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ワイが文章をちょっと詳しく評価する!【238】

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0001ぷぅぎゃああああああ ◆Puuoono255oE (ワッチョイ 322f-9Hqw)
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2022/10/22(土) 07:04:58.34ID:kuFxbrL00
オリジナルの文章を随時募集中!

点数の意味
10点〜39点 日本語に難がある!
40点〜59点 物語性のある読み物!
60点〜69点 書き慣れた頃に当たる壁!
70点〜79点 小説として読める!
80点〜89点 高い完成度を誇る!
90点〜99点 未知の領域!
満点は創作者が思い描く美しい夢!

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前スレ
ワイが文章をちょっと詳しく評価する!【237】
https://mevius.5ch.net/test/read.cgi/bookall/1659739413/
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0016善意のわだち20 (ワッチョイ 3901-UoHw)
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2022/10/22(土) 09:03:20.65ID:E0p8ODnG0
 ヴォイの大統領就任は、その意味でも、私を驚かせ、そして歓喜させた。
 ヌル人がシュテットランドの、名目上でも頂点に立った。
 白人たちは他国の融和主義的独裁者を、その腐敗を引き合いに出し、
彼もそうなるだろう、と軽蔑をした。
が、そんなことは私には関係がなかった。
 この会社で働くヌル人の待遇を、堂々と改善ができる。
 ヴォイは、この国の主だった企業各社に、ヌル人への配慮を求めた。
 これも白人たちは、リップサービスだと、やはり揶揄した。
それがおためごかしでも、私には僥倖だった。

 掃除夫たち、給食の運搬業者への支払い賃の増額。
ンエ人専用だった、給食工場の休憩所の使用許可。もちろん工賃も増額させる。
 社員雇用の壁は厚いが、いつかは実現できるだろう。
 長年の部下、特に農場時代から一緒に働いてきてくれたデンフは、
それでも私の施策にことごとく反対した。
彼は生真面目で、ンエ人に対する情が篤く、そして気性が荒い。
 ヌル人を殴打するために生まれてきたような男だったが、
遠慮のない物言いを、私は気に入っていた。
 不思議な事だが、私は、救いの少ない人間に好感を覚えがちである。
 支払い賃、工賃の増額も、休憩所の使用許可も、
私はヴォイの着任前から主張してきた。
 が、デンフはことごとく費用の無駄だと反対し、
時に荒れ狂い机を担ぎ上げて窓を割った。
 本末転倒を地でいく男である。
窓の修理費用は、一時金から捻出し、デンフも謝罪をしたが、
意見を曲げることはなかった。
『ボス、俺は窓に当たりますがね。
他の奴はあんたをどうにかしてやろうって、思っちまいますよ。
 いくらあんたが社長のお気に入りで、賢くて、仕事がいくらできたってね。
 ンエの感情を馬鹿にしちゃいけません。
あんたはベルギーの記者じゃない。
ンエ人なんだ』
 凄むようにこちらを睨みながら、
しかし涙をにじませるデンフに、何も言えなかった。
 部下の言葉はンエ人の正論だったからである。

加えて、私をボスと呼んで慕ってくれるこの男を、無下にはできなかった。
0017善意のわだち21 (ワッチョイ 3901-UoHw)
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2022/10/22(土) 09:07:37.21ID:E0p8ODnG0
 こんな鬱屈が、葛藤が、ヴォイの登場によって払拭された。
 未来に穏やかなものを感じた。
デンフはうるさいことを言わなくなった。
もちろん、眉に深いたてじわを作って、
こちらを睨んでくるのは変わらない。が、無言だ。
 この無言を都合の良いように解釈し、私は労働環境の改善に動く。
 
