【ときメモ】ときめきメモリアルSS総合スレ
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「ほむら、デートしようぜ」
「へ?」
メシの最中に電話をかけてきたと思ったら、あいつの開口一番がそんな一言だったもの
で、つい間抜けな返答が出てしまった。
「いや、デートしようぜ、って」
「そりゃ聞こえてるよ」
「何か変なこと言ったか?」
「別に変じゃねえけどよ、お前いつも『遊びに行こうぜ』って誘ってくるだろ」
「あー、それなんだけどさ」
高校生活で多分一番たくさん一緒に遊んだあいつとあたしの関係は、前代未聞のあの卒
業式の日から少し変わった。前進した、と言えばいいのかな。頭のバカなあたしにだって
へったくそだったと分かるあんな告白でも言いたいことは伝わってくれたらしく、ちゃん
とあいつから「好き」って意思表示を聞けた。ほんの2,3週間前なのに、思い出すだけ
でまだ顔が熱くなる。
なんでもあいつが言うには、友達同士から恋人同士になったんだから、始めからそうい
う風に誘って一緒に出掛けてみたかった、って事らしい。
「デートか……まぁいいや。もちろん行く! いつ行くんだ?」
遊びに行くのとデートするのって、何が違うんだろうな。よく分からないけど、何とな
くウキウキしてくる。
「ちょっと急なんだけど、今週の土曜、午後1時集合でどうだ?」
「オッケー。明日だって行けるぜ」
「悪いな、四月以降、大学の予定がまだどうなるか分からないからさ、今月中がいいんだ」
「おう分かった。じゃあ、ラーメン伸びちまうから――」
「あっ、待ってくれ! お願いがあるんだが……」 翌日、あたしは一人でブティックへ買い物に来ていた。まだ残っていたお年玉を、とり
あえず全額引っ掴んで。
「可愛いカッコ、ねぇ」
『できるだけ可愛い恰好で来て欲しい、ほむらのセンスに任せるから』なんてリクエス
トをあいつはぶつけてきた。以前のあたしだったら絶対、間違いなく「めんどくせえ」っ
て断っていた。何しろ、持っている私服は未だに、面白そうだからという理由で買ったも
のばかりで、周りのコみたいな女の子らしいものなんてロクに持ち合わせが無かった。あ
いつの趣味なんだろうけど、クリスマスプレゼントにくれたスカートは好評だったし、あ
たしのお気に入りの一着でもあるんだけど、それももう何回か履いていってたから、今回
は見送ることにした。
「うーん……」
とはいえ、どこからどう見たらいいものやら。様々なテナントの店が立ち並ぶフロアの
ディスプレイを少し眺めてはまた歩いて。あたしはぐるぐるしてばかりだった。可愛いの
を真面目に選んでうまくいく自信はそんなになかったけど、他ならぬあいつの期待には応
えたい。「いいぜ、あたしの本気を見せてやるから期待してろよ」なんて威勢よく言って
しまったし。でも――ちゃんと気を遣ってみた服装にあいつがどんな反応をしてくれるの
か、それが何より楽しみだった。
可愛いって言ってくれっかな。見惚れちゃったりすんのかな。……あー、まだ何を着て
いくかも決めてない内からドキドキしてきてるのが分かる。
「……お客様?」
目の前で何かがヒラヒラしているのを見て、我にかえった。店員があたしに手を振って
いた。「何かお探しですか?」というキレイな営業スマイル。
とりあえずここ見てみっか。案内されるまま、ブースに足を踏み入れる。 「デートだなんて素敵ですねー!」
見知らぬ人へ馬鹿正直に話すこともなかったな、なんて思いつつも、店員に事情の一部
を説明した。ちらと視線を巡らせると、大人っぽいの、派手なの、結構色々なのがある。
値段がいくらなのかはここからじゃ分からないけど、結構しそうだ。
「コーディネートはどんなのにするか、考えてたりします?」
「うーん、まぁ、何となくは」
スカートは必須だよな。あいつを驚かせたいから、いつものイメージとはちょっと違う
のがいい。暗めの色は、いつものイメージと違うけど、あたしには似合う気がしなかった。
吊るされた衣服をあれでもないこれでもないと手に取りつつ眺めていると、ある一着が
