大人と子供(親と子)の関係になぞって考えてみる。

子供(幼児)は「場」をわきまえることなく、泣きたいときに泣き、排泄したいときに
排泄する。そのたびに、親は子供をあやしたり世話をする。別の言い方をすれば、その
たびに、親は右往左往し子供に翻弄される。
つまり、子供は何でもアリ。最強なのだ。
ところが、親は子供に対して絶対的な権力を持っている。殺生与奪の権限さえ持ってい
るのだ。親子の立場は、親の方が強くて子供の方が弱いということに、異論は無いで
あろう。

子供はなぜ最強なのかと言えば、権力が無いから。権力が無いからこそ最強なのだ。
親は権力を持っているのだから、立場は強い。でも、それは子に対しての責任を伴っ
ているからこそ。

女がなぜ強さと弱さを使い分けることを非難されるのかと言えば、>>1にある通り、
そのときどきによって「いいとこどりをする」からなのだ。権利を寄こせ(強い)と
主張するが、責任は負いたくない。能力は無い(弱い)のだから、大目に見ろ。
子供の立場と大人(親)の立場をそのときどきによって使い分ける卑怯者。それが女。

女は強くも弱くもない、卑怯なだけ。