 掃除夫の派遣元を素通りして、現場の意見に耳を傾けるために、
業務の暇を見つけては、彼らに混じって社屋の清掃をするようになった。
 この過程で、つまり制服を借りたり、
機械の操作を教えてもらったりという一連で、何人かの男たちと親しくなった。
 キャンディや現金を差し出しても、断られなくないのは、親しみの証だろう。
 少なくとも以前は断られた。
ヌンヴィエ様がよくても、受け取るあたしらが、罰を受けます。
 仕事がなくなって、食えなくなるんです、
と、表情のない目で言われた時は相当にきつかった。
 が、ヴォイの登場でそれは消えた。
 もちろん、そんな私に決して心を開かない男もいる。ワロロワだ。
 彼は何も受け取らない。口も聞いてくれない。しかし、これは私の悪い癖だが……。
 難しい男に好意を抱く傾向がある。
業務に空白の時間を作っては、清掃業者の制服に着替えて、
ワロロワの後ろを追いかけて、清掃作業に従事する。
 本業に戻る時に、笑顔を向け、礼を言う。
が、もちろん返事はかえってこない。
 けれど、それで良いと思う。頑固な人間が、私は好きだ。
0018善意のわだち22 (ワッチョイ 3901-UoHw)
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2022/10/22(土) 09:12:12.16ID:E0p8ODnG0
 第一秘書というのが、この会社での私の立場だった。
実質的には支配人の立場でも、秘書は秘書である。
 支配人の役職は、他の会社と同じで、白人がになっている。
が、彼をもう何年も見ていない。
 シュテットランドはそういう社会だ。
そんな中でも非常に恵まれたことに、私には秘書室が与えられている。
 この秘書室で、ヴォイの演説を目撃した。
 22歳で議員になってから4年で大統領になったヴォイは、
そこからさらに3年たって、やや疲れて見えた。

 共同で生活した当時のような、少年の頃の頬の丸みはどこにもなかった。

「あらゆるヌルの同胞よ。あなたの隣の、ンエ人を☓☓せ。
鉈が手にあるのなら鉈で、なければその手で首を絞めるのだ。
これはヌル人の未来、生まれくる子供らに贈るべき祝福である。
今こそ我々ヌル人は、ンエ人の支配を覆すのだ。これは革命である」
 メッセージは強烈なのに、とても簡潔で明快な文章だと思った。
 隣の、で対象を定める。
あらゆるヌル人の隣に、または近隣に、ンエ人はいるし、武器は鉈か素手だ。
 素手でなくても、あらゆる手段を用いて、ヌルはンエを襲うことができる。
 その指示をヴォイは出した。しかし、人間には善性がある。
顔の見知った者を、隣人を殺すのを、ためらう者もいるだろう。
 だから、その障壁を、未来という言葉で取り除く。
 母獣は子獣を守るために凶暴化する。贈るべき祝福。義務と願望。
 先祖が舐めてきた辛酸を、次の世代に引き継がせない、という希望。
支配を覆す。鬱屈の発散。革命という爆発的な解放。
0019善意のわだち23 (ワッチョイ 3901-UoHw)
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2022/10/22(土) 09:17:05.46ID:E0p8ODnG0
 そういえば、ヴォイは言葉をつむぐのが苦手だったな、と何故か思った。
 沢山のことを、沢山の視点から眺めることができるのに、
言葉をつむぐことにためらいがある。
 明快に話せば良いんだよ。
そもそも、同じ民族でも、喧嘩や意見の違いはある。
理解をしあうには、言葉というのは不完全だ。
 だから、一番相手が聴きたいことを話せばいい。
ヴォイ、君は頭がいいし、とても優しい子だから、それが絶対にできる。
 そうしたら、誰も君を攻撃できない。攻撃には意志や理由が必要だからね。
 一緒に暮らしていた頃のヴォイは、言葉をうまくつむぐことができなくて、
しかし発せられた言葉には、妙な説得力があった。
そのことを褒めた記憶がある。

 何にせよ、彼はあらゆる物事と戦い、克服してきた。
 テレビの画面に映るヴォイは、29歳の大統領で、たたずまいには威厳があった。
目は穏やかで、声色には牧師が子供たちに聖書の話をするような、
そんな平和があった。
 しかしだからこそ力強いし、訴えかけるものがある。
もし私がヌル人だったら、泣くだろう。
 感激しながら民族の苦難に思いをはせ、教唆者の言葉の通りに鉈を手に取って、
柄を握りしめ、隣人を襲うだろう。
 そこには善性、使命感しかない。迫害者への個人的な悪意もない。
ただただ先祖と子孫のために、扇動に従うのだ。

 ヴォイは、本当に言葉をつむぐのが、うまくなった。
0020善意のわだち24 (ワッチョイ 3901-UoHw)
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2022/10/22(土) 09:20:44.10ID:E0p8ODnG0
 こんなことに感慨を覚えていた私は、動転していたのだと思う。
 腕時計と壁掛けの時計をそれぞれ見比べて、時刻を確認。
 外国の企業人は、予定通りの時間に到着できるだろうか。
 ヴォイの演説で、首都は混乱しているから、無理だろうな。
 窓の外、秘書室のある階のはるか下の地上から、
クラクションの音が、一斉に聞こえ始めた。
 かすかな悲鳴も地上からだろうか。
ここまで届くということは、大層な断末魔だ。

