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ワイが文章をちょっと詳しく評価する!【238】

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0001ぷぅぎゃああああああ ◆Puuoono255oE (ワッチョイ 322f-9Hqw)
垢版 |
2022/10/22(土) 07:04:58.34ID:kuFxbrL00
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点数の意味
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前スレ
ワイが文章をちょっと詳しく評価する!【237】
https://mevius.5ch.net/test/read.cgi/bookall/1659739413/
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0002善意のわだち6 (ワッチョイ 3901-UoHw)
垢版 |
2022/10/22(土) 07:54:42.83ID:E0p8ODnG0
 前兆はあった。
 雰囲気としては晴れた日に似ていた。前日の激しい雨が、山の木々の葉、その緑に残っている。
 何故か、リスなどの小動物の姿は確認できない。鳥が群れとなって黒く飛び立つ。
 風がないために去り方は遅い。葉むらの先端から、雫が山の斜面、木々の根本に滴り落ち、根の茶色を黒くする。
 音はない。雫も音も、茶色の土が吸収するからだ。
 そんな、とても静かでそして穏やかな斜面を、小さな石が、まずはずむように転がる。
 それは断続的に続き、やがて尽きて、短い静寂が訪れる。そうして、山の斜面を覆う土砂が崩れる。
 あらゆる木々は押し流され、轟音が震動といっしょくたになり、動物たちは喚き、彼らの一部は押し寄せる、その暴力的な流れにのみ込まれる。

 革命とは、私にとっては、そんな出来事だった。
 何が小石で、前兆だったのか。思い返せばあらゆる物事が、その兆しに含まれていた。
 シュテットランドという国家そのものが、社会が革命を望んでいたように思われる。
 けれど、明確な兆しは、あの記者の来社だった。
彼を含めた、ジャーナリストというやからは、使命感にもとづいて行動する。
損得ではない。純粋な善意。または正義。
 けれど、正義というものは、山の地盤をゆるませる、雨に似ていると思う。
めぐみのように天から注ぎ、生い茂る木々の葉の色を濃くし、
そして、全てを押し流す力となるのだ。
0003善意のわだち7 (ワッチョイ 3901-UoHw)
垢版 |
2022/10/22(土) 08:00:13.51ID:E0p8ODnG0
何故、正義などというものは、彼を含む記者たちを、この国に寄こしたのか。
 シュテットランドという国は、いびつながらも機能はしていた。
 そもそもこのいびつさも、ひな型として設定したのは欧米人、
宗主国の人々だった。

 ヨーロッパの彼らがこの土地にやってきたのは、もう何百年も前だ。
 彼らはまず宣教師を寄こした。そうして宗教を広め、次に商人がやってきて交易が始まった。
 最後に軍隊が押し寄せて、この土地は征服された。
 
 大体こういう手順で、彼らはアフリカという大陸を、欧州社会の一部にした。いわゆる植民地化だ。
 彼らは、民族しかなかったこの大陸に、国家を建設した。その形は緯度や経度によって策定された。
 川や山脈をなぞる形で存在していた民族の境は取り払われ、交わらないことで平和を保ってきた民族が、混ざり合うようになった。

 ……シュテットランドという国ができる前、平和だった、10幾世紀もの間。
 ンエ人は川の北の低地で遊牧をし、ヌル人は南の高地で稗を栽培していた。
 ンエ人は冬に家畜を追って南下するが、川に行きあたって北に引き返す。
 ヌル人は川の南岸で栽培を盛んにしていたし、そのため流域付近の人口は多かったが、農地の範囲を川の北に広げることはなかった。
 もちろん、農耕は可能である。が、冬にンエ人が家畜を連れてくるため、根の浅い作物は食い尽くされてしまう。
 ヌル人からしたら迷惑な話だ。
が、ンエ人にはンエ人のサイクルがあるし、
冬の南下の間に、夏の逗留地の草が育つという事情がある。
 南下を禁じられる場合、家畜は逗留地の草を、
根こそぎ食い尽くしてしまうし、そうすると遊牧自体がなりたたない。

 どちらの言い分も、私には確固として、理があるように思えた。
 そして、この理のために2つの民族は衝突し、過去におびただしい血が流れて、
結果、2つの民族はお互いに関わらないという選択をした。
 川を越えなければ良いのだ。そうして平和は達成された。
0004善意のわだち8 (ワッチョイ 3901-UoHw)
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2022/10/22(土) 08:05:00.59ID:E0p8ODnG0
この、暗黙の了解という平和を崩したのが、宗主国である。
 彼らは川ではなく緯度と経度を国境に設定した。
 ヌル人には稗ではなくある種類の豆の栽培を強制。
 ンエ人には、川の越境を認めつつ、主に公務員としての雇用先を確保。
ンエ人の何割かは、それでも遊牧から離れることはなかった。
 が、大部分は都市部で白人に仕えるという生活を選んだ。
 快適だったからだ。遊牧生活から離れる際、所有していた家畜は同族に譲ったが、
しかし譲られた側は、世話をしきれない。
 結局ヌル人が押し付けられ、ンエ人が作業を監督する形となった。
 この構造が、この国のここ数百年の、社会のひな型となった。

 白人を頂点とするピラミッド構造は、この土地に完全に定着した。
 それは、2つの大きな戦争をへて、名目上は独立を果たしても、続いた。
 経済的にシュテットランドは本国に、完全に依存をしてきたし、
この依存が解消されることはないのだろう。
 経済のみならず、政治の面でも、白人は社会の頂点に、依然として君臨してきた。
ンエ人が彼らに奉仕し、ヌル人に拳や鞭をふるい労働を押し付ける。
 もちろんこの仕組みに耐えられないヌル人もいる。
彼らは社会から脱落し、集団を作り武装。
ヌル人相手に犯罪行為を繰り返すが、しかし政府を襲うことはなかった。
 軍が出動するからだ。軍はンエ人が占めているし、機銃を躊躇(ちゅうちょ)なく掃射する。
 装備も現代的で、ヌル人の粗末な銃では相手にもならない。
 が、政府が気を遣うのは物流、経済に関わる拠点に限られてきた。

