【前進チャンネル】中核派全学連60【LOVE】
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中核派を応援しよう!中核派LOVE!!! 頑張れ中核派! 前スレ 【天田廃天皇】中核派全学連59【斉藤ニセ代議士】 https://mevius.5ch.net/test/read.cgi/kyousan/1672407665/ >>190 働けるのに働かない奴と、実際にどうやっても働けない人を一緒くたにしたらいかんわw >>190 弱者切り捨ての共産主義者w やっぱりこれが本音かw やはり資本主義、格差社会がいいんだねw >>188 国防動員法のある47人がこれだけ日本に居るのに平気でいられる日本人ばかりの理由も、 自分が国のために戦う気がないから、他国人も同じと思っている結果だろうw 要は自己投影の結果。 ところが47人は国のために戦うと言っている奴が88.6%もいるわけでなw 日本人の平和ボケの正体と、その結果起こるであろう悲惨な現実を示しているw >>192 壺って嘘ばかりつくよね ナマポ申請拒否からの売春促進が自民党 ナマポ申請援助が日本共産党 >>196 だから、反壺カルト、反米の真正の保守を相手に壺連呼して頭の悪さを世界中に晒すのはやめろと言ってるだろうがw >>198 君が信仰する共産主義ですら、資本家がカネで政治と癒着し、政治をも支配していることを批判しているのに、 それを陰謀論扱いしている時点で論理破綻していることがわからんかい?w ■国際金融資本の世界支配のための道具である米軍■ 国債金融資本の世界戦略は米軍兵が展開している数の多い国にもはっきり表れている。 それは国債金融資本アメリカ・イギリスの戦後から現在までの外交戦略の要が、自らの世界支配の最大の障壁 になる潜在能力がある日本とドイツを、米軍の支配下に置いて押さえつけることであり、 第二次世界大戦の対立軸が連合軍のグローバリズムVSナショナリズムの枢軸国であったことと、 元枢軸国が二度と国債金融資本アメリカ英国に逆らわず従順な犬にしておくために米軍が多く駐留しているということ。 それは連合国の機関である国連がいまだに元枢軸国を敵国条項国にしていることでも明らかであり、 国債金融資本が世界を支配するための道具が世界最強最大の米軍であるということも同時にわかる。 ちなみに南朝鮮が3番目に多い理由については、朝鮮戦争はいまだ終わっておらず、 南朝鮮が97年に破綻しIMF管理下になり、対日経済戦争のために国際金融資本の所有物になった韓国輸出企業を守るためである。 それに加えアメリカが表向き共産主義国家を敵に掲げてきた建前があり、、 思考停止の馬鹿を騙し続けてきた共産主義とのプロレスが真っ赤なウソであることもバレるうえに大義名分も失うから、 在韓米軍が引き上げるわけにはいかないからである。 海外駐留米軍兵力の内訳(約17万人) 1位 日本** 5万5043人 2位 ドイツ** 3万4821人 3位 韓国** 2万4915人 4位 イタリア* 1万2766人 5位 英国** 9184人 ダラダラつまらん長文書くやつのせいで、赤嶺さんの悪口書き込みがなくなってスレがつまらなくなったじゃないか 長文ジジイは赤嶺の手先、赤嶺防衛隊に違いない >>201 洞口朋子&KSB赤嶺知晃が2.15三里塚決戦から逃亡。 KSB赤嶺知晃は、前進なんとかを撮影するためだけに沖縄羽田間の超豪華飛行機旅行に湯水の如く何百万円もの金をドブに捨てている。いくらでも超豪華飛行機旅行で移動できる上級チューカク派特権幹部でありながら、2.15三里塚決戦の日には三里塚からはるかに遠く沖縄に引き篭もり逃亡。 洞口朋子に至っては、議員=政治権力者の特権階級身分を悪用したトランスジェンダー極悪差別差別公害、加えて「チューカク派三大ビ女」なる女性差別攻撃を(笑)って容認。三里塚はおろか、芝山、福島での闘争からも逃亡。 洞口朋子&KSB赤嶺知晃に対する人民の怒りのエネルギーが大爆発しているちょうどこの時期ににわかに現れたのが、このネトウヨ偽装駄文(ゴミ)の連発である。 洞口朋子&KSB赤嶺知晃による逃亡、極悪差別攻撃は絶対に許せません!ネトウヨ偽装による隠蔽工作書き込みを粉砕せよ! 反日組織である統一自民党の責任を追求し被害者救済を要求しよう ちなみにQアノンは統一教会の一派で アメリカ議会襲撃のトランプや トランプを違法に勝たせたプーチンや 北朝鮮 も盟友で資金は日本人信者から巻き上げてる アメリカ共和党のヤバさをもっと日本で周知させたい 統一教会Qアノンが必死に共和党トランプ推しをごちゃんで推進して迷惑だったわ >>322 の記事でdonの部分に赤枠を追加 https://pbs.twimg.com/media/FsGkuqJacAIkkcr.jpg またトランプの息子は自身をdonのJrと自称した店を展開している shop don jr .comで検索 アクセス規制でアドレスを貼れないので、空欄を埋めてアクセスしてください おまけで再掲 統一教会から分派「サンクチュアリ教会」指導者が来日 文鮮明7男は集会でアブナイ発言を連発 https://www.dailyshincho.jp/article/2022/07121102/?all=1 トランプ氏を支持し、YouTubeなどでもQアノン陰謀論を発信。連邦議会襲撃のまさにその時、彼もまたQアノンに交じって議事堂前での抗議活動に参加していた サンクチュアリ協会 https://holyfamilynutley.net/ 銃弾で作られた王冠をかぶる文亨進 https://pbs.twimg.com/media/FZsVR-baUAAz7XQ.jpg https://pbs.twimg.com/media/FZsVTHGaQAE9k4M.jpg トランプの次男エリック・トランプ夫妻と文亨進 https://pbs.twimg.com/media/FZsVUTmacAAOcdC.jpg >>200 韓国に多いのは朝鮮戦争の遺産か ベトナムには駐屯できないんだな ベトナムはうまくやってるてことか? 打倒壺Qアノントランプ トランプから不倫口止めされたことを証言した勇敢なポルノ女優を支援するため、ポルノ女優グッズに注文殺到 トランプ氏不倫相手「応援に感謝」 https://www.jiji.com/jc/article?k=2023033100786&g=int 日本を衰退させたのは長い自民党政権だと思います。 非雇用で将来不安です 最近の自民党は 国内雇用をできるだけすべてパソナなど人材会社にやらせて中抜き、大半をすぐ解雇できる派遣に置き換えたいとの事 もう安倍トモ以外は誰も妊娠できないだろう >>204 統一教会をつくって資金援助しているのはCIAだ。 もちろんCIAも国際金融資本一味でありトランプやプーチンの敵である。 ■知られざる世界権力の仕組み 寄生体シンジケートが富と権力を握る 1992年出版(著者)ユースタス・マリンズ■ 第8章 慈善事業を隠れ蓑にするペテン財団の全犯歴 P280 ◇新保守派(ネオコン・実態はトロツキストのニセ保守のディープステート一味)のフロント組織の一つが文鮮明の「統一教会」 新保守派(ネオコンサバティズム)のいま一つの看板組織が、KCIA[韓国中央情報部]とアメリカのCIAに資金源を仰ぐ文鮮明の統一教会(世界平和統一家庭連合)である。 統一教会は何十億ドルもの潤沢な資金を使って「保守的」出版物を刊行している。その一つがワシントン・タイムズ紙である。 同紙の編集長はロスチャイルドの親戚アーノルド・ド・ボークグレイヴである。 FBIでも、J・エドガー・フーヴァーがロイ・ゴッドソンを雇い入れたため、「新保守派」の活動に関与するはめになった。 