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年齢の証明というネタでいっこ思いついたので。

「そう、あれはもう千年も昔のこと。かぐや様が月にお帰りになられた際に残された不老不死の薬を、私は飲んでしまったのです」
 木々の葉も色づき始めた、初秋の古寺の、小さな庵。その比丘尼は、囲炉裏にくべられた鉄瓶から柄杓で湯を汲み、茶を立てながら語り始めた。
「千年……ですか」
 私は、小さな窓から差し込む陽の光に照らされた彼女の顔を見つめながら、その言葉を飲み込めずに、舌の上で弄んだ。
「そうね……、あるいはもっと前のことだったかも知れません」
「いずれにせよ、千年以上も生きておられるということですね」
 比丘尼は私にニコリと笑いかけると、萌木色をした飲み物の入った碗を、そっと差し出してきた。
 私は、ただの抹茶に違いないはずのその液体に、不老不死の薬という言葉を重ね合わせてしまい、体を強張らせた。
 彼女はそんな私を嘲ることもなく、穏やかな笑みを向ける。
「お嬢さんは、おいくつになりますか?」
「二十……六です」
「まあ、お若い。人生まだまだこれからですね。私のことは、どこで?」
「私は、麓の村の出身なんです。比丘尼様のことはずっと外部には秘密だったと知っていますが、私はそんな言い伝えはただのおとぎ話だと思っていたのです。
 でも、お寺の奥にこんな禁域があることを最近知って、まさかと思いつつも、つい足を踏み入れてしまいました。
 静居をお騒がせしてしまい、申し訳ありません」
 私はポケットの中のボイスレコーダーがちゃんと作動していることを祈りながら、彼女の顔を改めて見つめ返した。
 どう見ても、私と同年代としか思えない肌つや。でもその優しげな視線の内には、年齢を重ねた者しか得ることのできない奥深さを備えている。
 写真を撮ることが出来れば。でも、そんなことをしてもし彼女の機嫌を損ねてしまったら、この取材は失敗に終わってしまう。
 焦っては駄目だ。これが最後という訳じゃない、慎重にじっくりと、何度も足を運んで信頼を得る方が得策。
「さ、おあがりなさい。冷めてしまわぬうちに」
「はい、いただきます」
 黒塗りの碗を手に取り、細やかな泡の立った茶を、ゆっくりと飲み干す。鮮緑の香りが、体の隅々まで沁みわたって行くような心地がした。
「おいしい」
「それは良かった。もう新茶の季節ではありませんが、この庵の裏手で育てた茶葉を、私が挽いたものなのですよ」
「比丘尼様が。それは御馳走さまでございました」
「ふふ。この茶の木とも、もう何百年の付き合いになります。毎年おいしいお茶の葉を育ててくれて、とても感謝しているんですよ」
 何百年……。そして彼女は、この国に茶が伝えられるよりもずっと以前から、この山奥で暮らしていると……。
 私はこくりと息を飲み、意を決して、核心となる質問を彼女に投げかけた。
「千年……とおっしゃいましたが……。それを証明できるものは、何かお有りでしょうか」
 比丘尼は私の問いかけに表情を変えることもなく、穏やかな微笑みとともに、言葉を発した。
「そうですね、では……」
 そう言って、居住まいを正す。私も両手を膝の上に置き、正面から向き合って、彼女の次の言葉を待った。
「では、源頼朝公のものまねなどを一つ。政子! 政子はいずこじゃ!」
「は……?」
「おや、あまり似ておりませんでしたか? これは失礼いたしました。
 では今度は織田信長殿のものまねを。 敵は何者じゃ! なに、桔梗の旗印が見ゆると?ふふ、キンカ頭めか、是非もない」
「……」
「あらあら、お気に召しませんか。ではそうですね、次はペリーさんを。 ジャパンヲカイコクシナサーイ!
 ええと他には……、遠山の金さんはいかがです? おうおうおう、てめえら!」
 私はポケットからボイスレコーダーを取り出すとブチッと電源を切り、比丘尼に深々とお辞儀をしてから、茶室を後にした。

 振り返った視界の隅に衛星放送のパラボラアンテナを見つけて、舌打ちよりも先にため息が出てしまったのは、やむを得ないことだ。
 彼女が本物かどうかということではない、これでは記事にならないということが問題なのだ。
 そうよね、千年もの長きにわたって人の眼を逃れて生きてきた強者に、たかだか二十数年しか生きていない小娘が、たちうちできるはずなんかなかったのよね。
 あーあ、早く帰ってビール飲みたい。