伝統的に、シュテットランドの政府は、地方の治安に興味をだいてこなかった。
 人的、物的な費用の無駄だからだ。そうして、武装集団は辺境を安住の地とする。略奪の対象は、ヌル人に限られる。
 この略奪に、ンエ人は反対しない。ただ、軽蔑するのみである。
0005善意のわだち9 (ワッチョイ 3901-UoHw)
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2022/10/22(土) 08:10:21.46ID:E0p8ODnG0
 ……冷静に振り返れば振り返るほど、シュテッランドという国は酷い国だった。
 しかし、変化が起こった。震源地は宗主国、ベルギー。
私が対応した彼も含めて、記者が何人も取材にきた。
 彼らは記事を執筆し、いくつかは国際的な雑誌に載った。
世論の高まりを受けて、シュテットランドと取引関係のある
欧米の大企業が、数社動いた。
 これが次の小石だ。
経済の動向に敏感な政府は、ちゃんとした選挙というものを、建国以来、初めて実施した。
 従来、選挙権が与えられてきたのは白人とンエ人だけだった。
 ここに、ヌル人をくわえる。
人口の6割に選挙権が認められていないという、異常状態を解消する。
 民主主義は実現される。が、その弊害も、白人たちは予想していた。
 ヌル人の、民族運動の指導者たちも、立候補ができてしまう。
 そしてヌル人が彼らに投票をしてしまうと、白人たちは本当の意味で、
社会的少数派になってしまうし、悪くすると、ヌル人の大統領が生まれてしまう。
0006善意のわだち10 (ワッチョイ 3901-UoHw)
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2022/10/22(土) 08:14:33.22ID:E0p8ODnG0
 彼らは首都の高層ビルの会議室で、額を寄せ合い、対策を練り続けた。
 民主化の流れは変えることはできない。
白人による独裁に執着をして、宗主国とのパイプが切れると本末転倒だ。
ではどうするか。
 民族的な怒り、恨みに染まり切っていない、柔軟な思考の若者を、
傀儡にすえたらどうか。
 白人が裏で手綱を取る代わりに、莫大な個人報酬を約束する。
幸い、適任者がいる。
0007善意のわだち11 (ワッチョイ 3901-UoHw)
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2022/10/22(土) 08:18:34.51ID:E0p8ODnG0
 名前はヴォイ。辺境からその頭角を現した22歳。
 元は武装集団の一員だったが、6年前から集団を率いるようになり、
ヌル人を襲うという立場を変えて、村々の守護者となった。
 対価の代わりに安全を保障し、他の武装集団も撃退。
この時に激しい戦闘をし、実力を認めさせた上で、併合を交渉する。
 その際、突きつけるのは銃だが、向けるのは笑顔だったらしい。
 結果、合意に至れば、戦闘で負傷した人員を支配下の街に運び、
安全で清潔な家屋で、医師に治療を受けさせる。
 決裂の場合でも皆殺しにはしない。
決めるならはやい方がいい、と言って、交渉の場を去るだけだ。
 ずいぶん優秀なブレーンがついているのか、それともヴォイ自身が有能なのか、
決裂の場合は、これだけでは終わらない。
第三者的な武装集団が、合意を拒否した集団を必ず襲う。

 部下を潜り込ませているのか、手段は不明だが、
第三者をけしかけるのに、神がかり的な才能を、ヴォイという男は発揮する。
しかも狡猾である。
 合意を拒否した集団が全滅しかける頃合いを見計らって、調停に入るからだ。
 この調停の場で、ヴォイは改めて、併合を提案。
これを断って生きのびた頭領はいない。
 しかし受け入れた頭領を、ヴォイは厚遇する。
 前線から遠い村の管理を任せる。
ただし、略奪は許さない。
求めるのは、ンエ人がンエ人に接するように、振る舞うこと。
 相互信頼。尊重の概念を、新参ものに教育するという点で、
相当な平和主義者らしい。しかし同時に戦闘狂でもある。
0008善意のわだち12 (ワッチョイ 3901-UoHw)
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2022/10/22(土) 08:21:31.74ID:E0p8ODnG0
ヴォイは武装集団の長として、辺境にあらわれてから6年間、
ひたすら前線を遊撃して回った。
 一方で支配地域の治安にも目を光らせるのも怠らなかった。
 簡単な文字の読み書き、教育の普及も推進するために教室も開いてきたらしい。
支配地域では略奪が前提とされないため、農業の生産力も上昇している。
 餓死者の数が、政府の直轄地域よりも、統計的に明らかに少ない。
まるでトルコのケマル・パシャだ。
 彼のふるまいは明らかに、民生・民族主義者のそれだ。
しかも勢力の拡大速度が尋常ではない。
 6年で、ヴォイは辺境の8割を支配下に置いた。
 もし、残りの2割が彼の手に落ちれば、
政府の直轄地域はヴォイの集団に包囲される形になる。
そこから物流拠点を抑えられれば、首都は干上がる。
 外国勢力と結託されれば、シュテットランドそのものが危機に陥る。
0009善意のわだち13 (ワッチョイ 3901-UoHw)
垢版 |
2022/10/22(土) 08:25:34.51ID:E0p8ODnG0
 政府はヴォイを取り込む必要がある。
優秀で狡猾で戦闘狂の、民生、民族主義者であるヴォイは、しかし貴金属に弱い。
 彼は金製品、特に指輪を好み、寄贈にも歓喜の声をあげるので、
支配地域の有力者たちから、ひっきりなしに贈り物が届く。
 そして、ヴォイはこの全てを受け入れるし、あからさまに厚遇する。
 結果、有力者たちは寄贈を競い合い、
ヴォイに付き従って貴金属を運搬する部隊すら、できるというありさまらしい。

 つまり、ヴォイは強欲。
ここに隙がある。言い換えるならば、交渉の余地だ。
 清廉潔白な民族主義者の場合、
傀儡として白人に膝を屈するのは正義と誇りが許さないだろう。
 が、強欲なら話が違う。
融和主義者の名声を勝ち取る裏で、白人にこびへつらう指導者は、
アフリカにはいくらでいる。そして、ヴォイには融和主義者の資質がある。
0010善意のわだち14 (ワッチョイ 3901-UoHw)
垢版 |
2022/10/22(土) 08:28:19.15ID:E0p8ODnG0
 ……と、白人たちは結論づけた。
 この結論には希望的観測が多々入っていたが、経験則的にもかなり成功の見込みが高い、
難題の解決方法だった。
 シュテットランドは民主化する。
選挙権は辺境を含む全ての土地の民に付与され、民族主義者としての評判が
高いヴォイは選挙に出馬し、ヌル人の支持を得て当選。
 白人が後押しすれば、数年で大統領になるだろう。そうして問題は解決する。
ヴォイは大統領として、権力と富裕を楽しむ。
 白人層はヴォイの汚職をほう助することで、利権が保障される。
国際社会の評価も受けて、シュテットランドは成長の軌道に乗るだろう。
0011善意のわだち15 (ワッチョイ 3901-UoHw)
垢版 |
2022/10/22(土) 08:32:01.27ID:E0p8ODnG0
白人たちのこういった目論見は、ヴォイが大統領になってからの数年は、
成功したかのように思われた。
私も、少年期の彼とは少なからぬ縁があったものだから、彼を応援していた。
応援というよりも、熱烈に支持をしていた。

 それは、ヴォイの大統領就任3周年の記念式までは。
 この記念式の日、純白の薔薇が山のように飾られた演台から、
ヴォイは呼びかけた。

「あらゆるヌルの同胞よ。あなたの隣の、ンエ人を××せ。
 鉈が手にあるのなら鉈で、なければその手で首を絞めるのだ。
 これはヌル人の未来、生まれくる子供らに贈るべき祝福である。
今こそ我々ヌル人は、ンエ人の支配を覆すのだ。これは革命である」