ゴッドソンは「社会民主主義者」を自称する人物で、雇用された目的はFBI捜査員らをマルクス主義思想で教育することだった。 彼はジェイ・ラヴストーンによるアメリカ共和党の創設を援助したジョーゼフ・ゴッドソンの息子である。 ロイ・ゴッドソンは現在、国家安全保障会議の顧問である。 ヘンリー・キッシンジャーのたっての希望で雇われたのだ。J・エドガー・フーヴァーは共産主義者にすっかりイカれていた。 だから、アメリカ共産党の創設者ジェイ・ラヴストーンを雇い入れて、ベストセラーとなった『欺瞞の巨匠たち』の代作をしてもらった。 いかにも、この本は欺瞞の巨匠的作品だった。 なぜなら、この本を書いたのが共産主義者だったなどだれにもわからないからである。 CIAの情報宣伝工作やイスラエルのイメージアップ作戦、そして「新保守派」の煽動情報宣伝活動などの中心勢力がナショナル・レヴュー誌である。 この雑誌は、1955年にのちにCIA長官となるウィリアム・ケーシーによってウィリアム・バックリーのために設立登記され、 共産主義のトロツキスト運動を奨励する合衆国のニセ「右翼」ネットワークの一翼を担うことになった。 ニセ右翼組織とは、イングランドのフェビアン社会主義者がクアーズのビールの利益をもとに 運営するヘリテージ財団やアメリカン・エンタープライズ研究所など、世界権力の指令に従う多くの同様の機関をいう。 新保守派たちは公共の飼い葉桶からたらふく餌にありつきながら、のべつ幕なしに「民主主義」についてムダ口をたたいているおかげで、 その巧妙な腕前が「民主主義計画」というハッタリの国策となって実を結んだ。 つまり、世界各国で民主主義を促進させる計画に議会が予算を割くべきであると議会を納得させたのである。 この民主主義計画は、老練な社会主義者レイン・カークパトリックとジェイ・ラヴストーン、そしてジョージタウン大学のイエズス会士エドマンド・ウォルシュ神父、 それに厳格なモルモン教会監督のオーリン・ハッチ上院議員とが束になって生み出した頭脳の産物であった。 そして1983年に上院議員のハッチは、この全国民主主義基金法案をまんまと議会に通過させてしまったのだ。 全国民主主義基金の理事長には、ユダヤ名誉毀損防止連盟(ADL)の幹部理事カール・ガーシュマンが選任された。 この基金がおびただしい子飼いの新保守派団体に資金を与えてきた。 そして、そうした団体のすべてが大災難であることが判明した。 1991年と92年に全国民主主義基金は「民主主義を奨励する」ためと称してロシアの高官に賄賂を贈り、 ロシアのさまざまな団体に追跡できないほどの莫大な金額をバラまいた。 しかし、その人物・団体のいずれも共産主義体制の没落になんの役目も果たさなかった。 ■知られざる世界権力の仕組み ロスチャイルド&ロックフェラー帝国の全貌 1992年出版(著者)ユースタス・マリンズ■ ★P23 連合国=国際連合=世界権力は共産主義に対抗する者を敵とする もし連合国というものが「ファシズム」と戦うために結成されたのであれば、 その使命はファシズムが軍事力によって打倒された1945年に終わっているはずだ。 ファシズムという語は、古代ローマの役人が犯罪者を処罰するために法廷に持ち込んだ束桿(fasces)に由来する。 ファシズムは、歴史的に法と秩序、法律による統治、犯罪者処罰の意志を意味しているのである。 もちろんこれは世界権力の陰謀家たちがなんとしても避けたいと願うことである。 『オックスフォード英語辞典』はファシズムを「共産主義に対抗するためにイタリアで 1919年に結成されたイタリア国家主義者団体の一つ」と定義している。 その他の辞書の定義では簡単に、ファシスト党は「ボルシェヴィキ主義と闘う」ために結成されたとなっている。 このように、ドイツ・イタリア・日本は「反共産主義」勢力を体現していた。 連合国は本来、これらの反共産主義国と闘うために設立されたのである。 1945年にこの目標が達成されたとき、連合国は歴史的使命を終えていたはずである。 にもかかわらず、それは引き続き機能し、ロックフェラー一族はマンハッタンのもっとも高価な 不動産区画を連合国=国際連合の本部用地として寄贈したのであった。 〔日本語では連合国と国際連合は別個のことばになっているが、英語での表現は同じである(United Nations)。 ここに訳語操作による意識攪乱工作があると考えられる〕。 したがって、1968年7月26日にシェラトン・パーク・ホテルで開かれた会合で、 ニューヨーク州知事のネルソン・オールドリッチ・ロックフェラーが挨拶し、 「新世界権力」の創立を要請したのは、以上の歴史的背景と矛盾するものであった。 ロックフェラーはヨーロッパに対する「わが新秩序(権力)」を唱えて、この名称を先取りしたのがアドルフ・ヒトラーだった事実を無視した。 ★P25 ◇世界権力の行き着く先は東洋的専制主義である◇ 「新世界権力(秩序)」ということばは、アメリカ合衆国の政治家にとっては実に魅力的だった。 たとえばブッシュ大統領(父親)がそうだ。 湾岸戦争勝利後の1990年9月11日、大統領はテレビで全国放送された議会演説で、 「新しい世界・・・・・・・われわれが知る世界とはまったく異なる世界・・・・・・・・新世界権力(秩序)を要求した。」 その後もテレビ中継された演説のなかでこの要求を繰り返し、1991年1月29日の年頭一般教書では、 「新世界権力(秩序)・・・・・・それは偉大な思想である。 この体制においては、人類の普遍的な願望である平和と安全、自由、 そして法による統治を実現するために、さまざまな国家が一つにまとめられる。」と宣言した。 1991年2月1日には、同じ日に行った3回の別々の演説のなかで、この凶々しいことばを繰り返した。 つまりそれぞれの演説で新世界権力(秩序)の要求を強調したのである。 大統領は、謙虚にも、新世界権力が新しいことばではなく、すでに1782年に合衆国国璽として議会で採択されたと指摘するのは差し控えた。 その図柄は、オカルトの目を持った未完成のピラミッドと、この下の「Novus Ordo Seclorum/新世界権力」 というラテン語の文句から成り立っていて、この国が「新世界権力(秩序)」の実現を誓った国であることを表していた。 すなわち、「新世界権力(秩序)」とは、秩序を実現するのに明らかにピラミッドパワーに頼った時代のための新しい権力機構だった。 このシンボルの起源は1776年にさかのぼる。 イルミナティ教団の創設者アダム・ワイスハウプトが今日の世界権力の陰謀家たちの計画とそっくりの計画を作成したときである。 ワイスハウプトは以下の諸項目を要求した。 1 すべての君主国およびすべての勅任政府の廃止 2 私有財産および遺産相続の廃止 3 愛国心および民族意識の廃止 4 家庭生活および結婚制度の廃止と子供のための集団教育の確立 5 すべての宗教の廃止 ロスチャイルドはカール・マルクスと義人同盟(League of Just Men)を大金で雇って一つの計画を作成させ、 1848年に共産党宣言を受け取ったのだが、このなかに右のワイスハウプトの定義が含まれていたのは偶然ではなかった。 1782年にワイスハウプトの行動派分子がフリーメーソン運動を乗っ取ると、フリーメーソンがこの計画を法律として成立させるための媒体の一つとなった。 この計画のほんとうの起源は古代の東洋的専制主義にあることが、1992年1月5日付のワシントン・ポスト紙の論説欄で明らかにされた。 哲学者のネイサン・ガーデルズが論説のなかで、「新世界権力にとっての理想的地域は合衆国ではなく中国となるであろう」と警告したのである。 マルクス主義は確かに西洋哲学つまりヘーゲルの産物ではあるが、世界権力は東洋的専制主義を生み出すであろうとガーデルズは指摘した。 ■知られざる世界権力の仕組み ロスチャイルド&ロックフェラー帝国の全貌 1992年出版(著者)ユースタス・マリンズ■ ★P34 ◇第三次世界大戦では日本がターゲットにされている◇ 日本という国家は、今日の世界において人種的にまとまりのある数少ない共同体の一つであり続けているために、 カナン族の世界権力はこの国を次なる絶滅の候補に選んだ。 日本はいま、やがて第三次世界大戦と呼ばれるであろう戦争の攻撃対象国となっている。 クリントン大統領は、第三次世界大戦の対象国日本に対する「日本叩き」を政権の主要目標に掲げて、公式に開始した。 これまでの政権にも50%ほどの役人がカナン族ユダヤ人から登用されてきたが、クリントンは新記録を達成した。 つまり、大統領スタッフと役人の68%がユダヤ人から指名されたのである。 これらの狂信的シオニストたちのなかには、数多くの名だたる性的倒錯者が混じっていて、「邪淫を愛せ」というカナンの掟を実行している。 この数十年のあいだに日本国民が達成した高い生産力によって莫大な額のお金が生み出されたが、これがカナン族ユダヤ人の貪欲心を刺激してきた。 日本の企業はおだて上げられて、ユダヤ人の支配するハリウッドの映画スタジオのような いかがわしい事業に何十億ドルも投資するよう丸めこまれた。 投資が行われてしまうと、ユダヤ人は日本人からお金を持ち去って気前よく使いまくった。 その結果、哀れな日本人投資家に残されたものは、何十億ドルもの損失よりほかならなかった。 ワシントン・ポスト紙は最近、日本人を喰いものにした世界権力による別の金融上の大成功を大きく取り上げ、 「ロックフェラーはどうやって20億ドルを手に入れて破産法廷を困惑させたか?」という見出しを掲げた。 ニューズウィーク誌のウォール街担当編集者アラン・スローンの書いたその記事は、 ロックフェラー(スティーブン・バーミンガムの書いたベストセラー)『わが仲間』でユダヤ人一族であると正体を暴露された)が、 1989年に13億7000万ドル〔約2000億円〕マンハッタンにある伝説のロックフェラーセンター・ビルの株の80%を三菱地所に売却したときに使った手品を明らかにした。 スローンが言うには、日本人はとんでもない高値で買わされたのだそうだ。現在、三菱地所は負債の重なったビルを売却してしまった。 しかしながら、世界権力の卓越した一族であるロックフェラー家は、 ロックフェラーセンターの持株から1985年以来20億ドル以上の利益を上げたことを、スローンは明らかにしている。 世界権力という国際的秘密結社と取引する際に、日本の投資家たちは一見すると合法的に見える事業投資において数十億ドルも騙し取られてきた。 ずるがしこいカナン族は、財産を実際の価値の何倍もの値段で売りつけ、それから不運な買い手を破産へと陥れることにかけては、何世紀にもわたって精通してきた。 これが「高く売って安く買い戻す」という手口である。 ★P36 ◇原爆投下は人間以下と見なされた日本人の大量虐殺が目的だった◇ 日本が世界権力という勢力にいかに狙い撃ちにされてきたかを暴露するたくさんの記録書類が明るみに出ている。 第二次世界大戦中に広島・長崎の両市に原子爆弾を投下し、非戦闘員の一般市民に対するおぞましい殺戮を計画的に実施することにより、 日本国民を大量虐殺しようとした陰謀が、長年秘蔵されていた記録文書によって暴露された。 わたしはもう何年も前に、日本に対するこの残虐行為の責任が、ジェームズ・B・コーナントと名乗る世界権力の指導的ヤマ師にあることを突き止めている。 コーナントは科学者で、当時ハーバード大学総長だった。 わたしはコーナントを公式の法廷記録のなかで「第二次世界大戦の最大の戦争犯罪人」 と決めつけたが、この陳述に対してこれまでだれからも異議申し立ては出されていない。 政府暫定委員会で1945年5月15日に行われた討論に関する5月31日付の暫定委員会議事録が機密解除となり、それをネーション誌が次のように引用している。 「ハーバード大学総長で連邦科学行政官のジェームズ・B・コーナントの提案により、陸軍長官ヘンリー・スティムソンは、 就業労働者が多数いて、周囲に労働者住宅が密集する軍需施設がもっとも望ましい原爆投下の攻撃対象になるだろうと同意した。 これについてネーション誌は次のように解説している。 お上品な婉曲表現を剥ぎ取って考えれば、この議事録は非戦闘員である労働者とその妻子を殺戮する意図をはっきりと謳っている。 これは第二次世界大戦の残虐行為の一部であった。 さらに続けて、ネーション誌は指摘する。 広島は軍事上の攻撃目標ではなかった。住民の大部分は非戦闘員だった。 広島を原子爆弾の攻撃目標とするに当たって、米軍参謀部と文官指導層はそのことを正確に予想していた。 原爆を投下する第一の目的は、敵の非戦闘員を大量に殺戮することにあり、さらにこれによって生存者を威嚇することにあった。 ここに、われわれは世界権力の戦略を現実にありのままの姿で目にする。 つまり、その戦略は究極的に、残酷でもっぱら大量虐殺のみを目指す剥きだしのテロリズムに依拠している。 世界権力を牛耳るカナン族ユダヤ人は、自民族以外の世界の人びとを真剣に考慮する価値のない人間以下の動物と見なして嘲笑しているから、 そうした手段をとることができるのである。 ユースタス・マリンズ 1923年~2010年。メイ・フラワー号で米国に渡った初期移民以来の名家に生まれ、 ワシントン・リー大学、ニューヨーク大学、ノースダコタ大学、現代美術研究所などで学ぶ。 1942年に准尉として入隊、空軍に配属され、第2次世界大戦に3年2ヶ月従軍した。 終戦後の1949年、反戦を訴えて国家反逆罪で収監されていた米国の著名詩人エズラ・パウンドに私淑。 人生の大きな転換点を迎える。 調査専門職員として連邦議会図書館に勤務、 「赤狩り」で有名なジョセフ・マッカーシー上院議員の共産党資金源究明の調査に協力する。 職員免官後は執筆・講演活動に専念、ユダヤ国際勢力に蹂躙された世界の秘密を追求する数々の著作を発表した。享年86。 ■知られざる世界権力の仕組み ロスチャイルド&ロックフェラー帝国の全貌 1992年出版(著者)ユースタス・マリンズ■ 第二章 ソヴィエト・ロシア帝国の誕生と崩壊 ★P194 「悪の帝国」ソヴィエトを生み育てた国際銀行家たち ソヴィエト・ロシアが第二次世界大戦の廃墟から戦勝国の一つとして姿を現すことができたのは、 ひとえに西側文明世界が新たな十字軍を差し向けるべき次なる「悪の帝国」としてソ連を必要としたからにほかならない。 ロシアは戦争で4000万の人命を失い、それに加えて1917年以来ボルシェビキによって6600万人が虐殺されて、破産状態に陥っており、みずからを養うこともできなくなった。 そこで、ふたたび「世界権力」が介入して、合衆国から莫大な食糧・物資を援助し、「敵の力」を維持しなければならなくなったのである。 1916年の「ベルギー救済委員会」が、1948年の「マーシャルプラン」に姿を変えた。ふたたび援助物資が船便でヨーロッパに送り込まれた。 表向きはヨーロッパの連合国側の各国援助のためとなっていたが、実は明確にソヴィエト圏の支援を目的としたものであった。 ジェイコブ・シフの個人代理人のジョージ・ケナンが、19世紀の終わりごろ定期的にロシアを旅行し、 共産主義革命のために資金と武器を持ち込んでいた(ケナンの孫[ジョージ・フロスト・ケナン]の 証言によれば、シフはボルシェビキ革命を引き起こすため2000万ドルを使った)ものの、一つの政治体制を支えるためには、もっと多方面からの協調した支援が必要だった。 そのためにケナンは、1905年の日露戦争でシフが日本に融資する援助もしている。 その功により、ケナンは明治天皇から最高勲章の勲一等旭日大綬章を贈られた。 1915年、アメリカン・インターナショナル・コーポレーション(AIC)がニューヨークに設立された。 