塩見さんの死でつくづく残念なことは、よど号に彼が載っていなかったことだ。
もし塩見さんが載っていれば、半日で金日成を赤軍派にオルグし、かかる後に中国へ行き、
毛沢東を半日、周恩来など他の中国共産党幹部を3日でオルグしていたであろう。
さすれば、アジアに世界赤軍の大拠点が生み出され、70年代半ばには世界プロ独が樹立されて
いたであろう。

・・・・・・と、ご本人の脳内世界ではなっていたんだろうな。