 ヴォイのこの演説は、シュテットランドのあらゆる電波に乗った。
都市労働者は屋外ビジョンで。辺境を含む農村の人々はラジオ放送で。
 彼らヌル人は、この虐殺の教唆を、扇動を、受け入れ感化され、
狂喜して、あるものは感激の涙を流しながら、
あるものは祈るように十字を切りながら等しく、ンエ人を襲った。
0012善意のわだち16 (ワッチョイ 3901-UoHw)
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2022/10/22(土) 08:36:38.29ID:E0p8ODnG0
 ヴォイが演説をする直前まで、私は社屋の最上階の応接室にいて、来客の準備をしていた。
 あの記者の時と同じように、ハーブティーの茶葉をつまみ、鼻先に上げて匂いをかぎ、
品質の維持を確認。
 空調の設定温度を確認し、湿度も調整する。
 雇用主は今日もどうせ、挨拶だけをして、
そそくさと退散するに決まっている。
今回は記者ではなく、外国の企業人だが、やることは変わらない。慇懃を尽くす。
 相手企業と利得を折衝する。
資料はもう頭に入れてあるし、説明用のプロジェクターも、故障はない。
 中国製は安価だがすぐに壊れるので、別の国の製品を使っているが、
機械製品はいつ壊れるか、分からない。
 だから予備品も確保していたし、確認も怠らない。
 この会社で、私は決済も含めた全てを取り仕切っているし、
そのために必要な、雇用主の信頼を得ている。
 部下たちからも信頼されているし、
少々の、時には結構な無理を聞いてくれるかどうかは、
結局、この信頼にかかっている。
謙虚に、誠実に仕事をすることが、この信頼につながる。
0013善意のわだち17 (ワッチョイ 3901-UoHw)
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2022/10/22(土) 08:42:23.88ID:E0p8ODnG0
 私はよく、雇用主から、白人でもないのにクソ真面目だなあ、と笑われていた。
 彼は、そうして笑ってから、とても穏やかで寂しい顔をして、
俺とお前は肌の色を間違えて生まれてきたんだ、と言い、あおるための酒を探す。
 私は、そんなことはありませんよ、と微笑む。

 実際、彼はとても白人らしい。
怠惰で、自堕落で、高みから現地民を見下ろし、
そして神という存在を揶揄しながらも実在を確信し、恐れる。神などいないのに。
そんなものは、白人が現地民を洗脳するために使用した道具、足掛かりに過ぎないのに。
 けれど、逆に現在では足かせとなるこの概念が、この男を正常にとどめている。
 雇用主が私を殴打しないのは、私に親愛の情を抱いているわけではなく、
神という観念に制止されているに過ぎないし、そういう意味では、
私は神に感謝を祈るべきだ。
0014善意のわだち18 (ワッチョイ 3901-UoHw)
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2022/10/22(土) 08:49:22.61ID:E0p8ODnG0
 感謝すべき事実はこれだけではない。
自堕落で、酒と薬物におぼれ、
牛乳が腐ったような腐敗臭を脇からただよわせるこの男に、
非暴力という美徳が付与されている事実だけではない。
 もう亡くなってしまったが、両親が生活費を切り詰めて、
私を大学の農学部に通わせてくれたこと。
 ヌル人に混じって肉体労働をしながらも、無事に大学院まですすむことができたこと。
 院では遺伝子工学を学び、助教授に推薦されるための研究論文は、
白人の他学生に窃盗されたが、それでも卒業はできたこと。
 夜明けの首都の飲み屋街の隅で倒れていた白人を介抱し、飲み水を与え、
アルコール中毒死から救った縁で、仕事先を見つけたこと。
 自堕落な雇用主には、それでも妙な優しさがあり、
私の両親が流行病にかかった時に、仕事に休みをくれて、
入院先と費用を用立ててくれたこと。
 結局あの時の恩が、私に、あの男を裏切らせないのだ。
大学の同級生だった女性と首都の路上で再会し、連絡先を交換した時も、
雇用主は邪魔をしてこなかった。
 俺が追いたい尻(ケツ)とは違うな、と失礼なことを言ったが、
彼女との結婚には祝福の言葉をくれたし、祝宴の費用も、
特別ボーナスだ、と言って支払ってくれた。

 確かに彼は白人らしくない。そして私は、ンエ人らしくないのだろう。
 一般的なンエ人より、恩に報いることを望む性質が強い。
しかも、この恩をあらゆる事象に感じがちだ。
 大学時代にヌル人に混じって労働をしたのが、多少関係しているのかもしれない。
 ンエ人は決してヌル人に感謝はしない。
過酷な肉体労働はヌル人の責務だと思っているし、そう教育されてきた。
ンエ人の役割は、白人に奉仕しつつ、ヌル人を罰すること。
 ヌル人は粗暴で、同族同士で迫害しあい、決して団結しない。
仕事も監督者の目を盗んではなまけるし、
そもそもが頭の悪い民族だから、文字も読めない。
0015善意のわだち19 (ワッチョイ 3901-UoHw)
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2022/10/22(土) 08:53:38.84ID:E0p8ODnG0
 ……というのが、ンエ人の常識だったが、私は、この常識に違和感を覚え続けてきた。
 頭が悪い、文字が読めないのは、初等教育そのものがされていないからではないか。
 団結をしないのはいなめないが、粗暴でなまけがちなのも、こちらが高圧的に接するからで、
しかも労働に誘因を与えないからではないか。
 こういった疑問は常に頭の中にあった。
しかしこれは私自身の劣等感に対する、説明でもあった。
 私はヌル人に感謝を感じてしまう。肉体労働者にも、清掃業者にも。
 つまり、彼らは感謝に値しない劣等民族ではない。
ただ、社会構造的に、感謝という循環すらからも隔絶されただけの人々であるのだと、
私は思いたかった。
 
 だから、あの記者にも、その主張にも激しく同感し、共感し、動揺した。
結局は上から目線的な思考に滑稽を覚えることで、自分をしずめたが、
どこかで、私は罪悪を抱いていた。
 記者の言う事は正しく、しかし私は何もできなかったからだ。
 ガリレオガリレイは地動説を主張した。
私がもし彼だったら、そんな勇気はない。
ただ微笑むだけで、全てをやり過ごそうとするだろう。
しかし、その裏で鬱屈は澱のように溜まっていく。
0016善意のわだち20 (ワッチョイ 3901-UoHw)
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2022/10/22(土) 09:03:20.65ID:E0p8ODnG0
 ヴォイの大統領就任は、その意味でも、私を驚かせ、そして歓喜させた。
 ヌル人がシュテットランドの、名目上でも頂点に立った。
 白人たちは他国の融和主義的独裁者を、その腐敗を引き合いに出し、
彼もそうなるだろう、と軽蔑をした。
が、そんなことは私には関係がなかった。
 この会社で働くヌル人の待遇を、堂々と改善ができる。
 ヴォイは、この国の主だった企業各社に、ヌル人への配慮を求めた。
 これも白人たちは、リップサービスだと、やはり揶揄した。
それがおためごかしでも、私には僥倖だった。