この会社の主要な目的は、従来、シフなどの銀行家たちが非公式ベースで行なってきたボルシェビキに対する援助、とくに財政上の援助を調整することであった。 新会社の資金を援助したのは、J・P・モルガン、ロックフェラー一族、およびナショナル・シティバンクであった。 新会社AICの会長には、ナショナル・シティバンクの前頭取で、1910年に連邦準備法を起草したジキル島グループ[ジョージア州のリゾート地ジキル島に集まって、 連邦準備法案を立案したロスチャイルドの代理人たち]の一員でもあるフランク・ヴァンダーリップが就任した。 また、役員になったのは、次の人びとである。 ○ピエール・デュポン ○オットー・カーン(クーン・ローブ商会) ○ジョージ・ハーバート・ウォーカー(ジョージ・H・ブッシュ元大統領の祖父) ○ウイリアム・ウッドワード(ニューヨーク連邦準備銀行理事) ○ロバート・S・ロヴェット(ハリマン-クーン・ローブ系のユニオン・パシフィック鉄道の右腕) ○パーシー・ロックフェラー ○ジョン・D・ライアン ○J・A・スティルマン(ナショナル・シティバンクの中心的設立者ジェームズ・ステイルマンの息子) ○A・H・ウイッギン ○ビークマン・ウィンスロップ 同じAICの1928年の役員リストには、次の人びとが連なっていた。 ○パーシー・ロックフェラー ○ピエール・デュポン ○エリーシャー・ウォーカー(クーン・ローブ商会) ○フランク・アルトシュール(ラザール・フレール) 共産主義援助プログラム推進において、AICはニューヨークのギャランティ・トラスト(モルガン・ギャランティ・トラストを経て、現在はJPモルガン・チェース)と密接な関係を持っていた。 ギャランティ・トラストの1930年の役員陣には、以下の人びとがいた。 ○ジョージ・ベイカー(ファースト・ナショナル・バンク創立者) ○オーガスト・ベルモント(ロスチャイルド家の代理人) ○E・H・ハリマン(ユニオン・パシフィック鉄道創立者) ○レヴィ・モートン(元合衆国副大統領。USスチール、ユニオン・パシフィックの役員) ○ヘンリー・H・ロジャース(スタンダード石油でのジョン・D・ロックフェラーの共同経営者、ユニオン・パシフィックの役員) ○H・マック・トゥオンブニー(ウイリアム・ヴァンダービルトの女婿、現在50の銀行や企業の役員) ○フレデリック・W・ヴァンダービルト ○ハリー・ペイン・ホイットニー これほどの大物の銀行家たちが共産主義に味方して「反資本主義」革命の資金援助を行うなどとは、とうていだれも本気では信じられないだろう。 しかし、これこそまさに事実そのものなのである。 しかもその同じ銀行家たちが、ウッドロー・ウィルソンの大統領選挙運動にも資金援助を行なっている。 そして、ウイルソンはパリ講和会議の冒頭演説のなかで、その同じ銀行家たちについて、次のように述べている。 「そのうえにさらに、われわれの態度と目的をはっきりさせよと要求する一つの声があります。 私にはその声が、混乱した世界情勢のなかで発せられているどんな感動的な声にもまして、大きくわれわれを突き動かす力をもっているように思えるのです。 それはロシア民衆の声であります。わが合衆国にも、ボルシェビキ思想に共感している非常に素晴らしい気質を持った人たちがいます。 彼らには、ボルシェビキ思想こそ、自分たちの目標、すなわち個人にチャンスを与える体制を提供するものだと見えるのです」。(『ロシアに敵対する大謀略』セガーズ、カーン共著) ウィルソン大統領の言葉にある「非常にすばらしい気質を持った」人びと、すなわちモルガン一族やロックフェラー一族は、ほんとうは個人にとってチャンスなど望んでいなかった。 彼らが望んでいたのは、個人を終生にわたって「世界権力」のもとに隷属させることだった。 そして、これこそが彼らが世界的規模でなんとしても達成しようと努力し続ける目標なのである。 ■知られざる世界権力の仕組み ロスチャイルド&ロックフェラー帝国の全貌 1992年出版(著者)ユースタス・マリンズ■ 第二章 ソヴィエト・ロシア帝国の誕生と崩壊 P211 ◇唯物論は宿主から栄養を摂取することだけを考える寄生体の世界観 こうした「人道主義者」たちは当初から、本来の所有者より略奪した物質的な富に対して異常なまでの関心を示していた。 ニューヨーク・タイムズ紙は、1918年1月30日にペトログラードからの次のような至急電を報じている。 「人民委員会は金に対する国家独占命令を発した。教会、博物館を始めとする各公共機関は、所有する金製品を国家の手に委ねるよう求められた。 個人所有の金製品も国家に提出されなければならない。密告者は金製品の価値の3分の一の報酬を受け取ることになる。 レーニンはこう言っている。 ソヴィエト連邦は、慎重に独自の金を蓄えなければならない。狼とともに暮らすときには狼のように吠えろということだ」。 新体制によって発布された最初の命令のうちの一つに「銀行家は国家独占とする」という命令があったが、 これには、シグネード、レーニン、キリレンコ、ポドヴォルスキー、ゴルゴノフの署名がある。 マルクスの歴史哲学の主張によれば、「世界は商品の生産と交換にもとづく社会の経済組織をとおしてのみ動いている」ことになる。 しかし、これは宿主から栄養を摂取することだけを気にかける寄生体の世界観である。 「生活とは他人を犠牲にして食糧を得ることにすぎない」と考える唯物論は、まず第一に、人間の精神生活を排除し、そして第二に、あらゆる思想を排除する。 なぜなら、唯物論思想は他のあらゆる思想をきっぱりと排除するからである。 さらに第三に、長期的観点、すなわち配当を手にするまでに何年もかかったり、場合によってはついに配当を得ずじまいになることもありうる、長期間にわたる投資という考え方を排除する。 寄生体は次の食事のことだけ、あるいは、次の食事にありつく前に追い出されないようにすることだけしか考えない。 マルクス主義者のこの刹那的なものの考え方はアメリカの経営学大学院での標準的な教義となった。 とりわけ、ジョージ・F・ベイカーとJ・Pモルガンが出費したハーバード・ビジネススクールにおいて顕著である。 その結果、目先のことしか考えないアメリカ産業は、この25年間、着実に凋落の一途をたどってきたのである。 また、国際銀行家たちが押しつける高金利のおかげで、産業は短期間に収益をあげて、単に銀行融資の利息支払いだけにあせくさせざるをえない状況に無理やり追い込まれている。 マルクスはこう述べている。 金(きん)の第一の機能は、価値を表現するための材料、すなわち同じ材料のままでその量の多寡によって比較ができる一元的変数として、 他のあらゆる商品の価値を表現するための材料を、商業界に提供することである。(『カール・マルクス全集』23巻、104ページ) P213 ◇革命家マルクスと英国貴族階級との知られざる深い関係 マルクスの経済観は、ロンドンのシティーにおける特権的銀行家階級、とくにロスチャイルド商会の考え方とまったく矛盾しない。 そう考えてみれば、カール・マルクスの墓がモスクワではなくロンドンにあるのも偶然ではない。 また、ロシアにおけるボルシェビキの勝利とそれに続く血の粛清の結果、不運なツァー(皇帝)によってヨーロッパとニューヨークの銀行に預金されていた10億ドルを、 ロスチャイルドとその仲間がまんまと現金で奪取することになったのも偶然ではない。 マルクスがジェニー・フォン・ウェストファーレンと結婚したことから生じた縁で、英国の貴族階級と関係が深かったことを知る者はほとんどいない。 ジェニーはスコットランドのアーガイル公爵家と縁続きであって、このアーガイル公爵の家計は代々革命主義者を輩出した。 また、ジェニーはキャンベル家とも縁続きであるが、キャンベル家というのはバプティスト派の分派のキャンべル派を設立した家系である。 