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雁屋 哲の今日もまた(2010-09-07)  その4

紆余曲折有って、児玉誉士夫は海軍と結びつき、「児玉機関」なる物を作り、
中国で海軍に必要な物質を調達する働きをした。
敗戦後、中国から持帰った、プラチナ、ダイアモンド、タングステンなどを政治活動に使った。

特筆するべき事は、鳩山一郎に政権を取らせるために、
本人が言うには「カマスに一つ半の宝石」とか
「十畳くらいの大きさの部屋半分を占める量のプラチナ」を提供したと言うことである。
この、鳩山一郎との関係は、覚えておいて下さい。

その後、児玉誉士夫は日本の政財界の裏で、顔役として活躍し続けた。
何か大きな事件の裏には必ずと言っていいほど、児玉誉士夫がいた。

また、日本の暴力団を大同団結しようともした。
このときは、関西以西で、山口組と本多会という二つの暴力団が激しい争いを繰り広げていて、
全国的な大同団結は出来なかったが、関東の暴力団は、稲川会、住吉会(今の住吉連合)などを
まとめ上げて、暴力団のボスの上のボスになった。
後に、ロッキード事件が起こった時に、
ロッキードのエージェントとして働いていたことが暴露され、
ロッキード社から貰った金についての脱税容疑で起訴された。

本来なら、CIAのエージェントとしてアメリカから守られるはずの児玉誉士夫が
日本の検察に挙げられたのは不思議だと思っていたが、
前回挙げた、ティム・ワイナーの本に載っているCIAの文書で、その理由が分かった。
CIAは、「児玉誉士夫は、情報提供者としては役に立たない。
彼は、自分の利益のことしか考えない」として、既に見放されていたのである。

しかし、ロッキード事件が起こるまで、児玉誉士夫本人も、自民党の実力者たちも、
それに結託し甘い汁を吸っていた人間達も、
CIAが児玉誉士夫を見捨てていたとは夢にも思わなかっただろう。