座ったまま寝ていたらしい。鳥の鳴き声がする。喉が渇いていた。
窓帷を開けると、空は朝焼けの橙色が広がりはじめていて、紫紺が橙に溶けていく。
出窓に飾った風信子鉱が光を受けて明るく輝き始めた。

一緒に住む彼女は、鉱物が好きで集めている。彼女は頑なにジルコンを風信子鉱と呼んだ。
「鉱物に花の名前をつけるって美しいよね」と言って。
「ヒヤシンスってどんな花だっけ?水性栽培できた花としか覚えてないなあ」
そんな会話でも楽しく、彼女はグラスに鉱物と水を入れて飾った。
「ようし増えろー。すくすく育てー。」「育ったらパワーありすぎストーンだな」なんて
ふざけて話したのは一昨日だ。
彼女はまだ帰らない。日本翡翠を探す、と翡翠海岸に出掛けたきりだ。
波が高くなっていたらしい。俺の誕生日に帰ってくると言っていたのに。
もしかして彼女が帰ってはいないかと、この部屋に戻ってみたのに。

水に沈むジルコンは朱く光り、反射で白い壁に淡く色づいている場所がある。
…よく彼女が座って石の図鑑を見ている場所だ。力の入らない手でなんとか窓を開ける。
風信というのなら。彼女の言葉を伝えてくれ。
……風が吹いて髪を撫でていく。だが何も聞こえない。彼女は今どこにいるんだろう。
悲しみを癒すパワーストーンの風信鉱。なんてたちの悪い冗談だ。
誕生日プレゼントにこれをもらうのを許してくれるだろうか?
震える手でグラスを持ち上げ唇をつけた。水と共に、つるりと冷たくジルコンは喉を通っていった。