目に留まった。
「これ……」
オレンジ色のワンピース。制服とか例のスカートとは違って、長くて裾がヒラヒラして
る。ハンガーを棚から外しただけで、空気の上をふわっと踊る。うっすらと向こう側が透
けて見える下半身部分が、なんとなく涼しげなのに、温かそうでもある。姿見の前に立っ
て自分の体に合わせてみると、足首がすっぽりスカートに隠れた。
「お客様、アクティブ系な印象を受けますけど、普段そういうのも着られるんですか?」
「いや、まったく。ワンピースって持ってなくて」
こういうタイプの服で唯一の例外といえば、一回だけ着たあのドレスくらいのもんだな。
積極的に着てみたいって思ったことはない。
「案外イケちゃうと思いますよ! 試着してみます?」
スカートの緩いヒダが、腕にじゃれついてきた気がした。
「……うん」
試着するだけならタダだし、このワンピースには興味を惹かれた。このふんわりした感
じと明るさ、いいよなぁ。試着室に入れてもらい、上着だけ脱いでそれを被ってみると、
サイズ感は悪くない。丈が長すぎて引きずることも無いし、横や後ろを見ようとして体を
ねじると、それについてくるロングスカートがさらりさらりとなびく。内側に隠されてい
た値札もチェックしておく。これならいける。 「へぇ〜……いいなぁ、これ」
「お客様、いかがですか?」
試着室の外から尋ねてくる店員に、カーテンを開いて見せてみる。ぱっちりした目が大
きく見開かれた。
「いいですよ! すごくいい! 似合いますね!」
「へへ……可愛い?」
「めちゃくちゃ可愛いです! 普段のお召し物とギャップがあるなら、なおさらですよ」
「……じゃ、これ下さい」
「ありがとうございまーす!」
営業トークに乗せられちまったかな。でも、あたし自身がこれでいいと感じたんだから
これでいい。同じように選んだ浴衣とか水着だって気に入ってもらえたんだから、きっと
大丈夫。万が一ヘンだったとしても、あいつは懐が深いから、笑ってくれるよな。
「他に何か見ていかれますか?」
「この時期ワンピースだけだと寒いよなぁ……カーディガンとかあります?」
「ええ、ございますよ。ご案内しますね」
数十分後、『楽しいデートになるといいですね』なんていう、白のカーディガンもしっ
かり買わせて満足げな店員の声を背中に受けながら、小奇麗な紙袋を手にあたしはその店
を後にした。これでオッケーだな、と思いながら、あいつがどんな顔するんだろう、って
また思い描く。楽しみだな。大盛り上がりになったら、初めてのちゃんとしたデートはど
うなっていくんだろう。まだ手を握ったこともないけど、一気に進展して……?
「いやいやまさか、初回からそうはならねえだろ。けど……」
全くもってありえない、とは言い切れないし、ちょっとした弾みで見えたりする可能性
だってある。
「せっかくだし、いいのつけてくか……」
出口に進みかけていた足を路線変更、下着売り場も見ていくことに決めたのだった。 土曜当日。抜けるような空は心地よく晴れ渡っている。ポカポカと暖かいけど、風が強
い。髪をポニーテールにして正解だった。
そういえば、去年も一昨年も、これぐらいの時期に中央公園に誘われたな。春風に乗っ
て舞う桜の花びらが、それを思い出させてくれた。
あいつはどこだ。いた。まだこっちを見つけてない。ゲートの柱に寄りかかって、本を
読みながら、時々顔を上げている。嬉しくなってきた。声を張り上げて呼びかけたい唇を
噛み、駆け寄りたいのを我慢し、歩く人波に紛れてゆっくりと忍び寄る。
「よ、待たせたな」
「……ん? ああ、ほむ――」
掌から文庫サイズの本がべしゃりと滑り落ちた。
「お望み通り、本気出して来てやったぜ」
落とした本を拾おうと屈んだあいつが、見下ろすあたしの陰に入った。
「……っ」
咳払いと同時に、合わせた視線が逸らされる。おーおー、耳を赤くしてやがる。なかな
かいいリアクションじゃねーか。
「ほれほれ、恥ずかしがってないで何か言えよ」
サムズアップがにゅっと突き出てきた。