ジェニー・フォン・ウェストファーレンの先祖をたどると、以下のような人たちがいる。 まず、バルカラスおよびアーガイルの女伯爵アンナ・キャンベルは、1657年から59年までオレンジ公の家庭教師だった。 オレンジ公は未来の国王ウィリアム三世で、後年イングランド銀行に設立特許状を授与した人物である。 また、初代アーガイル公爵アーチボルド・キャンベルは、1688年にウィリアムが王座獲得のためにイングランドに向かった際に同行した人物である。 現バルカラス伯はカウドレー子爵ヴェートマン・ジョン・チャーチル・ピアソンと縁続きであるが、このピアソンの母がスペンサー・チャーチルの卿の娘である。 スペンサー・チャーチル卿の姉妹がアスル公爵と結婚し、スペンサー・チャーチル卿自身はブラッドフォード伯爵の娘と結婚した。 アーガイル=バルカラスの家系は現在、リンゼイ家、キャンベル家に代表される。 現クロフォード伯爵のロバート・A・リンゼイはクローフォード伯爵としては29代目であり、同時に第12代バルカラス伯爵である。 ロバート・A・リンゼイはまた、ナショナル・ウェストミンスター銀行の会長であり、ロスチャイルドのサン・アライアンス保険の役員である。 ロバート・A・リンゼイの母は、キャンベディッシュ家の出身である。 彼はかつて国務大臣の私設秘書を務めた後、国防大臣、外務大臣兼通産大臣を歴任した。 >>208 それな 統一教会は世界の右翼を集めてるからな アメリカでCPA取った知人が、会計の上位ポジションは白人に独占されていて、アジア系が入り込む余地はない、て言ってた しかも白人さえ「会計の世界は冷たいから会計の仕事につくつもりはない」て声が 和の精神 【日本文化】自分が損をしても相手に儲けさせたくない…日本人を縛る「スパイト行動」とは ★2 [おっさん友の会★] https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1680338308/ 小西議員「安倍総理がやった事はこれは法令解釈なんかではない。日本の法秩序を根底から覆すクーデター。日本の最高法規である憲法がその中身から根底から変わってしまって絶対に許される事がなかった憲法の平和主義とどう考えても矛盾する。 https://twitter.com/mugichoko1616/status/1641781431985897473?s=46&t=msrKFV6CXQV2idBilK6HNg その集団的自衛権が解禁されている。憲法9条すらこんなに解釈変更できるのであれば憲法の他の条文がいつでも時の内閣と多数を持つ国会で解釈の変更が出来ることになる。こんな事を絶対に許してはいけない」 #憲法を守れ小西を守れ https://twitter.com/mugichoko1616/status/1641781435748216832?s=46&t=msrKFV6CXQV2idBilK6HNg https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account) 「中核派戦士コンテンツを必ず掲載の権力・革マル必読文献」の作成を企み中核派下部構成員とネット「交流」を頻繁に行い、かつ一方では「自民党」と「日共」の両組織内部に「メンバー」として深く潜入し、「自民党が変なことをしたら日共にチクる」等公言するなど、中核派、自民党、日共の「3方向への秘密の接触を展開」していた例のオッサンがついに、 洞口朋子(杉並区で熱演の最中)に「声をかける」ことができる位置まで無言で忍び寄っていた ことが判明、というか自白。(3月30日) このオッサンがどんなツラをして洞口朋子に無言で忍び寄ったのか。少なくとも、中核派が警戒のために録画しているであろう聴衆の面々の記録には残っているはずだ。 >>227 戦前と戦後の日本人のメンタリティが180度変わったことを 私が>>187 >>188 で示しているだろうが 民主主義を偽装し、国家転覆 @WindyPaddy 民主主義を口実に国を破壊し果実をもぎ取る …ソロス本人がそう言っています ジョージ・ソロスは、2015年のアジアソサエティでの対談で、これまでの彼らの手口を暴露したうえで、 次はロシア崩壊を狙っていると言い、そのためにウクライナを利用していると語っていた https://twitter.com/WindyPaddy/status/1570295911246630913?s=20&t=jvHGeJUsILgv-zA7wj7rlw https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account) >>233 あれは 「欲しがりません、勝つまでは の教育の成果で敗戦した不満と不信感から 「精神論なんて糞の役にも立たん と反動が起きて物質至上主義が主流になったからだよな >>235 アメリカ左翼て ハリウッドとか反核デモ隊とか戦争反対とかやで お前ら、3次元物質世界においての人類の本当の対立軸は、ナショナリズム(一般大衆)VSグローバリズム(資本家)だから。 共産主義VS資本主義なんて、どっちもカルト同士の嘘っぱちだから騙されないようにな。 ■知られざる世界権力の仕組み ロスチャイルド&ロックフェラー帝国の全貌 1992年出版(著者)ユースタス・マリンズ■ ●第二章 ソヴィエト・ロシア帝国の誕生と崩壊 P230 ◇ロシア訪問で王室メンバー並みの待遇を受けたオットー・カーンの妻◇ 1920年の1年間に、ロックフェラーは多くの親ソ的な取引に関係した。 スターリンとトロツキーのあいだの権力闘争がのっぴきらなくなっていたので、ロックフェラーは1926年10月に介入し、スターリンを後押ししてトロツキーを追放した。 後の1964年、クレムリンの足並みがそろわなくなった際、ロックフェラー家はふたたび介入し、デイビッド・ロックフェラーがただちにフルシチョフをお払い箱にした。 ジョン・D・ロックフェラーは、お抱えの広報係アイヴィ・リーに指示を出し、合衆国に共産主義を広め、ロシアとの公的関係促進運動をいっそう盛り上げるよう努めた。 その結果、運動は合衆国政府がソヴィエト・ロシアを承認した1933年に最高潮に達した。 1927年、ニュージャージー・スタンダード石油は、コーカサスの石油生産量の50%を扱う約束をとりつけたのち、ロシアに石油精製所を建設した。 ロックフェラーの会社ヴァキューム石油は、ロシア石油のヨーロッパでの販売契約をソヴィエト石油シンジケートとのあいだで締結した。 そして、ロシアに対して7500万ドルの融資を行なった。 ジョン・ムーディは1911年にこう述べている。 「スタンダード石油会社は、実際はもっとも巨大な種類の銀行である。言うならば、企業内銀行である。 ‥‥‥ほかの大銀行が行なっているのとまったく同様に、必要な借り手に多額の金を貸している。 ‥‥‥社名も『スタンダード石油銀行』というほうが通りがよい。ロックフェラー自身は銀行家でもなんでもない。 このことから、スタンダード石油はプロの銀行家たちの指令を受けて動いていたことがわかる」。 まさしく、スタンダード石油の経営は世界でもっともプロフェッショナルな銀行家、すなわちロスチャイルドの指令を常に受けてきた。 したがって、ロスチャイルドはその代理人であるクーン・ローブ商会を通じて「ロックフェラー」の財産を徹底的に監督し続けてきたのである。 1935年、スターリンはロシアにある外国の投下資本の多くを接収した。しかし、スタンダード石油の資産には手を触れなかった。 5ヵ年計画(1928年~32年、1933年~37年、1938年~42年)はいずれも国際的な銀行から融資を受けていた。 