 掃除夫たち、給食の運搬業者への支払い賃の増額。
ンエ人専用だった、給食工場の休憩所の使用許可。もちろん工賃も増額させる。
 社員雇用の壁は厚いが、いつかは実現できるだろう。
 長年の部下、特に農場時代から一緒に働いてきてくれたデンフは、
それでも私の施策にことごとく反対した。
彼は生真面目で、ンエ人に対する情が篤く、そして気性が荒い。
 ヌル人を殴打するために生まれてきたような男だったが、
遠慮のない物言いを、私は気に入っていた。
 不思議な事だが、私は、救いの少ない人間に好感を覚えがちである。
 支払い賃、工賃の増額も、休憩所の使用許可も、
私はヴォイの着任前から主張してきた。
 が、デンフはことごとく費用の無駄だと反対し、
時に荒れ狂い机を担ぎ上げて窓を割った。
 本末転倒を地でいく男である。
窓の修理費用は、一時金から捻出し、デンフも謝罪をしたが、
意見を曲げることはなかった。
『ボス、俺は窓に当たりますがね。
他の奴はあんたをどうにかしてやろうって、思っちまいますよ。
 いくらあんたが社長のお気に入りで、賢くて、仕事がいくらできたってね。
 ンエの感情を馬鹿にしちゃいけません。
あんたはベルギーの記者じゃない。
ンエ人なんだ』
 凄むようにこちらを睨みながら、
しかし涙をにじませるデンフに、何も言えなかった。
 部下の言葉はンエ人の正論だったからである。

加えて、私をボスと呼んで慕ってくれるこの男を、無下にはできなかった。
0017善意のわだち21 (ワッチョイ 3901-UoHw)
垢版 |
2022/10/22(土) 09:07:37.21ID:E0p8ODnG0
 こんな鬱屈が、葛藤が、ヴォイの登場によって払拭された。
 未来に穏やかなものを感じた。
デンフはうるさいことを言わなくなった。
もちろん、眉に深いたてじわを作って、
こちらを睨んでくるのは変わらない。が、無言だ。
 この無言を都合の良いように解釈し、私は労働環境の改善に動く。
 
 掃除夫の派遣元を素通りして、現場の意見に耳を傾けるために、
業務の暇を見つけては、彼らに混じって社屋の清掃をするようになった。
 この過程で、つまり制服を借りたり、
機械の操作を教えてもらったりという一連で、何人かの男たちと親しくなった。
 キャンディや現金を差し出しても、断られなくないのは、親しみの証だろう。
 少なくとも以前は断られた。
ヌンヴィエ様がよくても、受け取るあたしらが、罰を受けます。
 仕事がなくなって、食えなくなるんです、
と、表情のない目で言われた時は相当にきつかった。
 が、ヴォイの登場でそれは消えた。
 もちろん、そんな私に決して心を開かない男もいる。ワロロワだ。
 彼は何も受け取らない。口も聞いてくれない。しかし、これは私の悪い癖だが……。
 難しい男に好意を抱く傾向がある。
業務に空白の時間を作っては、清掃業者の制服に着替えて、
ワロロワの後ろを追いかけて、清掃作業に従事する。
 本業に戻る時に、笑顔を向け、礼を言う。
が、もちろん返事はかえってこない。
 けれど、それで良いと思う。頑固な人間が、私は好きだ。
0018善意のわだち22 (ワッチョイ 3901-UoHw)
垢版 |
2022/10/22(土) 09:12:12.16ID:E0p8ODnG0
 第一秘書というのが、この会社での私の立場だった。
実質的には支配人の立場でも、秘書は秘書である。
 支配人の役職は、他の会社と同じで、白人がになっている。
が、彼をもう何年も見ていない。
 シュテットランドはそういう社会だ。
そんな中でも非常に恵まれたことに、私には秘書室が与えられている。
 この秘書室で、ヴォイの演説を目撃した。
 22歳で議員になってから4年で大統領になったヴォイは、
そこからさらに3年たって、やや疲れて見えた。

 共同で生活した当時のような、少年の頃の頬の丸みはどこにもなかった。

「あらゆるヌルの同胞よ。あなたの隣の、ンエ人を☓☓せ。
鉈が手にあるのなら鉈で、なければその手で首を絞めるのだ。
これはヌル人の未来、生まれくる子供らに贈るべき祝福である。
今こそ我々ヌル人は、ンエ人の支配を覆すのだ。これは革命である」
 メッセージは強烈なのに、とても簡潔で明快な文章だと思った。
 隣の、で対象を定める。
あらゆるヌル人の隣に、または近隣に、ンエ人はいるし、武器は鉈か素手だ。
 素手でなくても、あらゆる手段を用いて、ヌルはンエを襲うことができる。
 その指示をヴォイは出した。しかし、人間には善性がある。
顔の見知った者を、隣人を殺すのを、ためらう者もいるだろう。
 だから、その障壁を、未来という言葉で取り除く。
 母獣は子獣を守るために凶暴化する。贈るべき祝福。義務と願望。
 先祖が舐めてきた辛酸を、次の世代に引き継がせない、という希望。
支配を覆す。鬱屈の発散。革命という爆発的な解放。
0019善意のわだち23 (ワッチョイ 3901-UoHw)
垢版 |
2022/10/22(土) 09:17:05.46ID:E0p8ODnG0
 そういえば、ヴォイは言葉をつむぐのが苦手だったな、と何故か思った。
 沢山のことを、沢山の視点から眺めることができるのに、
言葉をつむぐことにためらいがある。
 明快に話せば良いんだよ。
そもそも、同じ民族でも、喧嘩や意見の違いはある。
理解をしあうには、言葉というのは不完全だ。
 だから、一番相手が聴きたいことを話せばいい。
ヴォイ、君は頭がいいし、とても優しい子だから、それが絶対にできる。
 そうしたら、誰も君を攻撃できない。攻撃には意志や理由が必要だからね。
 一緒に暮らしていた頃のヴォイは、言葉をうまくつむぐことができなくて、
しかし発せられた言葉には、妙な説得力があった。
そのことを褒めた記憶がある。

 何にせよ、彼はあらゆる物事と戦い、克服してきた。
 テレビの画面に映るヴォイは、29歳の大統領で、たたずまいには威厳があった。
目は穏やかで、声色には牧師が子供たちに聖書の話をするような、
そんな平和があった。
 しかしだからこそ力強いし、訴えかけるものがある。
もし私がヌル人だったら、泣くだろう。
 感激しながら民族の苦難に思いをはせ、教唆者の言葉の通りに鉈を手に取って、
柄を握りしめ、隣人を襲うだろう。
 そこには善性、使命感しかない。迫害者への個人的な悪意もない。
ただただ先祖と子孫のために、扇動に従うのだ。

