右手の壁に架かっている絵を眺める。夜の海辺を一羽の巨大な白いハトが飛
んでいる絵だ。そのハトはぼかしのようになっていて、背景は夜の海なのだが、
ハトのところが、昼間の青い空と雲のようにも見える。つまり、シュールレア
リズム、日本語に訳すと超現実というやつである。ルネ・マルグリットという
ベルギーの画家の作品だが、これは去年の誕生日に由美が模写をくれたのだ。
由美はフランス文学科を卒業していて、絵や小説に詳しい。僕は小説ならまだ
しも、絵はまったくわからない。ただ、この画家の絵は、シュールレアリズム
にしてはとんがりすぎていず、インテリアに向いているのではないかと思い、
僕も密かに気に入っている。
 由美がベランダから戻ってきた。
「あと、どれくらいかしらね?」
「コスモスの花のこと?」
「そう……コスモスの花のこと……」
「さあ、どうだろう?……まあ、近いうちに咲くんじゃないかな?」
「それは、わかっているわよ……」
 もう、日中の気温もだいぶ下がっていた。コスモスが何時咲いても、おかし
くはない。由美と向い合せにソファーに座って、二人でコーヒーを淹れて飲ん
だ。部屋中にコーヒーの匂いが漂う。由美の手首には、さっきの園芸の手袋の
痕がついている。土曜日の午前中のコーヒーの時間……由美が、不意に今何時
かと僕に尋ねた。