1920年代に、ロシアと取引のあった主な会社は、ヴァキューム石油、インターナショナル・ハーヴェスター、ギャランティ・トラスト、ニューヨーク生命などで、 いずれもモルガン-ロックフェラー財閥によって支配されている会社だった。 アーサー・アファム・ポープが書いたリトヴィノフの評伝には、こう記されている。 「1921年3月、英国との貿易協定が締結された。 それには、ロシアが買った機械類の代金として送られる金は、過去の負債の支払いに充てるために没収されないという取り決めがなされていた」。 これによって、英国に送られたロシア皇帝の金は、そのいとこの英王室一家によって没収されないことが保証されたわけである。 1922年7月7日リトヴィノフは、ハーグ会議においてロシア代表団がクーン・ローブ商会のオットー・H・カーンを含む金融業者の大物グループと交渉する予定であることを明らかにした。 1週間後、カーンはハーグ会議に到着して、こう語っている。 「ロシア人との会議は有益な結果をもたらし、ロシアの状況に関する英国、フランス、アメリカの側の見解と政策の統一に向けてさらに前進が見られるだろう」。 その後オットーカーンの妻が1936年にロシアを訪れた際には、まるで王室の一員が訪問しているかのような待遇を受けた。 1922年、チェース・ナショナル・バンクはアメリカ-ロシア商工会議所を設立し、対ロシア貿易および政府のロシア承認の推進に当たらせた。 その議長にはチェース副頭取のリーヴ・スライが就任した。 スライは、ハウ・サウンド、エレクトリック・ボート、ザ・エール社を始めとする多くの会社の役員であり、サンドストランドとアンダーウッドでは会長になった。 また、彼は、1917年から1919年まで合衆国燃料庁の長官も務めている。 彼の息子のリーヴ・スライ二世は、第二次世界大戦中、ドノヴァン将軍指揮下のOSS[戦略事務局、CIAの前身]の大尉であった。 チェースはエクイタブル・トラストとともに1920年代にソヴィエト連邦に対して率先して信用貸しを行なった。 チェースは、アムトルグ[1924年設立、在米のソ連の貿易会社]のメインバンクとしてロシアに対する軍事物資貸与契約による何百万ドルもの資金を扱った。 ■知られざる世界権力の仕組み ロスチャイルド&ロックフェラー帝国の全貌 1992年出版(著者)ユースタス・マリンズ■ 第二章 ソヴィエト・ロシア帝国の誕生と崩壊 P233 ◇ソヴィエトの原子力開発をスタートさせたルーズベルト◇ ルーズヴェルトはソヴィエト支援に全力を尽くした。 おそらくは、大統領補佐官のアルジャー・ヒス、ロックリン・カリー、ハリー・デクスター・ホワイトが3人揃ってソヴィエトのスパイであったことがその理由である。 ヒスの恩師は、かつてJ・P・モルガン商会にいたディーン・アチソンだった。 国務次官補A・A・バーリ二世は、1948年8月30日に下院非米活動委員会に喚問されて、「アチソンは国務省内の親ロシアグループの親分だった」と証言している。 その後アチソンはコヴィントン&バーリング法律事務所の上席共同経営者[社長]となり、共産主義政府9カ国のワシントン法律代理人の地位を会社のために獲得した。 1943年4月29日、経済戦争委員会はニューヨークのケマター社に特別ライセンスを与え、ソヴィエト購入委員会からの注文に応じてウラン酸化物200ポンド、硝酸ウラン220ポンド、 金属ウラン25ポンドといった、当時はまだ事実上世の中に知られていなかった商品を販売することを許可した。 これによって、ソヴィエトの原子力開発計画がスタートしたのである。 1944年1月29日、モスクワ駐在の特別大使W・アヴェリル・ハリマンは、国務省宛てにこう連絡してきた。 「『われわれ』は、ボストンのフォーブズ社が合衆国財務省のために彫刻した通貨印刷原版をロシアに引き渡さなければならない」。 国務省はこの要請に対して何週間も行動をとらないでいた。 3月22日になって、ハリー・デクスター・ホワイトがソヴィエト大使館でグロムイコと会い、原版はかならず届けると約束した。 それからハリマンとホワイトが二人して毎日のように、やいのせいのとせっついたために、ついに1944年4月14日になって原版がソヴィエト連邦に引き渡らせた。 ソヴィエト連邦はそれで3億ドルの通貨を印刷したが、この3億ドルはアメリカの納税者の負担で買いもどされた。 P236 ◇幻のソヴィエト帝国を支えた「冷戦」と「封じ込め」◇ 「冷戦」が始まってからも、金融業者たちはソヴィエトを支援する努力を続けた。 1967年、対ロシア貿易促進のために組合が結成されたことをニューヨーク・タイムズ紙が報じている。 その構成メンバーは、サイラス・イートン[1883年~1979年。実業家。のちに対ソ緊張緩和、反核の提唱者として活動。 反核の科学者会議であるパグウォッシュ会議の開催を後援]のタワー社、 ロックフェラーのインターナショナル・ベーシック・エコノミー社、およびロンドンのN・M・ロスチャイルド&サンズである。 イートンはジョン・D・ロックフェラーの日給2ドルの雑用係を出発点として出発した人物だが、のちにカナダ・ガス電気会社を買収する際には、 最初に仕えたジョン・D・ロックフェラー[1839年~1937年]に資金を融通してもらっている。 イートンは、仕えて間もないころに、ロックフェラーが自分にロシア問題への興味を起こさせたと述べている。 マイク・ウォレスとのインタビューで、イートンは「ソヴィエト連邦の国民は、共産主義体制のもとで完全に満足している。彼らは幸福である。 彼らがいかに幸福で、体制に対していかに献身的であるかを見て、わたしは驚いている」と主張している。 1939年のスターリンーヒトラー協定を真っ先に擁護した一人がイートンであった。 ロスチャイルド家が共産主義の教義と結びつけて考えられることは稀で、むしろ背後に隠れることを好んできた。 ロスチャイルド一族のなかでただ一人、J・P・モルガン商会で丁稚奉公(でっちぼうこう)をしたN・M・ヴィクター・ロスチャイルド[1910~90年]だけは、 ケンブリッジ時代に「アポストルズ・クラブ」に関係したことがある。 このクラブのことを、マイケル・ストレートは「構成メンバーのほとんどが共産主義者であり、同時にホモである」と評している。 このアポストルズ・クラブのよく知られたメンバーに、ガイ・バージェス、ドナルド・マクリーン、 王室絵画管理者のアンソニー・ブラント、および二重または三重スパイのキム・フィルビーらがいた。 第二次世界大戦中、MI5に勤めていたヴィクター・ロスチャイルドは、ベンティンク街五番地にあった自分のロンドンのフラットをバージェスに貸していた。 一方、ヴィクターの母チャールズ・ロスチャイルド夫人は、バージェスを自分の投資顧問として雇った。 ブラントはウォーバーグ研究所の研究員を辞めて、MI5に務めた。 彼は、ヴィクター・ロスチャイルドを自分の叔母のテレサ・メイヤーに紹介した。のちにレディ・ロスチャイルドとなる人である。 ブラントは女王陛下と「親密な」関係であったと、最近いわれている。 ロックフェラー一族は、時としてソヴィエト連邦の名門家族と呼ばれることがある。 1967年にネルソン・ロックフェラーが副大統領に指名されたとき、プラウダ紙はロックフェラー候補に対する批判者を憤然として糾弾した。 ロックフェラーに対する非難は、彼の信用を傷つけるためだけに計画されたものであり、告発の出所は極右組織であると決めつけたのである。 1971年、キエフのダートマス会議に出席したフランク・チャーチ上院議員は、そのとき見聞きしたことの驚きをこう語っている。 「デイヴィッド・ロックフェラーは、わが国では王室の人間をもてなすのと同じような待遇を受けていた。 ロシアの人びとは、自分たちがどれほどロックフェラーを崇めているかを証明しようとするかのようだ。こちらが困惑するほどものすごい。 デイヴィッド・ロックフェラーの飛行機が着陸すると、空港には群衆が出迎えにずらりと並ぶ。 