 ヴォイは、本当に言葉をつむぐのが、うまくなった。
0020善意のわだち24 (ワッチョイ 3901-UoHw)
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2022/10/22(土) 09:20:44.10ID:E0p8ODnG0
 こんなことに感慨を覚えていた私は、動転していたのだと思う。
 腕時計と壁掛けの時計をそれぞれ見比べて、時刻を確認。
 外国の企業人は、予定通りの時間に到着できるだろうか。
 ヴォイの演説で、首都は混乱しているから、無理だろうな。
 窓の外、秘書室のある階のはるか下の地上から、
クラクションの音が、一斉に聞こえ始めた。
 かすかな悲鳴も地上からだろうか。
ここまで届くということは、大層な断末魔だ。

 ではどうするべきか。ヌル人の社員たちに、通達を出さねばならない。
 ノートパソコンに向かい、
『本日全業務停止。各自、身の安全に努めること』と打ち、一斉送信。
 
「いや。いやいやいや。何をしてるんだ? 違うだろう?」
 首を振り、独り言を口走る。
業務連絡など、こんな、土砂崩れみたいな状況では、誰もみない。
0021善意のわだち25 (ワッチョイ 3901-UoHw)
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2022/10/22(土) 09:28:04.73ID:E0p8ODnG0
 混乱するこの声帯は奇妙な叫びを小さくあげて、
足は秘書室のドアに向かって駆け出した。
 妻の元に行かなければならない。家族で国外に脱出する。
 8時間でベルギーだって行ける。あの記者は来れた。

 ドアノブに手をかけようとした時、弾き飛ばされた。
 私は秘書室の赤い絨毯に尻もちをついた。

 水道業者が、携帯型溶接機を片手に、立ちはだかって、
見下ろしてくる目は漆黒で、しかも血走っていた。
 溶接機は配管に使うものだ。
が、武器として使われれば、かなり恐ろしいことになる。
 私は尻もちをついたまま、彼を見上げた。
「ここは給湯室ではないよ。廊下の突き当りだよ、君」
 何故そんなことを口走るのだろう。
この喉は。

ヴォイが広めた狂気が私にも伝染しているのか。
 普段と同じ物言いをしてしまう。違うのだ。
 水道業者の彼は、ドアを蹴破って表れた。
 私は彼の蹴ったドアに弾き飛ばされて、
尻もちをつき、腰が抜けて起き上がれないのだ。
 
 するべきは嘆願。泣いたり叫んだりして、許しを請うべきだ。
 それでも、良かったと思う。
秘書室を襲撃してきたのは、水道業者だった。
つい最近派遣されたのか、面識がない。
顔見知りのヌル人でなくて、良かった。
 特に、例えば清掃業者が集団で襲ってこようものなら、
それはもう悲しくてやりきれなかったことだろう。
 そういう意味ではとても良かった。しかし、溶接機で殺されるのは恐ろしい。
 私は暴力沙汰が苦手だ。
そもそもンエ人はもとよりヌル人ですら、殴ったことはない。
0022善意のわだち26 (ワッチョイ 3901-UoHw)
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2022/10/22(土) 09:32:17.50ID:E0p8ODnG0
 水道業者の彼は、一度給湯室の方向に首をひねり、眺めるその隙に、
私は立ち上がり突進するべきだったが腰がどうにも抜けたままであり、
視線をこちらに戻した彼が瞳孔を灰色に広げて叫んだ時、つられて一緒に叫んだ。
 
 溶接機が振り上げられる。
私の両手は反射的に動く。額の上にかざす形で頭部を保護。
目は閉じて、顔は横を向く。

 しかしこんな反射は正解ではない。横に転がり、避けるべきなのだ。
 映画や小説の主人公たちは、そういう行動をとっていた。私はできない。
 そもそも映画の主人公とは、ヴォイのような人間を言うのだ。
または雇用主。救いのない飲んだくれの薬物中毒者だが、全てに恵まれた人間。
 いや、ボスと慕ってくれるデンフもか。
がんとして私と口をきいてくれなかったワロロワも、
そういう意味では映画の主人公かもしれない。
 確固とした意志を持つ人間。
 では彼は? 秘書室の出口に立ちふさがる彼は?
 もちろん違う。
確固とした意志を持つ人間とは、教唆者の扇動に踊らされたりはしない。
 などと、何故こんな非常で非情な状況で、ひたすら考えているのか。
 そろそろ溶接機の先端が首を貫く頃合いだ。
 妻は無事か。娘を守れるか。
こんな状況では無理だ。混乱だ。
デンフのものだろう叫びが遠くから発生して、かすかに耳に届く。
 駄目だ。私は殺されるべきではない。横に避けるんだ。動け。体。
0023善意27 (ワッチョイ 3901-UoHw)
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2022/10/22(土) 09:38:12.80ID:E0p8ODnG0
 短い間だった。
 危機は意識を加速させる。自動車事故でも、そんなことがあるらしい。
 尻もちの状態から、目をつむったまま、私はころんと横に転がった。
 同時に、ごっ、という重くて鈍い音が前方からした。

 目を開けると、水道業者の彼が横に崩れていた。
「胎児ごっこか。恥ずかしい奴だな。お前は」
 観葉植物の鉢を両手に抱えて、雇用主が私を見下ろしていた。

「あ、ええと……」
「立て。手は貸さねえぞ。自分で立て。くさっても俺は白人だからな。
白人はヌエ人なんかに手を貸したりしねえんだよ」
「あ、はい」
 私は立ち上がることができた。
多分、雇用主の言い間違いに気づいたからだと思う。ンエ人とヌル人。
 雇用主も雇用主で、2つの単語を混合させるほどに、動揺している。
 
 彼と2人で、非常階段に向かい、長い段差をひたすらおり続けた。
 途中、ひっきりなしに悲鳴が聞こえてきた。
 それは男性だったり女性だったりする。
しかも新人の正社員以外は全員の顔とネームプレートが再生されてしまい、
その度に雇用主は私に悪態をついた。
「お前、勝手に業務停止出しただろ。社長は俺だぞ。
責任取って、社員を守るといった仕事は無視しろ」
 私はこの男を行動力の欠損した人間だと思っていた。
が、誤解だったのかもしれない。
 彼は社長室で、ヴォイの演説を目撃し、多分動転したのだろう。
 それから、私が出した一斉通信を見て、とても腹を立てた。
 怒りは彼に行動を促し、秘書室まで降りてきて、その間に冷静を取り戻した。
 今、シュテットランドは殺戮の園と化している。
 対象はンエ人だが、白人も安全とは言い切れない。大使館に避難する必要がある。
 運転手が、つまり私が必要だ。
0024善意のわだち28 (ワッチョイ 3901-UoHw)
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2022/10/22(土) 09:40:54.44ID:E0p8ODnG0
 ということで、悲鳴のたびに社員の救出に向かおうとする私の背広の首根っこを、
彼はつかんで引き戻す。
「無駄なことは考えるな。
ヌエ人の方が多いし、そもそもお前らは、殴るのは得意だが、
襲われるのは慣れてねえ。わきまえろ。お前が最優先にするべきは、俺の護衛だ」
 護衛。そうだろうか。
 私が突き出す箒の柄は、何故かこちらに向かってくるヌル人からそれるし、
むしろ雇用主が両手で振り回す植物の鉢は、
正確にヌル人の側頭部を横殴りに吹き飛ばす。

