そういうとアバに向かって拳を振り下した。肉が砕け散った。そのまま肉をほおばるセト。
 セトは事を終えると瓜姫を探す。やがて赤子の鳴き声がする場所にたどり着いた。セトはそっと指でそっと玄室を壊した。玄室の中に瓜姫が居た。
 次にセトは呪を唱えた。人間に化ける呪文だ。もう一回人間の血肉を手に入れないと元の姿に戻れないあの呪文。セトの巨体の周りが渦巻き、やがてセトは骨音を立てながら小さくなった。こうしてセトは再び人間の時の姿に戻った。
 泣く赤子を抱くセト。
 「ふふふ、くくく、くくくく」
セトは姫を抱きながら何度も笑い続けた。その姿を岩の割れ目から見続けている者が居た。セトは身を隠している鬼に気が付かないまま衣服を探し、やがて衣服を見つけると次に万が一の時の為に鬼の血肉を皮袋に入れ、隠れ蓑を着こみ、瓜姫を背負い鬼が島を飛び去った。
 数刻たったのち、風音以外の音が無くなった鬼が島で岩から音がする。身を隠していたアメだった。
 アメは鬼が島で生きている者を探した。だが無残にも赤子を含めて抹殺されていた。生き残ったのは自分だけだった。やがてアメは自分の父親の亡骸がある壊れた玉座の前に立つ。肉がつぶれていて当然顔も無くなっていた。
アメの背中が小刻みに揺れる。
 「ふふふ、くくく、くくくく」
 アメはなぜか宿敵と同じ笑いがこみあげて来た。自分は泣きたいはずなのになぜか笑いが止まらない。
 (瓜姫とセトを殺す)
 凄惨な笑みを浮かべながら笑うアメ。だが、アメの表情を知る者はここには誰も居ない。この時アメはまだ8歳だった。 
鬼ヶ島の物語は、こうして始まった。