彼のリムジンが通り過ぎるとき、モスクワの通りには群衆が並んで、歓呼の叫びをあげる」 またジョージ・ギルダーは、マルクス主義者たちほどロックフェラーを崇め、おだて、褒めそやすことができるものはだれもいないと述べている。 第二次世界大戦後、ディーン・アチソンはソ連への3億ドルの追加融資を認めさせるために、気違いのように議会工作を行なった。 フレデリック・A・デラノの義理の兄弟エド・バーリングは、アルジャー・ヒスの兄弟のドナルド・ヒスとともに コヴィントン&バーリング法律事務所を設立しており、アチソンはその共同経営者であった。 アチソンの議会工作がロシアへの援助を拡張させることに失敗すると、外交問題評議会(CFR)はその代案として「マーシャルプラン」を立案した。 CFRの機関誌フォーリン・アフェアーズは当時「X」(実はジョージ・ケナン[1904~2005年。ソ連通の外交官・歴史家])の執筆になる「対ソ封じ込め計画」を発表した。 封じ込め政策は1947年以降合衆国のソ連に対する公式な外交政策となったが、この政策はソ連の領土保全を保障するばかりではなく、 ソ連が武力によって抑圧している「虜因国民」を奴隷化し続けることをも保障しているのである。 ヘンリー・ルース[1897~1967年。タイム、フォーチュン、ライフ、スポーツ・イラストレイテッドなどの雑誌を創刊]は 自分の雑誌に国際的革命陽動家のための討論欄を常に提供してきたが、 このときもフォーリン・アフェアーズ誌の1947年7月号に掲載された論文をライフ誌の1947年7月28日号に転載した。 論文の鍵となる文章は、「ソ連に対する合衆国の政策はいずれも、ソ連の拡張主義的傾向に対し、長い目で見て忍耐強く、 しかし断固として警戒を怠らないように封じ込めることを主眼にしなければならない」という一文であった。 ルースのタイム誌は、ケナンを称して「アメリカの主席政策立案者」と持ち上げた。 その後ケナンは、プリンストン高等研究所[1933年設立]の研究員になった。 ケナンには同姓同名のジョージ・ケナンという叔父がいて、彼はこの叔父の名前ももらった。 叔父のジョージ・ケナンは、ボルシェヴィキ革命以前にロシアで長年にわたりジェイコブ・シフのためにマルクス主義スパイとして工作を行い、 最後には皇帝政府によって国外に追放された人物である。 ケナンが筆名に使った「X」は、社会主義工作員たちに好んで用いられた偽名である。1902年には、ニューヨークでジョン・デューイによって社会主義「X」クラブが創立された。 ちなみにデューイの社会主義的教育計画が20世紀のアメリカの教育をずっと支配してきた。社会主義「X」クラブの創立メンバーには、ほかに次の連中がいた。 ジェームズ・T・ショットウェル(国際連盟、国際連合などの創立者) モーリス・ヒルクウィット(ニューヨーク市長への共産主義候補者) チャールズ・エドワード・ラッセル ルーファス・ウィークス(J・P・モルガン配下のニューヨーク生命常務副社長) ■知られざる世界権力の仕組み ロスチャイルド&ロックフェラー帝国の全貌 1992年出版(著者)ユースタス・マリンズ■ 第二章 ソヴィエト・ロシア帝国の誕生と崩壊 P246 ◇幻のネヴァー・ネヴァーランドだった「ソヴィエト帝国」◇ ウォールストリート・ジャーナル紙は1986年3月10日号の論説欄でこう述べている。 「ソヴィエト連邦が武器販売を含む全財源からの外貨収入の年間総計が320億ドルほどしかないのに世界的帝国の地位を保っていることを、 多くの西側の政策決定者はなぜ奇異に思わないのだろうか?」 さらにウォールストリート・ジャーナル紙は、ソ連が長年にわたって銀行間市場で大きな役割を演じてきており、 ソ連が西側に所有する6つの銀行がこうした世界的銀行間資金の流れの主な受益者となってきたことを、次のように指摘している。 「西側におけるソヴィエト所有の大銀行には、北ヨーロッパ商業銀行すなわちパリのユーロ銀行には、北ヨーロッパ商業銀行すなわちパリのユーロ銀行、ロンドンのモスクワ人民銀行、 フランクフルトの東西商業銀行、およびルクセンブルク、チューリッヒ、ウィーンにあるその他の銀行が含まれる。 こうしたソヴィエト所有の銀行に預け入れられた西側の預金総額はおよそ50億ドルに達する」。 何がここで起こっているのか? 西側諸国がソヴィエト所有の銀行に何十億ドルも預金している。共産主義者と資本家のあいだの敵対関係はいったいどこへ行ったのだろうか? その答えは、幻のソヴィエト帝国なるものが存在してきたのは、ネヴァー・ネヴァーランド[現実に存在しない空想上の土地]にすぎなかったということである。 アメリカン・インターナショナル・コーポレーションは、第二次世界大戦まで米ソ間取引に黒幕的な役目を果たし続けたが、 第二次世界大戦時にはW・A・ハリマンがモスクワに陣取ってスターリンの戦争処理に指示を出し、そのお株を奪ってしまった。 スタンダード・アンド・プア社[S&P、マグロウヒルの子会社、各種統計サービスおよび出版業]が、1982年に明らかにしたところによれば、 アメリカン・インターナショナル・グループ社は資産34億ドルの保険持株会社で、その法律事務所はサリヴァン&クロムウェルである。 この保険持株会社は、CIAの対アジア工作の一環であったコーネリウス・V・スター保険のサービス網をもとにつくられた会社である。 アメリカン・インターナショナル・グループ社の現在の役員には次の人びとが入っている。 ○ハリー・カーンズ(アイゼンハワー-ニクソン大統領選出委員会議長、1969~1973年輸出入銀行総裁、現アメリカ・アジア銀行会長) ○ウィリアム・L・ヘンプヒル(ユナイテッド・ギャランティ社長、コーン・ミルズ役員[ヘンプヒル家はJ・P・モルガンと長年同盟関係にある]) ○ダグラス・マッカーサー二世(外交官) ○ジョン・I・ハウエル(J・ヘンリー・シュローダー銀行会長、ロンドンのシュローダー社会長) ○エドウィン・A・グランヴィル・メンティン(英国人、1946~1979年アメリカン・インターナショナル会長、現在スター財団理事) ○J・ミルバーン・スミス(ロンドンのロイズの理事) W・アヴェリル・ハリマンのようなアメリカの著名な実業家や政治指導者たちは、親ソ的な活動をわざわざ隠そうともしない。 駐米ロシア大使のドブルイニンは、ヘンリー・キッシンジャーの二重の役割に触れて、 「わたしは第三者として微笑みながらじっとして座っているんだ。キッシンジャーがわれわれの代わりにも交渉してくれるからね」といっている。 ロシアの独裁者ブレジネフは、どうしてソ連は中東和平に一枚噛まないのかと聞かれて、 「わが国の代表を送る必要がないからだ。中東ではキッシンジャーがこちらの人間なのだ」と答えている。 ■知られざる世界権力の仕組み ロスチャイルド&ロックフェラー帝国の全貌 1992年出版(著者)ユースタス・マリンズ■ ●第二章 ソヴィエト・ロシア帝国の誕生と崩壊 ★P251 世界権力の計画に盲従させる役目を担うCIAとFBI 連邦政府が武装した連邦警察、IRS(内国歳入庁)、FBI(連邦捜査局)、BATF(財務省アルコール・タバコ・火器局)、CIA(中央情報局)を使う目的はただ一つ、 テロによってアメリカ国民を世界権力の計画に盲従させるためである。 ほとんどのアメリカ人はこれまでに、FBIが関心を持っているのは共産主義と闘うことではなく、 アメリカの反共産主義者を叩きつぶすことなのだという苦々しい思いを否応なく抱かざるをえなかった。 いまやアメリカ人は、IRSの武装テロ集団としての機能が(政府はなんら必要としていない)資金を集めることではなく、 世界権力の計画の一部として、アメリカの市民から金を力ずくで巻き上げることだけを目的とすることに気づいている。 