 ではどうするべきか。ヌル人の社員たちに、通達を出さねばならない。
 ノートパソコンに向かい、
『本日全業務停止。各自、身の安全に努めること』と打ち、一斉送信。
 
「いや。いやいやいや。何をしてるんだ? 違うだろう?」
 首を振り、独り言を口走る。
業務連絡など、こんな、土砂崩れみたいな状況では、誰もみない。
0021善意のわだち25 (ワッチョイ 3901-UoHw)
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2022/10/22(土) 09:28:04.73ID:E0p8ODnG0
 混乱するこの声帯は奇妙な叫びを小さくあげて、
足は秘書室のドアに向かって駆け出した。
 妻の元に行かなければならない。家族で国外に脱出する。
 8時間でベルギーだって行ける。あの記者は来れた。

 ドアノブに手をかけようとした時、弾き飛ばされた。
 私は秘書室の赤い絨毯に尻もちをついた。

 水道業者が、携帯型溶接機を片手に、立ちはだかって、
見下ろしてくる目は漆黒で、しかも血走っていた。
 溶接機は配管に使うものだ。
が、武器として使われれば、かなり恐ろしいことになる。
 私は尻もちをついたまま、彼を見上げた。
「ここは給湯室ではないよ。廊下の突き当りだよ、君」
 何故そんなことを口走るのだろう。
この喉は。

ヴォイが広めた狂気が私にも伝染しているのか。
 普段と同じ物言いをしてしまう。違うのだ。
 水道業者の彼は、ドアを蹴破って表れた。
 私は彼の蹴ったドアに弾き飛ばされて、
尻もちをつき、腰が抜けて起き上がれないのだ。
 
 するべきは嘆願。泣いたり叫んだりして、許しを請うべきだ。
 それでも、良かったと思う。
秘書室を襲撃してきたのは、水道業者だった。
つい最近派遣されたのか、面識がない。
顔見知りのヌル人でなくて、良かった。
 特に、例えば清掃業者が集団で襲ってこようものなら、
それはもう悲しくてやりきれなかったことだろう。
 そういう意味ではとても良かった。しかし、溶接機で殺されるのは恐ろしい。
 私は暴力沙汰が苦手だ。
そもそもンエ人はもとよりヌル人ですら、殴ったことはない。
0022善意のわだち26 (ワッチョイ 3901-UoHw)
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2022/10/22(土) 09:32:17.50ID:E0p8ODnG0
 水道業者の彼は、一度給湯室の方向に首をひねり、眺めるその隙に、
私は立ち上がり突進するべきだったが腰がどうにも抜けたままであり、
視線をこちらに戻した彼が瞳孔を灰色に広げて叫んだ時、つられて一緒に叫んだ。
 
 溶接機が振り上げられる。
私の両手は反射的に動く。額の上にかざす形で頭部を保護。
目は閉じて、顔は横を向く。

 しかしこんな反射は正解ではない。横に転がり、避けるべきなのだ。
 映画や小説の主人公たちは、そういう行動をとっていた。私はできない。
 そもそも映画の主人公とは、ヴォイのような人間を言うのだ。
または雇用主。救いのない飲んだくれの薬物中毒者だが、全てに恵まれた人間。
 いや、ボスと慕ってくれるデンフもか。
がんとして私と口をきいてくれなかったワロロワも、
そういう意味では映画の主人公かもしれない。
 確固とした意志を持つ人間。
 では彼は? 秘書室の出口に立ちふさがる彼は?
 もちろん違う。
確固とした意志を持つ人間とは、教唆者の扇動に踊らされたりはしない。
 などと、何故こんな非常で非情な状況で、ひたすら考えているのか。
 そろそろ溶接機の先端が首を貫く頃合いだ。
 妻は無事か。娘を守れるか。
こんな状況では無理だ。混乱だ。
デンフのものだろう叫びが遠くから発生して、かすかに耳に届く。
 駄目だ。私は殺されるべきではない。横に避けるんだ。動け。体。
0023善意27 (ワッチョイ 3901-UoHw)
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2022/10/22(土) 09:38:12.80ID:E0p8ODnG0
 短い間だった。
 危機は意識を加速させる。自動車事故でも、そんなことがあるらしい。
 尻もちの状態から、目をつむったまま、私はころんと横に転がった。
 同時に、ごっ、という重くて鈍い音が前方からした。

