東労組の分裂は、「黒田派と松崎派の分裂」ではなく、オール松崎派の分裂ではないか。元々の分裂前からも東労組内部に黒田派などは存在しなかった。分裂の前も後も、東労組=松崎派である。むしろ、革マル党中央こそが黒田派と松崎派に分裂していたのではないか。党中央黒田派vs党中央松崎派である。その党中央の内部争いの一環として、党中央黒田派が東労組=松崎派にちょっかいを出したのが「ダラ幹批判」ではないか。そして、東労組の分裂は松崎派内部の問題であり、黒田派の出る幕ではなかったのではないか。