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荒らすなババア
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胸を病んでいる横山ゴルゴにとって、今にも白いものが舞いそうな冬空から吹き下ろす丹沢下ろしは殊の外冷たく感じられた。
浮ついたことを嫌う横山ゴルゴは輸入車を好まない。運転を若衆に任せた漆黒のセンチュリーに揺られ、二の鳥居の下で降りると、あらためて
寒さに引きしまった表情を見せ「ふう」と白い息を吐いた。消えるのもそう遠くない自分の命の灯であるが、その前に、稲原ゴルゴのために
侠としてやっておかねばならぬと固く胸に誓った事柄があった。暫しの間、己の決意を確かめるように天を仰いでいた横山ゴルゴは、やがて意を決した
かのように鶴岡八幡宮に参った。手を合わせ目を閉じていると、稲原ゴルゴと歩んできた己の人生の一瞬一瞬が、時に鮮やかに、時におぼろげに
想い出される。汽車の車中で、遊女として売られゆく少女たちに分けてもらった握り飯のありがたさとその身の哀しさが忘れられず、遊郭への誘いを
頑なに拒んだ稲原ゴルゴ…、白鞘の日本刀を下げ、闇打ちをかけた相手の元へ復讐に向かう稲原ゴルゴを説得し、思いとどまらせた雷鳴とどろく夜…、
そして熱海、山崎一家の継承式…、横山ゴルゴは目を閉じたまま、その想い出のひとつひとつを、まるでこれが見収めであるかのように、瞼の裏に
焼きつけていた。

鶴岡八幡宮の参道から鎌倉駅の方角に路地を2本ほど入ると、あまり目立たないが凛とした数寄屋造の御留御庵という料亭がある。中庭を臨む個室には、
ひとり一徹ゴルゴが座り、わかばを燻らせていた。一徹ゴルゴはめずらしく和装である。この日、横山ゴルゴに呼び出され、土地勘がない一徹ゴルゴが
一足早く着いたのである。
花形コンツェルンが明石組の資金源になっていると週刊文潮に告発したのは他でもなく一徹ゴルゴである。警察庁が一気に明石組壊滅へと動くことを
期待しての策であった。しかしこの記事は、一転、翌週の同誌で、全くの事実無根で担当記者のでっちあげであったと、謝罪とともに取り下げられた。
花形ゴルゴから政府筋への働き掛けがあり、加えて右翼の大物・大玉誉士夫ゴルゴからも文潮社に圧力がかかって、瞬く間にもみ消されたのである。

一徹ゴルゴはまた、以外にも広島の山守ゴルゴと手を結んで巷間の噂となっていた。もともと、一徹ゴルゴと山守ゴルゴでは性格や信条が水と油ほど異なる。
村岡組の跡目候補でありながら殺害された杉原ゴルゴの仇を一向に討とうとしない打本ゴルゴの不甲斐なさから、棚ボタ的に村岡組を吸収した山守ゴルゴ
には、打本組の背後にある明石組の影響力を広島から排除し、名実ともに広島の首領たらんとする思いがあった。また山守ゴルゴにとって、組内にあり
ながら、敵対する明石組と通ずる広能ゴルゴも厄介な存在であった。新体制の山守組は、側近の槇原ゴルゴに加え、新たに武田ゴルゴを若頭に据えた。
一方、一徹ゴルゴには、己の日本統一のために、打倒明石組は無論不可避である。しかし独力で倒せる相手ではない。策略に長けていて、かつ、いつでも
協力関係を解消できる者と組む必要があった。こうして、いわば「敵の敵は味方」という打算から生まれた一徹・山守同盟であるが、
老獪な山守ゴルゴと一徹ゴルゴの合体は、西日本やくざの勢力地図を書き換え得るポテンシャルを秘めており、
天下の明石組と言えども看過できない存在となった。