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朝鮮王太祖李成桂の出自については、女真人説とモンゴル人説とがある.


女真人説

李成桂が女真人であることを示す状況証拠が多々ある.

1)太祖李成桂の生地の咸鏡道は、15世紀までは女真族の領土であった.その後、第4代世宗の時代になって朝鮮の領土となった.
2)李成桂の父李子春は、高麗王朝の「咸鏡道万戸兼東北面兵馬使」であり、父の死後、李成桂自身もその官職に任命された.
3)李成桂は女真族の酋長の李之蘭と義兄弟の契りを結び、多くの女真族を従えていた.
4)李成桂の高祖父李安社も元朝の地方行政官ダルガチ(達魯花赤)であり、また、5000戸の「千戸長」として高麗の女真族の統治をしていた.
5)李成桂の外兄弟の三善三介は、女真族の族長である.

モンゴル人説

李成桂が高麗系モンゴル軍閥であるとする説はこれまでにもあったが、
最近になって、モンゴル人であるとする説が出てきた.

1)李成桂の高祖父李安社が元から任命を受けた「千戸長」はモンゴル人以外には殆ど就任できない官職である.

2)李成桂の直系4代の祖までモンゴル名を持っており、李成桂自身もモンゴル名があったと推定している