 目を開けると、水道業者の彼が横に崩れていた。
「胎児ごっこか。恥ずかしい奴だな。お前は」
 観葉植物の鉢を両手に抱えて、雇用主が私を見下ろしていた。

「あ、ええと……」
「立て。手は貸さねえぞ。自分で立て。くさっても俺は白人だからな。
白人はヌエ人なんかに手を貸したりしねえんだよ」
「あ、はい」
 私は立ち上がることができた。
多分、雇用主の言い間違いに気づいたからだと思う。ンエ人とヌル人。
 雇用主も雇用主で、2つの単語を混合させるほどに、動揺している。
 
 彼と2人で、非常階段に向かい、長い段差をひたすらおり続けた。
 途中、ひっきりなしに悲鳴が聞こえてきた。
 それは男性だったり女性だったりする。
しかも新人の正社員以外は全員の顔とネームプレートが再生されてしまい、
その度に雇用主は私に悪態をついた。
「お前、勝手に業務停止出しただろ。社長は俺だぞ。
責任取って、社員を守るといった仕事は無視しろ」
 私はこの男を行動力の欠損した人間だと思っていた。
が、誤解だったのかもしれない。
 彼は社長室で、ヴォイの演説を目撃し、多分動転したのだろう。
 それから、私が出した一斉通信を見て、とても腹を立てた。
 怒りは彼に行動を促し、秘書室まで降りてきて、その間に冷静を取り戻した。
 今、シュテットランドは殺戮の園と化している。
 対象はンエ人だが、白人も安全とは言い切れない。大使館に避難する必要がある。
 運転手が、つまり私が必要だ。
0024善意のわだち28 (ワッチョイ 3901-UoHw)
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2022/10/22(土) 09:40:54.44ID:E0p8ODnG0
 ということで、悲鳴のたびに社員の救出に向かおうとする私の背広の首根っこを、
彼はつかんで引き戻す。
「無駄なことは考えるな。
ヌエ人の方が多いし、そもそもお前らは、殴るのは得意だが、
襲われるのは慣れてねえ。わきまえろ。お前が最優先にするべきは、俺の護衛だ」
 護衛。そうだろうか。
 私が突き出す箒の柄は、何故かこちらに向かってくるヌル人からそれるし、
むしろ雇用主が両手で振り回す植物の鉢は、
正確にヌル人の側頭部を横殴りに吹き飛ばす。

 危機に強いのはこういう男なのかもしれない。
0025善意のわだち30 (ワッチョイ 3901-UoHw)
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2022/10/22(土) 09:43:52.47ID:E0p8ODnG0
「……なあ」
「はい」
「何で、俺が全部ぶちのめしてんだよ。お前は、英国紳士か? この、精神、白人、が」
 一階に到達した時、雇用主は肩で息をし、罵倒をしてきた。
 手すりにだらしない体はもたれ、彼は顔を上げない。
汗が生え際の後退した額に、浮いている。

「申し訳ありません」
「……いくぞ。車の運転は、いつも通り、お前がしろ」
 雇用主は運転ができない。そもそも、運転はンエ人の役割だ。
 はい、と私が返事をした時、後方で重いものが引きずられるような音がした。
 私と雇用主は同時に振り返り階段を見上げた。

 一階と二階の踊り場に、デンフの体が転がってきた。
 こちら側の段差に垂れた腕は血まみれで、手は手の形をしておらず、
不自然に曲がった首のために、私は彼が、死体となっていることを知り、唖然とした。

 私の腕を、分厚い手がつかんだ。
「急ぐぞ。呆けてんじゃねえ」
 押し殺すような声で、雇用主は言った。私は我に返り、彼と共に地下駐車場に急いだ。
0026善意のわだち30(1つ前が29) (ワッチョイ 3901-UoHw)
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2022/10/22(土) 09:50:35.25ID:E0p8ODnG0
 黒塗りのベンツ。86年。社用車である。
 常に整備が完璧にされている、そのベンツの鼻先に……。
 清掃員姿の男が呆けたように、コンクリートの天井を見上げて、立っていた。
 制服の腕はだらりと下がり、裾から出た手はナイフを握っている。
 蛍光灯を反射する、ベンツのボンネットが、やけに不気味に見えた。

「ワロロワ」
「待ち伏せかよ!!! いい度胸だなこの野郎!!!!」
 ワロロワの名前をつぶやく私の横で、雇用主は咆哮と共に植木鉢を構える。

「ヌンヴィエさん」
 ワロロワは雇用主を無視し、私に顔を向けた。漆黒の瞳には、やけに疲れた光が浮かんでいる。
「ワロロワ。あ、初めてだね」
「何が、ですか? これ、作業用ですけど、ナイフですよ。見えませんか?」
 向けられる先端を、私は無視した。

