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0071群像新人賞
垢版 |
2012/08/08(水) 16:00:06.24
ベランダで、由美がコスモスに水をあげている。まだ花は蕾で、種から蒔いた
やつだ。僕はリビングのソファーに座っていた。窓越しに、由美がコスモスに
水をやるのを見ている。由美は園芸用に手袋をして、コスモスに水をやりなが
ら笑顔を浮かべていた。由美は蕾の様子に、しばらく見入っているみたいだっ
た。
僕は部屋のソファーの正面のテーブルに視線を移す。そこには一週間分の日経
新聞と数種類の経済誌が置かれている。それらを手にすることはせずに、僕は
物思いに耽った。もう何年も前になるがユーロが好調だったころ、最初はユー
ロの外貨預金から始めて、その後はFX取引に手を出して僕はユーロでかなり
の利益を上げた。それで投資に僕は嵌まった。その後に株に手を出したのは間
違いだったと今では思う。リーマンショックで多額の損失を出したし、その後
も株はトータルでは負けが取り返せないのだ。株では信用取引をしていないの
が、唯一の救いだろうか。だが、投資はもう習慣になってしまっており、ギャ
ンブルと同じで中毒性があるのだろう、なかなか止める決心がつかない。

0072群像新人賞
垢版 |
2012/08/08(水) 16:01:47.82
右手の壁に架かっている絵を眺める。夜の海辺を一羽の巨大な白いハトが飛
んでいる絵だ。そのハトはぼかしのようになっていて、背景は夜の海なのだが、
ハトのところが、昼間の青い空と雲のようにも見える。つまり、シュールレア
リズム、日本語に訳すと超現実というやつである。ルネ・マルグリットという
ベルギーの画家の作品だが、これは去年の誕生日に由美が模写をくれたのだ。
由美はフランス文学科を卒業していて、絵や小説に詳しい。僕は小説ならまだ
しも、絵はまったくわからない。ただ、この画家の絵は、シュールレアリズム
にしてはとんがりすぎていず、インテリアに向いているのではないかと思い、
僕も密かに気に入っている。
 由美がベランダから戻ってきた。
「あと、どれくらいかしらね?」
「コスモスの花のこと?」
「そう……コスモスの花のこと……」
「さあ、どうだろう?……まあ、近いうちに咲くんじゃないかな?」
「それは、わかっているわよ……」
 もう、日中の気温もだいぶ下がっていた。コスモスが何時咲いても、おかし
くはない。由美と向い合せにソファーに座って、二人でコーヒーを淹れて飲ん
だ。部屋中にコーヒーの匂いが漂う。由美の手首には、さっきの園芸の手袋の
痕がついている。土曜日の午前中のコーヒーの時間……由美が、不意に今何時
かと僕に尋ねた。
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