最近の保守系論壇でアレなのは、学術的・文学的にイデオロギーを超えて
評価されるような業績を挙げながら、言論活動をするタイプの論客が
ほとんどいなくなった事だよなぁ。
昔はよかった論になってしまうが、冷戦時代の保守思想の大御所には
そういうタイプが多かったんじゃないかな。

小林秀雄の評論しかり、高坂正堯の古典外交研究然り、
福田恒存の翻訳しかり、もちろん三島の小説もそうだ。