「いや、君が話してくれるのは、初めてだなと思って。
こんな状況だし、複雑だけどね」
 この言葉に、ワロロワは少しだけ、きょとんとした。
それからナイフを床に落とし、乾いた音が響き終わってもまだ、
くっくと、喉で笑っていた。

「ヌンヴィエさん。あんたは本当に呑気ですね。白人みたいだ。俺は白人が嫌いなんです」
「何だとこの野郎!!!」
 雇用主が叫んだが、私もワロロワも無視した。

「あげますよ。これ」
「え」
 ワロロワがほうって寄こしたのは、清掃業者の作業車の鍵だった。
通常、ヌル人しか乗らない。
 不衛生だし、臭いと毛嫌いされている。それは、ヌル人と同じように。

「こんな車、乗ってたら襲われます。運転するのはンエ人ですからね」
 ワロロワはベンツを振り返り、ナンバープレートを作業靴の先で蹴った。
気だるい音が響く。
 雇用主が罵倒の声をあげかけるが、フンと鼻を鳴らしただけで、足早に作業車へと向かう。
 彼に続こうとして、ふと思い直し、私はワロロワを振り返る。
「ありがとう。ワロロワ」
「別に、ですよ。俺は、ヌンヴィエさん。
白人みたいな偽善者のあんたが嫌いなんですよ。忘れないでくださいね」
「分かった。忘れない。機会があれば一緒に食事でもしよう」
「……みんな誤解してるけど、あんたは本当に馬鹿だな」
「おい!!! 鍵開けろよ!!!! 鉢が重いんだよ!!!!」
 作業車の横で叫ぶ雇用主。やっぱり雇用主を無視するワロロワ。
 そんなワロロワに、私は身振りで感謝の意を示した。
 もちろんンエ人はヌル人にそんなことはしないが、この場合は関係がなかった。
0027善意のわだち31 (ワッチョイ 3901-UoHw)
垢版 |
2022/10/22(土) 09:55:09.21ID:E0p8ODnG0
 受け取った鍵でエンジンは正常にかかり、私たちは駐車場を出発した。
「伺ってよいですか」
「何だ」
「植木鉢を、いつまで抱えてらっしゃるのですか」
「俺の安全が保障されるまでだ」
 安全な場所なら理解できる。
大使館がそれだ。が、安全の保障などこの国に存在するのだろうか。
 あるとしても、それは今まさに消滅しかけているのではないか。
 大使館も、ヌル人が殺到すれば、
山崩れの土砂に流される樹木のように哀れに、破壊されてしまう。
 私は、納得しました、とだけ応えた。ハンドルを握る手を強くする。
 車は大使館に向かっている。運転に集中する必要がある。
車道のそこかしこで、車輌が炎上している。
歩道では暴徒たちが通行人を襲い、死体が無造作に転がる。
いくつかは車道にも散らばるため、私はハンドルを切って回避せねばならない。
額に脂汗が浮いて、垂れる。目がしみる。極度の緊張。