 危機に強いのはこういう男なのかもしれない。
0025善意のわだち30 (ワッチョイ 3901-UoHw)
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2022/10/22(土) 09:43:52.47ID:E0p8ODnG0
「……なあ」
「はい」
「何で、俺が全部ぶちのめしてんだよ。お前は、英国紳士か? この、精神、白人、が」
 一階に到達した時、雇用主は肩で息をし、罵倒をしてきた。
 手すりにだらしない体はもたれ、彼は顔を上げない。
汗が生え際の後退した額に、浮いている。

「申し訳ありません」
「……いくぞ。車の運転は、いつも通り、お前がしろ」
 雇用主は運転ができない。そもそも、運転はンエ人の役割だ。
 はい、と私が返事をした時、後方で重いものが引きずられるような音がした。
 私と雇用主は同時に振り返り階段を見上げた。

 一階と二階の踊り場に、デンフの体が転がってきた。
 こちら側の段差に垂れた腕は血まみれで、手は手の形をしておらず、
不自然に曲がった首のために、私は彼が、死体となっていることを知り、唖然とした。

 私の腕を、分厚い手がつかんだ。
「急ぐぞ。呆けてんじゃねえ」
 押し殺すような声で、雇用主は言った。私は我に返り、彼と共に地下駐車場に急いだ。
0026善意のわだち30(1つ前が29) (ワッチョイ 3901-UoHw)
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2022/10/22(土) 09:50:35.25ID:E0p8ODnG0
 黒塗りのベンツ。86年。社用車である。
 常に整備が完璧にされている、そのベンツの鼻先に……。
 清掃員姿の男が呆けたように、コンクリートの天井を見上げて、立っていた。
 制服の腕はだらりと下がり、裾から出た手はナイフを握っている。
 蛍光灯を反射する、ベンツのボンネットが、やけに不気味に見えた。

「ワロロワ」
「待ち伏せかよ!!! いい度胸だなこの野郎!!!!」
 ワロロワの名前をつぶやく私の横で、雇用主は咆哮と共に植木鉢を構える。

「ヌンヴィエさん」
 ワロロワは雇用主を無視し、私に顔を向けた。漆黒の瞳には、やけに疲れた光が浮かんでいる。
「ワロロワ。あ、初めてだね」
「何が、ですか? これ、作業用ですけど、ナイフですよ。見えませんか?」
 向けられる先端を、私は無視した。

「いや、君が話してくれるのは、初めてだなと思って。
こんな状況だし、複雑だけどね」
 この言葉に、ワロロワは少しだけ、きょとんとした。
それからナイフを床に落とし、乾いた音が響き終わってもまだ、
くっくと、喉で笑っていた。

「ヌンヴィエさん。あんたは本当に呑気ですね。白人みたいだ。俺は白人が嫌いなんです」
「何だとこの野郎!!!」
 雇用主が叫んだが、私もワロロワも無視した。

「あげますよ。これ」
「え」
 ワロロワがほうって寄こしたのは、清掃業者の作業車の鍵だった。
通常、ヌル人しか乗らない。
 不衛生だし、臭いと毛嫌いされている。それは、ヌル人と同じように。

「こんな車、乗ってたら襲われます。運転するのはンエ人ですからね」
 ワロロワはベンツを振り返り、ナンバープレートを作業靴の先で蹴った。
気だるい音が響く。
 雇用主が罵倒の声をあげかけるが、フンと鼻を鳴らしただけで、足早に作業車へと向かう。
 彼に続こうとして、ふと思い直し、私はワロロワを振り返る。
「ありがとう。ワロロワ」
「別に、ですよ。俺は、ヌンヴィエさん。
白人みたいな偽善者のあんたが嫌いなんですよ。忘れないでくださいね」
「分かった。忘れない。機会があれば一緒に食事でもしよう」
「……みんな誤解してるけど、あんたは本当に馬鹿だな」
「おい!!! 鍵開けろよ!!!! 鉢が重いんだよ!!!!」
 作業車の横で叫ぶ雇用主。やっぱり雇用主を無視するワロロワ。
 そんなワロロワに、私は身振りで感謝の意を示した。
 もちろんンエ人はヌル人にそんなことはしないが、この場合は関係がなかった。
0027善意のわだち31 (ワッチョイ 3901-UoHw)
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2022/10/22(土) 09:55:09.21ID:E0p8ODnG0
 受け取った鍵でエンジンは正常にかかり、私たちは駐車場を出発した。
「伺ってよいですか」
「何だ」
「植木鉢を、いつまで抱えてらっしゃるのですか」
「俺の安全が保障されるまでだ」
 安全な場所なら理解できる。
大使館がそれだ。が、安全の保障などこの国に存在するのだろうか。
 あるとしても、それは今まさに消滅しかけているのではないか。
 大使館も、ヌル人が殺到すれば、
山崩れの土砂に流される樹木のように哀れに、破壊されてしまう。
 私は、納得しました、とだけ応えた。ハンドルを握る手を強くする。
 車は大使館に向かっている。運転に集中する必要がある。
車道のそこかしこで、車輌が炎上している。
歩道では暴徒たちが通行人を襲い、死体が無造作に転がる。
いくつかは車道にも散らばるため、私はハンドルを切って回避せねばならない。
額に脂汗が浮いて、垂れる。目がしみる。極度の緊張。