「いい、すごくいい」
「どうだ、嬉しいか?」
「……ありがとう。感激だ。期待してたよりずっと可愛い。こんなに可愛い彼女とデート
できるなんて幸せだよ」
「へへ、そんな言い方……照れるぜ」
だらしない顔になるのをこらえるようにあいつははにかむ。それを見ているだけで口元
が緩みそうだし、なんだか暑くなってきた。
「ほ、ほら、行くぞ。桜見に来たんだろ?」
高鳴っていく鼓動が体を突き動かすみたいで、勢いのままあたしはあいつの手を握りし
めていた。 並木道の桜の木にはまだ咲きかけのものもあるけれど、多くは満開を迎えている。そこ
そこの人通りはゆったりと流れていて、あたしたちみたいにちょくちょく立ち止まってい
る人も多い。囲いの無い木も中にはあって、たいていそういう場所はもう場所取りを済ま
せた花見客にキープされてしまっている。
「綺麗だよな〜。何度見に来ても飽きないぜ」
思わずため息をつく。中央公園は刺激が少なくて退屈だけど、この季節だけは話が別だ。
「今年も見に来られて良かったよ」
頭一つ分高い所からあいつが相槌を打つ。掌を握りしめるようにしていた互いの手は、
歩く内に指を絡めあうつなぎ方に変わっていた。
一緒になってバカみたいにあっちこっちで遊び回ってたあいつとこういうカンケイにな
るって、同じ桜を見てた高1や高2のあたしはちらっとでも考えたことがあっただろうか。
思い出そうとしたけれど、去年から今年の間だけでもあまりに色んなことがありすぎてす
ぐには思い出せなかったし――繋いだ、というより、大きなゴツゴツした手に包まれるみ
たいになった右手に伝わってくる熱が、そんなことを考える余裕を与えてくれなかった。
青空から流れてくる花びらを視線で追いつつ、何度もあいつと目が合う。
「……何だよ。あたしの顔に何かついてるか?」
「いや……その、ほむらが可愛くて、つい」
「!! ……よ、よせって。ほら、歩く時に余所見すんなよ。転んじまうぞ?」
一瞬、呼吸が止まった。いやまぁ、狙い通りというか狙い以上というか、願ったり叶っ
たりなんだけど、すげームズムズする。もっと褒められたいけど、互いの体温が伝わるこ
んな距離で言われると、恥ずかしくてたまらない。 枝同士が触れ合ってできた桜のアーチをくぐったりしていると、花見客を狙った屋台が
見えてきた。
「何を食べるんだ?」
「まだ何も言ってねーだろ」
「えっ、食べないのか?」
「バカヤロー、こんな時にしっかり食わねぇでどうすんだ。食うに決まってるじゃねーか」
たこ焼き、フランクフルト、焼きそば、ジェラートにクレープ……りんご飴もある。ど
れもいいな。焼きそばの屋台の辺りから漂うソースの匂いに、体の中から空腹感が沸き起
こってくる。
「お前、どれにすんだ?」
「昼飯は食べてきたしなぁ。アイスにしようかな」
「屋台あんのにそんだけしか食わねーのかよ。もったいねえなぁ。んじゃ、ちょっと買っ
てく――」
踏み出そうとしたら、右手が後方に引っ張られた。
「……お前も来いよ」
「ん? どれ買うのか分からないし、ここで待ってるよ」
「い、いいから」
手を離したくねえんだよ、って言いかけたけど……そんなこと口にしたらあたしはその
場で茹でダコになっちまう。
ほどけそうになった指をぐいと捕まえて、一歩二歩。あいつもすぐに握り直してくれた。 腰を下ろす所を探すこと数分。良さそうな場所にはことごとく先客がいる。そりゃそう
か。みんな同じこと考えるよな。歩き回っている内にもうフランクフルトは無くなったし、
すぐ食えそうだからと手に持っていたチョコバナナもあと一口。左の手首に提げた袋には
まだまだ色んなものがあるけど、このままだとうろうろしてる間に空っぽになりそうだ。
混雑してきたし河川敷公園にでも行こうか、とあいつが提案してきて更に歩くこと数分。
中央公園とは違って、こっちには数えられそうなぐらいにしか人がいない。ちょっと湿り
気を帯びた風がひゅうと吹き抜けて、草の香りを運んでくる。芝生の緑の中に、鮮やかな
花の色が目立つ。ここにも春があるな。
「桜の木、見えなくなっちまったな」