 大使館は、我が家と会社の中間の位置にある。この位置関係を幸運だと思った。
 神は存在するかもしれない。ここは地獄だけれども。
0028善意32 (ワッチョイ 3901-UoHw)
垢版 |
2022/10/22(土) 10:00:24.09ID:E0p8ODnG0
 メーターには余裕があったが、突き当りに出くわしてハンドルを切るたびに、
何かが確実に目減りしていくのを、私は感じていた。
 ワロロワの清掃作業車は、たしかに鼻腔の細胞1つ1つを魚の血で塗り固めるような
アンモニア臭が充満していたし、皮がすり切れたハンドルには垢が浮いていた。
 が、問題はそこではなかった。
 いくら角を曲がり続けても、ドイツやイタリアやフランスや英国や日本で
製造された車が玉突き事故を起こしているし、その先頭では
ブルトーザーなどがバリケードを作っている。
 ボンネットはワニの口のように開いて火と煙をあげているし、
傷のない車輛の窓は割られ、そこから、ンエ人が引きずり出されている。
 悲鳴と怒号と歓声。車道に放置された死体の数は、角を曲がるたびに増えていく。
 そのうち死体というよりも、ただの人形のように見えてくるが、
それでも私はそれを轢くことができない。
 空は青く、太陽は南と西の中間で輝いている。
 遠目には棒グラフ図形のように見えるだろう高層ビルのたもとを、
私が運転する清掃作業車はぐるぐると回り、北の方向に曲がっては日陰に入り、
南や西に突入すると、逆光が目を焼く。
 この車は日よけすら根本から折れているし、冷房もガスが補充されていない。
 送風を押しても生ぬるい風が出てくるだけで、だから太陽の方向に進むと、
直射日光で一気に車内の空気がゆで上がる。
0029善意のわだち33 (ワッチョイ 3901-UoHw)
垢版 |
2022/10/22(土) 10:07:52.68ID:E0p8ODnG0
「暑い。くそったれが。暑すぎるぞ」
「そうですね」
「俺は☓☓されそうだ。この暑さが俺を☓☓すんだ。ファッキン太陽め」
 雇用主は元気だ。
うっとうしいほどに元気だ。
 しかしいずれ、ぐったりとシートにもたれるかもしれない。
植木鉢を抱いたまま、熱中症で死ぬかもしれない。
 私は迷っている。窓を開けるかどうかを。
 雇用主は太陽を呪うが、窓を開けろとは言わない。
風は吹き抜けるだろうし、涼しくもなる。
 けれど、車内が丸見えになる。白人を乗せて運転する現地人は、ンエ人だ。
 白人はヌル人の運転する車には乗らない。
 もうすでに多くの車両が、ヌル人に奪われている。
いくつかは歩道に乗り上げ、いくつかは、ンエ人の車両に突撃している。
 この清掃作業車はすぐに止められ、私は引きずり出される。

 車道を逃げている男性がいる。若い。数人が追いかけている。
 1人が追いつき、腰に体当たりし、アスファルトに倒す。
残りが群がり、殴打が始まる。
バックミラーに映る集団の黒い影は、遠ざかっていく。
0030善意のわだち34 (ワッチョイ 3901-UoHw)
垢版 |
2022/10/22(土) 10:15:34.39ID:E0p8ODnG0
 私は一旦ハンドルを北に切り、停車し、窓を開けるためのレバーをぐるぐると回した。
「お前……!!!」
「ギニア湾産のタコは私も好きですけどね。
食べるのが好きというだけでして、ゆで上げられるのは本意ではありません。
社長もどうぞ、開けてください」
「ゾンビどもにやられちまうだろうが!!! クソっ」
 舌打ちをしながらも、雇用主はレバーを回した。
弱いながらも気流が生まれ、頭が冷えていく。
「社長」「何だ」
 額の汗をぬぐうかわりにハンドルを両手で握り、アクセルを踏み込む私に、
雇用主は首を傾げた。

「信号機、変ですね。いつまでも動かないのがあれば、一瞬で切り替わるのもある。
電源そのものが落ちているのもありました」
「そういやそうだな」
「中心街に向かうのは速く、逆に空港に向かうのは遅い。
川に続く道路の信号機は電源そのものが落ちている」「何を言いたいんだ。お前は」
「誘導されているということです。教唆者は軍を動かしたくない。
バリケード封鎖はしない。白人にも配慮している。
ただ、ンエ人の一番密集する中心街で、焚火をしたい」
 雇用主は絶句した。この絶句に、私は改めて彼を見直した。
言葉の外の意味をちゃんと分かってもらえる。
この男は、出会ってから今までで、今日が一番まともだ。
「迂回しても、何かが待っているのでしょう。
一定のンエ人が車輛で脱走する。これをヴォイは想定している。
 そして大使館は中心街から外れた、高級住宅街、ここから南西にあります」
「じゃあどうするんだよ」
「動物園を通りましょう。あそこは粗末で、車止めもロープだけです。
北の搬入口から入れば、南に抜けれます。
 動物はンエ人を憎みませんし、憎んでいるとしても、檻の中です」
 ハンドルを切り、死体を避けながら私は言った。
清掃車輛のカモフラージュ効果はまだ続いている。
 歩道でンエ人を潰していたヌル人たちが、私に気づいて指をさし声をあげるが、その時には角を曲がっている。

「社長」「何だ」
「スマホをお持ちでしょう。交通混雑状況を検索してください。
まあ、サービスが生きていれば、ですが。混雑のないルートから、動物園に入りたい」
 雇用主は返事をせず、植木鉢から腕を離して、胸元からスマホを出す。
私はフロントガラスの向こうを直視しながら、目の端に映る彼にも注意を払う。