 大使館は、我が家と会社の中間の位置にある。この位置関係を幸運だと思った。
 神は存在するかもしれない。ここは地獄だけれども。
0028善意32 (ワッチョイ 3901-UoHw)
垢版 |
2022/10/22(土) 10:00:24.09ID:E0p8ODnG0
 メーターには余裕があったが、突き当りに出くわしてハンドルを切るたびに、
何かが確実に目減りしていくのを、私は感じていた。
 ワロロワの清掃作業車は、たしかに鼻腔の細胞1つ1つを魚の血で塗り固めるような
アンモニア臭が充満していたし、皮がすり切れたハンドルには垢が浮いていた。
 が、問題はそこではなかった。
 いくら角を曲がり続けても、ドイツやイタリアやフランスや英国や日本で
製造された車が玉突き事故を起こしているし、その先頭では
ブルトーザーなどがバリケードを作っている。
 ボンネットはワニの口のように開いて火と煙をあげているし、
傷のない車輛の窓は割られ、そこから、ンエ人が引きずり出されている。
 悲鳴と怒号と歓声。車道に放置された死体の数は、角を曲がるたびに増えていく。
 そのうち死体というよりも、ただの人形のように見えてくるが、
それでも私はそれを轢くことができない。
 空は青く、太陽は南と西の中間で輝いている。
 遠目には棒グラフ図形のように見えるだろう高層ビルのたもとを、
私が運転する清掃作業車はぐるぐると回り、北の方向に曲がっては日陰に入り、
南や西に突入すると、逆光が目を焼く。
 この車は日よけすら根本から折れているし、冷房もガスが補充されていない。
 送風を押しても生ぬるい風が出てくるだけで、だから太陽の方向に進むと、
直射日光で一気に車内の空気がゆで上がる。
0029善意のわだち33 (ワッチョイ 3901-UoHw)
垢版 |
2022/10/22(土) 10:07:52.68ID:E0p8ODnG0
「暑い。くそったれが。暑すぎるぞ」
「そうですね」
「俺は☓☓されそうだ。この暑さが俺を☓☓すんだ。ファッキン太陽め」
 雇用主は元気だ。
うっとうしいほどに元気だ。
 しかしいずれ、ぐったりとシートにもたれるかもしれない。
植木鉢を抱いたまま、熱中症で死ぬかもしれない。
 私は迷っている。窓を開けるかどうかを。
 雇用主は太陽を呪うが、窓を開けろとは言わない。
風は吹き抜けるだろうし、涼しくもなる。
 けれど、車内が丸見えになる。白人を乗せて運転する現地人は、ンエ人だ。
 白人はヌル人の運転する車には乗らない。
 もうすでに多くの車両が、ヌル人に奪われている。
いくつかは歩道に乗り上げ、いくつかは、ンエ人の車両に突撃している。
 この清掃作業車はすぐに止められ、私は引きずり出される。

 車道を逃げている男性がいる。若い。数人が追いかけている。
 1人が追いつき、腰に体当たりし、アスファルトに倒す。
残りが群がり、殴打が始まる。
バックミラーに映る集団の黒い影は、遠ざかっていく。
0030善意のわだち34 (ワッチョイ 3901-UoHw)
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2022/10/22(土) 10:15:34.39ID:E0p8ODnG0
 私は一旦ハンドルを北に切り、停車し、窓を開けるためのレバーをぐるぐると回した。
「お前……!!!」
「ギニア湾産のタコは私も好きですけどね。
食べるのが好きというだけでして、ゆで上げられるのは本意ではありません。
社長もどうぞ、開けてください」
「ゾンビどもにやられちまうだろうが!!! クソっ」
 舌打ちをしながらも、雇用主はレバーを回した。
弱いながらも気流が生まれ、頭が冷えていく。
「社長」「何だ」
 額の汗をぬぐうかわりにハンドルを両手で握り、アクセルを踏み込む私に、
雇用主は首を傾げた。

「信号機、変ですね。いつまでも動かないのがあれば、一瞬で切り替わるのもある。
電源そのものが落ちているのもありました」
「そういやそうだな」
「中心街に向かうのは速く、逆に空港に向かうのは遅い。
川に続く道路の信号機は電源そのものが落ちている」「何を言いたいんだ。お前は」
「誘導されているということです。教唆者は軍を動かしたくない。
バリケード封鎖はしない。白人にも配慮している。
ただ、ンエ人の一番密集する中心街で、焚火をしたい」
 雇用主は絶句した。この絶句に、私は改めて彼を見直した。
言葉の外の意味をちゃんと分かってもらえる。
この男は、出会ってから今までで、今日が一番まともだ。
「迂回しても、何かが待っているのでしょう。
一定のンエ人が車輛で脱走する。これをヴォイは想定している。
 そして大使館は中心街から外れた、高級住宅街、ここから南西にあります」
「じゃあどうするんだよ」
「動物園を通りましょう。あそこは粗末で、車止めもロープだけです。
北の搬入口から入れば、南に抜けれます。
 動物はンエ人を憎みませんし、憎んでいるとしても、檻の中です」
 ハンドルを切り、死体を避けながら私は言った。
清掃車輛のカモフラージュ効果はまだ続いている。
 歩道でンエ人を潰していたヌル人たちが、私に気づいて指をさし声をあげるが、その時には角を曲がっている。

「社長」「何だ」
「スマホをお持ちでしょう。交通混雑状況を検索してください。
まあ、サービスが生きていれば、ですが。混雑のないルートから、動物園に入りたい」
 雇用主は返事をせず、植木鉢から腕を離して、胸元からスマホを出す。
私はフロントガラスの向こうを直視しながら、目の端に映る彼にも注意を払う。

「ファッキン。信じられねえ」「どうされました?」
「接続がない。ファッキン。全部止まってやがる」
 ネットの中継施設が爆破されたのか。扇動者の用意周到さに背が寒くなる。
 車内はこんなに暑いのに。いや、先ほどよりもましか。
スマホを持てるのは、白人とンエ人だけだから、この攻撃は効果的だ。
 アクセスのできる情報を断つ。これは恐怖をあおる上でも効果的だ。
 実際、私の胸には、何かがせり上がりかけている。恐怖。
それは、家族との連絡が絶たれること。
 私のスマホも、もう役に立たないだろう。

「なあ。どうするんだ?」
「このまま走ります。どっちにしろ、動物園さえ抜ければ、大使館です」
 私はアクセルを踏み込み、車外の景色は加速する。
0031善意のわだち35 (ワッチョイ 3901-UoHw)
垢版 |
2022/10/22(土) 10:21:49.02ID:E0p8ODnG0
 ※※※※※※

 ヴォイと出会った、というよりも襲撃された時、私は27歳で、彼は11歳だった。
 私は鉱山の売却益の運用を、雇用主から任されたばかりだった。
しかしシュテットランドの何を買えば良いのか。何が成長していくのか。
 分からないままに、敵対買収のような、鉱山買収ばかりをしていた。
 鉱石は確実に産出される。レアメタル。
産業の進歩がなければ、見向きもされなかった素材たちだ。
 シュテットランドは、このまま工業化の道に進むのか。
 土地はある。資源も発見された。
人口も申し分がないが、おそらく百年は無理だろう。
 社会がいびつすぎる。

名目上でも平等な社会でなければ、工業化を成し遂げることはできない。

 平等な社会。選挙権? そんなものは理想に過ぎない。
 それ以前に、生存権が保障されなければ、
誰も工場で働こうなどと思わないし、治安が悪ければ外国企業も誘致ができない。
 ではどうするか。私には何ができるのか。雇用主は酒しか飲まない。薬物にも手を出している。

