三島「なぜ彼を入れるの。ぼくは松本清張の文学を認めない」
川端「松本清張を入れるのは、私はいいと思う」
三島「川端さん、おかしいよ。あなたが松本清張を認めるのは」
川端「清張は流行作家だが、ちゃんとした作品がある」
三島「清張のどこが文学なの。ぼくは認めない。認められないね。清張には文体さえないじゃない」
川端「そういうことはない。流行作家が文学者でないとは言えない」
三島「それなら川端さん、清張のどの作品を推すんですか」
川端「いくつかありますよ。たとえば『黒い福音』などもいいと思う。カトリックの世界を描いていて大きいんじゃないか」
三島「どれもだめだよ。『黒い福音』もぼくは認めない。清張の文学をぼくは認めない」

>清張には文体さえないじゃない

>文学的エクリチュールとは、それ自体が鑑賞物であり中身でもある何かだ

つまり、清張には「それ自体が鑑賞物であり」の部分がないと言っている
内容しかね