「ファッキン。信じられねえ」「どうされました?」
「接続がない。ファッキン。全部止まってやがる」
 ネットの中継施設が爆破されたのか。扇動者の用意周到さに背が寒くなる。
 車内はこんなに暑いのに。いや、先ほどよりもましか。
スマホを持てるのは、白人とンエ人だけだから、この攻撃は効果的だ。
 アクセスのできる情報を断つ。これは恐怖をあおる上でも効果的だ。
 実際、私の胸には、何かがせり上がりかけている。恐怖。
それは、家族との連絡が絶たれること。
 私のスマホも、もう役に立たないだろう。

「なあ。どうするんだ?」
「このまま走ります。どっちにしろ、動物園さえ抜ければ、大使館です」
 私はアクセルを踏み込み、車外の景色は加速する。
0031善意のわだち35 (ワッチョイ 3901-UoHw)
垢版 |
2022/10/22(土) 10:21:49.02ID:E0p8ODnG0
 ※※※※※※

 ヴォイと出会った、というよりも襲撃された時、私は27歳で、彼は11歳だった。
 私は鉱山の売却益の運用を、雇用主から任されたばかりだった。
しかしシュテットランドの何を買えば良いのか。何が成長していくのか。
 分からないままに、敵対買収のような、鉱山買収ばかりをしていた。
 鉱石は確実に産出される。レアメタル。
産業の進歩がなければ、見向きもされなかった素材たちだ。
 シュテットランドは、このまま工業化の道に進むのか。
 土地はある。資源も発見された。
人口も申し分がないが、おそらく百年は無理だろう。
 社会がいびつすぎる。

名目上でも平等な社会でなければ、工業化を成し遂げることはできない。

 平等な社会。選挙権? そんなものは理想に過ぎない。
 それ以前に、生存権が保障されなければ、
誰も工場で働こうなどと思わないし、治安が悪ければ外国企業も誘致ができない。
 ではどうするか。私には何ができるのか。雇用主は酒しか飲まない。薬物にも手を出している。

『金がこんなにあっても使い切れねえよ。お前が運用ってやつをやれ。
減らすんじゃねえぞ。減らしたらぶっ☓☓すからな』
 あの男の言葉は乱暴だが、一方で真実を言い当てている。
 金が減ると殺される社会。
食料そのものが足りないから、生活に余裕がない。
豆は毎年生産されるが、しかしあれは輸出用だ。白人の懐は輸出によって潤うが、それだけだ。
 では、それなら、一番欠けているもの。食を満たせば良い。
 鉱石の発見によって、幸いシュテットランドの通貨は強くなっている。
周辺国から黍を買う。
 それを配布する? そんなものは国連の援助と変わらない。
 配布ではなく、購入が必要だ。
少ない賃金でも、食料が購入できれば、犯罪に走ることもなく、
政策的な変化に耐性もつくだろう。そして労働の意欲がわく。

 私はまず、黍の輸入会社を、雇用主の名前で立ち上げ、販売先の調査に乗り出した。
 誰に、どのように販売するか。
安値で売っても、高値で転売されては意味がない。
 直轄地域の村々ならどうか。指導者たちに、まとめておろす。
私腹は多少肥やされるが、管理費は浮くし、マージンと考えれば悪くはない。
 まずは、村々の指導者と関係を作ること。
0032善意のわだち36 (ワッチョイ 3901-UoHw)
垢版 |
2022/10/22(土) 10:30:00.21ID:E0p8ODnG0
「何で、ヌル人なんかに安く売ってやるんですか。ボスは」
「そりゃ、高かったら買えないからだよ。彼らが」「はあ」
「それより、ちゃんと前を向いて運転してくれ。デンフ。君の腕は信じているけれど、何が起きるか分からないからね」「例えば」
「枯れた木が倒れ、転がってくる」
 運転席のデンフは鼻で笑った。助手席の私も、少しこれは厳しいな、と思った。
 黍がぱんぱんにつまった袋を山積みにしたトラックは、
私たちを乗せて、川沿いを走っていた。
 川は干ばつのためにずいぶんと細くしおれている。
が、シュテットランドを南北に分ける境界でもある。
北側に、村落は点々としているが、川向こうの南側はトタン屋根が密集している。
ヌル人のスラム状態だが、一応政府の直轄地域だ。
 もうすぐ、川にかかった橋を渡る。
古い橋で不安だが、コンクリート製だから大丈夫だろう。
それより、ヌル人の有力者は、ちゃんと話をきいてくれるだろうか。

