ドナルド・キーンさん死去 96歳 日本文学研究者、翻訳で国際化に貢献
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 日本文学の国際化に貢献した文化勲章受章者で米コロンビア大名誉教授のドナルド・キーンさんが24日、
心不全のため東京都内の病院で死去したことが分かった。96歳。通夜・葬儀の日程は未定。
お別れの会を後日開く。喪主は養子のキーン誠己(せいき)さん。

 1922年、米ニューヨークで貿易商の家庭に生まれた。コロンビア大の学生だった18歳の時、
英訳された「源氏物語」を偶然手に取り、みやびな世界に魅了された。太平洋戦争中には、
米海軍語学将校として日本兵捕虜の尋問・通訳に従事。彼らが残した日記を解読するうちに、
日本への関心をより深めていった。

 ◇三島由紀夫ら多くの文学者と交流
 戦後、大学に戻り、本格的に日本文学研究に打ち込み、53年には京都大大学院へ留学。
後の文相で教育社会学者の永井道雄と親交を結ぶ中、中央公論社の嶋中鵬二社長を紹介されたのを機に、
谷崎潤一郎や川端康成、三島由紀夫ら多くの文学者と交流。古典から近現代文学まで幅広い日本文学作品に精通し、
太宰治や三島、安部公房らの作品を積極的に翻訳、紹介した。谷崎、川端、三島らの名前が候補に挙がった
ノーベル文学賞の事前選考にも、大学の同僚だった日本文学研究者エドワード・G・サイデンステッカー(2007年死去)とともに関わった。

 ◇2012年に日本国籍取得し話題に
 11年3月の東日本大震災の津波被害と原発事故を憂えて、「大好きな日本に永住し、日本人になる」と表明。
生涯独身で、後に養子に迎える新潟県出身の文楽三味線奏者、上原誠己さんと06年秋に知り合ったことが
日本国籍取得(12年)の最大の契機になったという。13年には、研究業績などを紹介する
「ドナルド・キーン・センター柏崎」(同県柏崎市)がオープンした。

 日記文学を論じた「百代の過客」で読売文学賞と日本文学大賞(85年)、力作評伝
「明治天皇」で毎日出版文化賞(02年)を受賞するなど多数の論考を著した。