「やっぱり見に戻る?」
「食ってからでいいよ。いい加減冷めちまう」
土手から河川敷へ繋がる石段に腰を下ろす。熱心に握りしめてたのに、食欲に負けてる
みたいでごめん、と心の中であいつに謝りながら右手を離した。
焼きそばは思いのほか、まだホカホカと温かい。隣に腰を下ろしたあいつは、時間が経
って結構溶けてきたジェラートアイスのカップにようやくスプーンを刺した。
「ほむら、退屈してないか?」
「全然。なんでだ?」
「俺のワガママに付き合わせちゃったかな、ってちょっと思ったんだ」
良く言えば静か。悪く言えば何もない。あたしからすれば、河川敷公園に遊びに来る理
由は無い。でも、あいつと一緒にいれば絶対楽しいんだから、そんなことはどうだってよ
かった。
「こういう所、お前が好きなんだろ?」
「まぁな。俺のお気に入りだ。一人でこういう所に来てボーっとするの、好きなんだよ」
「だったらあたしも好きな場所ってことでいいよ。お前のワガママに付き合わされてるっ
て思ったら最初っからこねーって」 「……ありがとう。今日はさ、ほむらとゆっくりしたかったんだ」
シャクシャクとカップをかき混ぜながら、あいつはパクパクとアイスを口に運ぶ。白い
アレ、バニラ味かな、なんて横目で覗き込みながら焼きそばをズルズル食っていたら、あっ
という間にパックが空っぽになってしまった。
「な、アイス一口くれよ。甘いもの欲しくなっちまった」
ああいいよ、とあいつがカップを差し出す。スプーンから、程よくとろけたのを一口。
果物の爽やかな甘さ。バニラじゃなくてピーチだ。
「うめーなこれ。もう一口もーらい。……ん?」
スプーンを咥えたあたしを見て、あいつが何やら固まっている。
「ははーん、お前、間接キスとか気にするタイプ?」
「いや、べっ、別にそんなわけでも」
「何なら、直接しちまうか」
「え――」
風が止んだ。
やべえ、やっちまった。
それに気が付いたのは、あたしが顔を離した後だった。
確かに接触した。まだその感覚が残ってる。
「わ……悪い。つい勢いで……。雰囲気無かったよな」
ファーストキスってもう少しこう、いいムードの中でするものだって思ってたのに、こ
れじゃただのイタズラだ。
「赤井ほむら」
「お、おう」 「そこから動くなよ」
「え、あ?」
もしかして怒らせちゃった? 右肩を掴まれた。
真顔のあいつがゆっくり近づいてくる。いや違う、なんか角度がついてる。
もしかして、これは。多分、こうした方が。ギュっと目を閉じる。
「…………」
何も来ない。
まだかよ。
するならこう、一気に来てくれよ。
「…………」
じれったくなって左目をうっすらと開ける。瞬間、額にぺちっとした微かな振動。
デコピンされた!? あたしはカッと目を見開いて「バカヤロー!」って言おうとした
けど、その叫びは……あいつに吸い込まれてしまった。
時が、止まっている。
ほんの数秒前まで聞こえたはずの、風にそよぐ草の音も、遠くに聞こえた犬の声も消失
した。それなのに、自分の鼓動がやけに響いてくる。
ちょっと息苦しさを覚え始めた瞬間、あたしにくっついていた柔らかくしっとりしたも
のが離れていった。
「……俺たちの雰囲気って、こんな感じだろ」
「お……驚かすんじゃねーよ、バカヤロー。この……ば、バカ……」
「それは俺のセリフだ」
さっき食べたばかりのアイスの味が濃くなった気がする。口の中の甘ったるさがどんど
ん強くなって、体中が熱い。
遊んでて楽しい時とは違う高揚感が全身を駆け巡ってて嬉しい一方、叫びたいぐらい恥
ずかしい。 でも――さっきやらかした瞬間の気まずさは、完全にどこかへ行ってくれた。
「な、たこ焼き食おうぜ」
袋の中にあった最後のパックを出して、片方の竹串をあいつに握らせる。さすがに冷め
てるけど、火照った今のあたしにはちょうどよかった。
「一つ、思い出した」
「思い出した、って何のこと?」
「2年の修学旅行でさ、夜景見に行こうぜ、ってあたしが誘ったの、覚えてるか?」
「あー、あったあった」
「あの時すげーいい雰囲気でなんか甘酸っぱ〜い気分になってて、その場の勢いで……こ、