 木が倒れてきた。
 ちょうど橋を渡り切ってスラム街に向かうカーブを走っている所だった。
 アスファルト舗装が終わって赤い地肌が見えたわだちの道の両端に、
点々と植えられていた樹が一本、目の前に倒れてきた。

 デンフは急ハンドルを切りブレーキを踏んだ。
 私は慣性に圧迫されつつも、シートベルトをしていて良かったと思った。
 シートベルトは安全の保障である。
 そのベルトが切れた。
私の体は慣性に弾かれ、どこかをしたたかに打ち付け、意識が暗くなった。

 気が付くと、フロントガラスの向こうで、デンフが子供の首を絞めていた。
 しかしデンフの白シャツも血がにじんでいる。石を磨いて作ったのだろうか、黒色の刃物が杭のように刺さっている。
「デンフ!!!」私は叫んだ。
 車外に出て、デンフを止めようと走る。
子供を☓☓す? これから商売をしようとする先のだぞ?
「やめろ」!!! デンフ!!! 離せ!!!! 子どもを傷つけるな!!!!」
 喚きながら彼の腕をつかみ、止めようとした。デンフはこちらをチラリと見て、そして白目をむいた。彼もまた死にかけていた。

 倒れる彼の向こうを、数人の子供たちが駆け去るのが見えた。
 デンフの手から解放された子供も、彼等に混ざって、
スラム街のザラザラとした赤茶色の住宅、その密集に消えていく。
 1つ、小さな影が私の脇をすり抜ける。同時に胸ポケットの付近に圧迫を覚えた。
 刺された、と私は思った。ヌル人相手に商売は無謀だった。
都市部での序列が適用されると甘くみていた。

 と、私は後悔し、死を覚悟したが、実際は予備の財布を1つすられただけだった。
 放心しながら、肩越しに振り返ると、小柄な影が、橋に向かって走っていた。
 粗末な服。膨らんだふくらはぎ。陽光を反射する黒髪。

 デンフのうめき声で、私は我に返る。病院に運ばなければならない。
いや、まずは出血を止めることだ。
 私は叫んだ。助けてくれ!!! と。
デンフの服を脱がせ、自分の衣服を裂き、止血を試みる。
 スラム街から、何人もの人間が叫びながら出てきた。
0033善意のわだち37 (ワッチョイ 3901-UoHw)
垢版 |
2022/10/22(土) 10:34:37.46ID:E0p8ODnG0
 襲撃は、大人たちの意志か。ここで終わりだ。私はヌル人に殺される。

 ……という覚悟は、大きな勘違いで、大人たちはデンフの救命を手助けしてくれた。
 実際、彼は助かったし、村の有力者、長老は饗宴の準備をしていた。
 長老は黍を、ただ同然だけれども、購入してくれたし、
デンフがドクターヘリで運ばれていくまでの、安静の場所を提供してくれた。
 連絡先の名刺もちゃんと受け取ってくれた。
ビジネスの始まりとしては悪くなかった。
 が、私はただただ、デンフの容態が気がかりで、
一刻も早く、ヘリの飛び立った先の病院に向かいたかった。

 トラックに乗り込もうとした時、長老が、お待ちください、と声をかけてきた。
 私は向き直り、何でしょうか、と首を傾げる。
 彼は手で、後方の男たちに合図をする。

 荒縄でぐるぐる巻きにされた子供たちが、引きずられてくる。
 彼等は襲撃者だ。デンフは病院送りになった。

「子供たちが、大変なことをいたしました。ええ。
ンエのお方の命を危なくするつもりなど、私どもにはありませんでした。
 むしろ、お分かりの通り、饗応の準備をしていたのです。
が、勘違いをしたのでしょう。
というよりも、饗応に用意された食物を、うらやんだのですな。
 情けないことです。それで、ヌンヴィエ様方を襲った。恐ろしいことです。
あの木にヌンヴィエ様方がつぶされていたら、私どもは政府を敵にすることになる。
 ありえないことです。
そこで、今から行われることは、私どもの誠意でございます。
もちろん、ヌンヴィエ様のご意向ではございません」
 私は、長老という老人の言葉が何を意味するのか、理解ができなかった。
 そんな私を、分厚く垂れた白い眉の奥から、のぞき込みながら、
老人は片手を上げ、そして下ろした。
 道を覆う砂利に押し付けられた、子供たちの頭部に、スラムの男たちは、一斉に鉈を振り上げ、振り下ろした。
 私は、絶叫の声すら、あげることができなかった。
 老人のしわだらけの口角は、微笑みのしわをさらに作った。
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