『金がこんなにあっても使い切れねえよ。お前が運用ってやつをやれ。
減らすんじゃねえぞ。減らしたらぶっ☓☓すからな』
 あの男の言葉は乱暴だが、一方で真実を言い当てている。
 金が減ると殺される社会。
食料そのものが足りないから、生活に余裕がない。
豆は毎年生産されるが、しかしあれは輸出用だ。白人の懐は輸出によって潤うが、それだけだ。
 では、それなら、一番欠けているもの。食を満たせば良い。
 鉱石の発見によって、幸いシュテットランドの通貨は強くなっている。
周辺国から黍を買う。
 それを配布する? そんなものは国連の援助と変わらない。
 配布ではなく、購入が必要だ。
少ない賃金でも、食料が購入できれば、犯罪に走ることもなく、
政策的な変化に耐性もつくだろう。そして労働の意欲がわく。

 私はまず、黍の輸入会社を、雇用主の名前で立ち上げ、販売先の調査に乗り出した。
 誰に、どのように販売するか。
安値で売っても、高値で転売されては意味がない。
 直轄地域の村々ならどうか。指導者たちに、まとめておろす。
私腹は多少肥やされるが、管理費は浮くし、マージンと考えれば悪くはない。
 まずは、村々の指導者と関係を作ること。
0032善意のわだち36 (ワッチョイ 3901-UoHw)
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2022/10/22(土) 10:30:00.21ID:E0p8ODnG0
「何で、ヌル人なんかに安く売ってやるんですか。ボスは」
「そりゃ、高かったら買えないからだよ。彼らが」「はあ」
「それより、ちゃんと前を向いて運転してくれ。デンフ。君の腕は信じているけれど、何が起きるか分からないからね」「例えば」
「枯れた木が倒れ、転がってくる」
 運転席のデンフは鼻で笑った。助手席の私も、少しこれは厳しいな、と思った。
 黍がぱんぱんにつまった袋を山積みにしたトラックは、
私たちを乗せて、川沿いを走っていた。
 川は干ばつのためにずいぶんと細くしおれている。
が、シュテットランドを南北に分ける境界でもある。
北側に、村落は点々としているが、川向こうの南側はトタン屋根が密集している。
ヌル人のスラム状態だが、一応政府の直轄地域だ。
 もうすぐ、川にかかった橋を渡る。
古い橋で不安だが、コンクリート製だから大丈夫だろう。
それより、ヌル人の有力者は、ちゃんと話をきいてくれるだろうか。

 木が倒れてきた。
 ちょうど橋を渡り切ってスラム街に向かうカーブを走っている所だった。
 アスファルト舗装が終わって赤い地肌が見えたわだちの道の両端に、
点々と植えられていた樹が一本、目の前に倒れてきた。

 デンフは急ハンドルを切りブレーキを踏んだ。
 私は慣性に圧迫されつつも、シートベルトをしていて良かったと思った。
 シートベルトは安全の保障である。
 そのベルトが切れた。
私の体は慣性に弾かれ、どこかをしたたかに打ち付け、意識が暗くなった。

 気が付くと、フロントガラスの向こうで、デンフが子供の首を絞めていた。
 しかしデンフの白シャツも血がにじんでいる。石を磨いて作ったのだろうか、黒色の刃物が杭のように刺さっている。
「デンフ!!!」私は叫んだ。
 車外に出て、デンフを止めようと走る。
子供を☓☓す? これから商売をしようとする先のだぞ?
「やめろ」!!! デンフ!!! 離せ!!!! 子どもを傷つけるな!!!!」
 喚きながら彼の腕をつかみ、止めようとした。デンフはこちらをチラリと見て、そして白目をむいた。彼もまた死にかけていた。

 倒れる彼の向こうを、数人の子供たちが駆け去るのが見えた。
 デンフの手から解放された子供も、彼等に混ざって、
スラム街のザラザラとした赤茶色の住宅、その密集に消えていく。
 1つ、小さな影が私の脇をすり抜ける。同時に胸ポケットの付近に圧迫を覚えた。
 刺された、と私は思った。ヌル人相手に商売は無謀だった。
都市部での序列が適用されると甘くみていた。

 と、私は後悔し、死を覚悟したが、実際は予備の財布を1つすられただけだった。
 放心しながら、肩越しに振り返ると、小柄な影が、橋に向かって走っていた。
 粗末な服。膨らんだふくらはぎ。陽光を反射する黒髪。

 デンフのうめき声で、私は我に返る。病院に運ばなければならない。
いや、まずは出血を止めることだ。
 私は叫んだ。助けてくれ!!! と。
デンフの服を脱がせ、自分の衣服を裂き、止血を試みる。
 スラム街から、何人もの人間が叫びながら出てきた。
0033善意のわだち37 (ワッチョイ 3901-UoHw)
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2022/10/22(土) 10:34:37.46ID:E0p8ODnG0
 襲撃は、大人たちの意志か。ここで終わりだ。私はヌル人に殺される。

 ……という覚悟は、大きな勘違いで、大人たちはデンフの救命を手助けしてくれた。
 実際、彼は助かったし、村の有力者、長老は饗宴の準備をしていた。
 長老は黍を、ただ同然だけれども、購入してくれたし、
デンフがドクターヘリで運ばれていくまでの、安静の場所を提供してくれた。
 連絡先の名刺もちゃんと受け取ってくれた。
ビジネスの始まりとしては悪くなかった。
 が、私はただただ、デンフの容態が気がかりで、
一刻も早く、ヘリの飛び立った先の病院に向かいたかった。

 トラックに乗り込もうとした時、長老が、お待ちください、と声をかけてきた。
 私は向き直り、何でしょうか、と首を傾げる。
 彼は手で、後方の男たちに合図をする。

 荒縄でぐるぐる巻きにされた子供たちが、引きずられてくる。
 彼等は襲撃者だ。デンフは病院送りになった。

「子供たちが、大変なことをいたしました。ええ。
ンエのお方の命を危なくするつもりなど、私どもにはありませんでした。
 むしろ、お分かりの通り、饗応の準備をしていたのです。
が、勘違いをしたのでしょう。
というよりも、饗応に用意された食物を、うらやんだのですな。
 情けないことです。それで、ヌンヴィエ様方を襲った。恐ろしいことです。
あの木にヌンヴィエ様方がつぶされていたら、私どもは政府を敵にすることになる。
 ありえないことです。
そこで、今から行われることは、私どもの誠意でございます。
もちろん、ヌンヴィエ様のご意向ではございません」
 私は、長老という老人の言葉が何を意味するのか、理解ができなかった。
 そんな私を、分厚く垂れた白い眉の奥から、のぞき込みながら、
老人は片手を上げ、そして下ろした。
 道を覆う砂利に押し付けられた、子供たちの頭部に、スラムの男たちは、一斉に鉈を振り上げ、振り下ろした。
 私は、絶叫の声すら、あげることができなかった。
 老人のしわだらけの口角は、微笑みのしわをさらに作った。
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