週刊文春12月22日号 から

電通を退社後、Aさんが会社生活を振り返って強く印象に残っているのは、
高橋まつりさんの自殺が伝えられたときのことだ。

「俺の同期も死んでるし」

「毎週月曜日に所属部署の会議があるのですが、今年の三月か四月頃、そこで高橋さんの件が報告
されました。会議後にランチに行ったとき、先輩たちが『こういうのは毎年あるからね』、『いるいる。
俺の同期も死んでるし』と軽く言っていたのをよく覚えています」電通関係者が声をひそめて言う。
「社内で高橋まつりさんの話題が出る時は、『かわいそうだけど、向いてなかったんだね』という感じに
なります。皆、本音では『あれくらいの長時間労働は、うちでは普通じゃない?』と思っているんです」
長時間労働は電通の社内に文化のように深く根付いていた。これを根本から変えようと徹底的に進められているのが、
二十二時の全館一斉消灯である。
港区汐留にそびえ立つ、地上四十八階建ての電通本社ビル。その一階に社員たちの入退館時間を記録するフラッパーゲートが
存在する。退館ラッシュは二十一時四十五分から始まり、ゲートから出て来る社員の流れは途絶えることがない。
二十二時まであと数分というところになると、大急ぎで走ってゲートに向かう社員の姿が何人も見られた。
若手男性社員が解説する。「消灯の三十分前に『午後九時半になりました。速やかに業務を終えるようにしましょう』と、
アナウンスが流れ、残っている管理職が社員の追い出しにかかる。残業している社員が一斉に帰り始めるので、九時五十分ごろは
エレベーターがものすごく混む。行列が出来て、一度で乗れないこともありました。退館時間が二十二時を一分でも超えると、
次の日に管理職のところにメールがとんでくる。
『おたくの部下、一分超えてますよ』って。そうすると
『お前、昨日は何してたんだ』と詰問されるんです」
消灯以降は基本的に電気がつけられないようだ。