じゃあこっそり


 朝からやかましい鳥の鳴き声を目覚ましに、お気に入りのカシューナッツを一粒噛み砕けば、ここ、『ナッツ・ハウス』の朝がはじまります。
 さあて今日はどれだけお客様がいらっしゃるかしらん、と、俺は経営状況の記録台帳兼秘密の日記帳を開く。ふむふむ昨日は十人のお客様がいらっしゃいましたか。
ちょっと少ないねえ、いやそれとも多いのかしらと頭の中でやり取りをしてから、そのノートを枕元に、ぽぉい。健康志向な俺は、そんなことより朝の体操の方が大事なのです。
 頭のぴかぴかしたおじさんのホイッスルに合わせて他の従業員と一緒にいち、に、さん、し、屈伸、背伸び、深呼吸!
それから皆で食事を採っていよいよお店も開店ですが、特にやる事もないのでぐうたらにほったらかしです。

「危ない!」
「え?」

 そして俺はお昼ご飯までの暇潰しとして、気持ちよぉくコックニー訛りのスペインの雨を歌っていたのですが、突然後ろからそんな叫び声が聞こえました。驚きのあまり反射的にそちらを振り向けば、あらまあ見事な右フック!
どんがらがっしゃん、なんてアニメみたいな音を立てて吹き飛んだ俺は、鼻血をぼたぼた垂れ流しながらなんとか前を向きます。
 するとぐわんぐわん揺れる視界の中で、犯人と思しき男が大声を上げつつも従業員三人に取り押さえられていました。その後ろにもあらぬ方向を眺めながらへらへら笑うお客様と、
ぶつぶつ聖書の言葉を繰り返すお客様と、それから(以下略)が勢揃いで、皆それぞれ好き勝手に瀕死の俺を見ていました。
 いやん、お客様がいらっしゃっていたのなら早く言ってよハニー。また奥歯が無くなっちゃったじゃないの。あ、でもちょっと待って、奥歯おいしい。

 まあとにもかくにも、今日とて我が『NUT HOUSE』はイカレ野郎共で大盛況なようです。あーあ、やったね畜生ハレルヤしんじまえ!