その昔、大昔。あるところで、ある党派とある党派が内ゲバをしている情況に居合わせたことがあります。いや、今考えれば殴り合いとか、校門の前の待ち伏せ襲撃とか、付け狙いとか、入院する者や死人が出るほどではない、つまりそれほど「大したことはない」内ゲバでしたが、そもそも「本格的な内ゲバ」ができる「ところ」ではなかったので、これでも最上級の内ゲバだったのかもしれません。

 で、両党派ともやり合ったあげくにその「拠点」から居なくなりまして。その拠点だった「部屋」が蛻の殻のまま残されていたわけです。我々日和見ノンセクト数名は、その部屋を怖いもの見たさに覗きに行きました。冒険ですわ。

 封鎖されたドアをこじ開け、隙間をくぐり抜けて入ったその部屋。壁一面に、対立党派を「殲滅宣言」するスローガンが殴り書きされた、狭いその部屋の光景。今でも、決して忘れることができない光景がありました。

 部屋の中央に、可愛い動物のぬいぐるみがありました。そのぬいぐるみの腹には、対立党派の名前がマジックで書いてありまして。その腹に向けて、突き刺さっていたのです。

 ナ イ フ が。

 可愛そうに、そのぬいぐるみの「傷」からは、中から詰めものがあふれ、その部分だけダイエットしたかのように、へこんでいました。夕陽がそのぬいぐるみを脇から照らし、ナイフを刺されたままの「彼」のオレンジ色の残像は、まるで、前衛芸術のオブジェのようでした。

 我々は声もなく、数分もの間、鬼気迫るその部屋に沈黙したまま立ちつくしていました。動くことができなかったのです。そして無言のまま部屋を立ち去り、無言のまま帰宅しました。