告っちまおうかな、って思ってた。でも、その時の気持ちを何て言い表したらいいのか全
然分かんなくて、何も言えなかったんだよな」
あいつが目を丸くした。
「なんだ……脈アリだったのか」
「え? もしかしてお前も、あの時……?」
「完全にタイミング逃した、って後悔してたんだ、俺はずっと」
「……いつから?」
「いつから、って」
「い、いつから、その……あたしのこと、すす、す、す、好きだったんだ?」
刺激が強すぎる暴露話。今となっちゃ昔のことなんてどうだっていいけど、異性として
意識されてた期間の長さは気にならないわけがない。
「……一年の夏かな」
「い、一年?」
その頃なんて、ただの面白い遊び友達ぐらいにしか思ってなかったぜ。
「縁日とか花火大会とか、誘ったら来てくれただろ。ああ、こういうのにノッてくれるん
だったら、警戒されてないんだな、って」
「ま、楽しそうだったからなー」 「お前には分からなかっただろうけどさ。俺、遊びに誘う電話する時、いつもドキドキし
てたんだぜ。オッケーもらってはしゃいでたしな」
「へー……ほー……ふーん……あー、何かニヤけちまう。嬉しいぜ。ありがとな」
恥ずかしさとは違う、じわりとした温かさが胸の内めがけて溜まっていく。いい気分だ。
「でもよ、それなら何でお前から言ってくれなかったんだよ。『赤井さん』って呼んでた
のが、いつの間にか下の名前で呼んでくるようになって、あんなにたくさん二人で遊んで、
デートスポットみたいな所もたくさん行って、そんなことが続けば、あたしだって女なん
だから『もしかして』って期待しちまうだろ。二人っきりでクリスマスプレゼントまでく
れたのに何にもしてくれねえもんだから、いよいよ後がねえってんで卒業式で最後の手段
に出たんだからな、あたしは。お前の罪は重いぜ」
「……悪かった、ごめん。お前と友達同士のままでいるのが心地良くて、『恋愛対象じゃ
ない』なんて言われたらこの関係も壊れてしまうと思って、踏み出せなかったんだ」
「……うん……分かるぜ」
ああ――長いこと『友達以上恋人未満』ってヤツだったんだ。
修学旅行の夜にやろうとしたことがずっとできなかったのは、きっとあたしもこいつと
同じ思いを抱えてて、臆病になっちまってたからなんだ。
「でもよ、もういいんだ。思い出は思い出。もう過去のことだし、あたしは土壇場の大逆
転勝利を収め、感動の最終回を迎えたってわけだ。最高のヒーローだろ?」
残っていた最後のたこ焼きを頬張る。空っぽになったパックに視線を落とすと、不思議
と気分が軽くなったような気がした。
「何だよ、最終回って。終わっちゃうのか?」
「第一部はな。今はもう第二部が絶賛放送中だぜ」
「そうか……そうだな」 空の高い位置にあった太陽も随分西に傾いて、青一色だった空が少しずつ茜色に染まっ
ていく。
「そろそろ行こうか。なんだか風が冷たくなってきたよ」
「帰るにはちょっと早いよな。まだ遊ぼうぜ」
差し出した右手が、温かさに包み込まれる。
「ゲーセンでも行くか? 俺も遊びたくなってきた」
「行く! 今日はあたしが勝つかんな。格の違いってヤツを見せつけてやんよ」
「そう言ってこの間も負けたヤツが何か言ってるぞ」
「うるせー、三度目の正直だ。分からしてやる……!」
数えきれないほど繰り返してきたいつものやり取りに、心が落ち着きを取り戻していく。
さっきみたいに甘々なムードに浸るのもたまらなかったけど、あんな時間がずっと続い
てたら、心臓がいくつあっても足りねえぜ。たまになら……そう、たまになら、さっきみ
たいにイチャイチャしたい。
一応そこそこ高い下着をつけてきてたけど、その出番も無くて安心した。もしそこまで
一気に進んでたら、頭がおかしくなっちまってたな。
――でも、いつかは……いつかって、いつだ?
結局、ゲーセンの筐体に辿り着くまで、妙なムズムズにあたしは揺さぶられたままなの
であった。
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