その意図は、アメリカ人を貧困化しテロで痛めつければ、その結果として無気力になり、 世界権力に抵抗するために団結できなくなるだろうということなのである。これが1984年の計画である。 世界権力の5人のご主人様たち[下巻・第9章330ページ参照]は、これ以外の計画を立てたとしても、 いまごろ世界戦争か世界的経済崩壊、もしくはその両方に至らざるをえない状況をつくり上げていただろう。 進行中の世界闘争における次なる敵対者として、30年をかけてソヴィエト連邦を増強してきたことについて、 スラリー・ブラットニクはフォーブス誌の1983年11月7日号で、次のように述べている。 「ニューヨークのさる裕福な弁護士は、有価証券資産としてマグダネル・ダグラス、レイセオン、ゼネラル・ダイナミックスのかなりの株を保有していたが、 『ちょっと考えただけで、気になってしょうがないんだが、軍縮競争で年間5%の削減をしようというアメリカ側の提案にロシア人が本気で応じようと決断したら、 いったいどうなるんだろう?いったんわが国が戦略兵器の削減を始めたら、防衛関連株に比べればハイテク株のほうが安定して見えるだろう。 フォーチュンのコンピューター・システムでわしは60%も損をしたが、これがこの先起こる事態のヒントになるかもしれんな』と語ったことがある」。 世界権力は「世界奴隷化」計画以外に、宗教的・政治的・経済的な計画をまったくもっていない。 寄生体は考えうるあらゆる抵抗を排除すること以外に宿主に取り憑こうとする立場を確保できない。 世界権力は、どんな思想に対しても、一方でその思想を宣伝する無数の団体を設立し、 その団体に徹底的に対抗するもう一つの団体を設立して互いに戦わせようとする[いわゆる両建て主義]。 しかし、世界権力のご主人様たちは、世界の奴隷化以外には本気になることはないのである。 まさに、R・E・マクスターがリーパー誌で次のように書いているとおりだ。 「国際共産主義の目標は、西側の国際的債務資本主義を打倒することではない。国際共産主義の目標は、 西側の国際的債務資本主義の依頼を受けて、人類を奴隷化することなのである」。 これこそ、現在の世界の状況について、われわれが知りうることのすべてであり、そして知らなければいけないことのすべてなのである。 アメリカで左翼は文系インテリの代名詞だよな 人気の左翼メディアはABC、CBS PBS、NPRとかな 右翼メディアはFOXや統一教会の超マイナーなワシントンタイムズ(ワシントンポストじゃないよ) ■知られざる世界権力の仕組み ロスチャイルド&ロックフェラー帝国の全貌 (著者)ユースタス・マリンズ 1992年出版■ 第二章 ソヴィエト・ロシア帝国の誕生と崩壊 P254 ◇1917年にロシアはイングランド銀行の植民地として合衆国に編入された◇ 1985年に本書『世界権力』の第一版を刊行した際に、「ソ連の驚異」にほぼ 全面的に依存している合衆国経済のために、わたしは最悪のケースを想定した理論を仮定しておいた。 すなわち、ロシアに革命が起これば、それはとりもなおさず合衆国経済の崩壊を意味することになるというものであった。 1992年の今日。 これまでにわれわれが見届けてきたのは、ソヴィエト帝国が崩壊し、合衆国経済はガタガタの状態にあるということだ。 当然ながら、ブッシュと結託する政府高官たちは、二つのできごとのあいだにはなんの関連もないといってアメリカ人を納得させようと躍起になっている。 だが実際には、ソヴィエト帝国なるものは、絶えて存在したこともない幻の帝国なのである。 ロマノフ家の統治のもとに確かにロシア帝国は存在した。 しかし、歴史上最大の強盗事件が起こり、「共産主義者」と自称する殺し屋どもに 世界最高の大金持だった皇帝ニコライ二世が財産を強奪され、家族ともども虐殺された。 そのあと、世界中の御用新聞を総動員して圧倒的なまでの一大宣伝活動が展開され、 「共産主義は存在する」「ソヴィエト帝国は存在する」と必死にわれわれを納得させようとしてきたのだった。 わたしは本書において、アメリカ人とりわけアメリカの納税者たちが「ソヴィエト」に財政援助をはじめとする種々の援助を行なってきたこと、 しかもその援助が1917年以来今日まで一貫して行われていることを詳しく説明してきた。 今日ブッシュ大統領は藪(ブッシュ)を叩いて、ロシアへの何千億ドルもの追加援助を引き出そうとしている。 まことに、「天が下に新しきことなし」(『旧約聖書』「伝道の書」)である。 ブッシュ大統領はただ、ジョージという名前を譲り受けた祖父のジョージ・ハーバート・ウォーカーが打ち立てた伝統を、いま実行しているにすぎない。 ブッシュの祖父は、ボルシェヴィキ革命を資金援助するために設立したウォール街の会社アメリカン・インターナショナル・コーポレーションの役員になったのだった。 それでは、1917年にロシアでほんとうはなにが起こったのだろうか? 当時モスクワにいた英国特殊情報部(SIS)のスパイたちの隠密の活動によってロマノフ政府が転覆され、一植民地政府が樹立されたということなのである。 つまり、1917年にロシアはイングランド銀行の一植民地として合衆国に編入されたのである。 ロシア皇帝の財産は、数ある使徒のなかでもとりわけ、1億4400万ドル分の連邦準備銀行の株式を購入するために使われた。 今日、その株式の正当な所有権者はロマノフ家の法定相続人なのだ。 P255 ◇ロシアの経済規模はCIAの統計数字の10分の一にすぎなかった ジョージ・オーウェルは『1984年』のなかで、1984年の世界を描いてみせた。 その世界では敵対する二つの勢力が、不断の敵対関係にあって戒厳令を継続しているが、互いに戦争には突入しない。 実際の『1984年』の世界は、一方の主役である合衆国が弱体化されて、もうこれ以上は敵に助成金を出す余裕がなくなるまで続いた。 「共産主義の脅威」の掛け声に踊らされたアメリカの納税者たちが世界権力の手先たちによって略奪され、裏切られて、 もはやロシアの共産主義のために金を出す余裕がなくなったということなのである。 ペテンが危うくバレそうになったのは、バージェス-マクリーン事件のときであった。 この英国スパイ二名はロシアに「亡命」し、続いてこの二名の統制官だったキム・フィルビーも亡命してKGB(国家保安委員会)の中将となった。 この事件は舞台裏の光景をすんでのところで暴露しそうになった。 舞台裏の世界では、英国SIS(特殊情報部)とモサド、KGB、CIAがそれぞれ独自のおとぎの国に住んでいて、 この世界には、味気のない現実が立ち入ることはけっして許されなかった。 それでは金融業者たちはなぜ、こうしたペテンにうつつを抜かしたのだろうか?それは、ごく単純な経済的な理由からである。 1917年以来ロシア国民の巨大な富と潜在的な生産性は世界の目に触れないように隠されてきた。 偉大なる競争相手は手錠をかけられ、刑務所送りになっていたのだ。 世界の陰謀家たちが今日直面している問題は、どうやってロシアを抑えつけたままにしておこうか?ということなのである。 この茶番劇がグレートホワイトウェー[ニューヨークのブロードウェー中ほどの劇場集中地区]で これほどのロングランを続けた理由の一つは、CIAがニセのロシア像をせっせと売り込んだからだ。 われわれも現在は知っているが、ロシア経済の規模はCIAが合衆国政府役人に提供してきた年間統計数字の10分の1にすぎなかった。 ヘンリー・ローウェンやチャールズ・ウルフなどの金融評論家が ソ連の生産高は合衆国の3分の1以下などと論じると、CIAの統計専門家たちが大声で反対して黙らせてきたのだ。 ロシアが崩壊の兆しを見せると、世界権力の指導者たちが急遽モスクワに派遣されて破滅を食い止めようとした。 ブッシュ大統領みずから日米欧三極委員会(TC)に代わって独裁体制を温存するために何度もモスクワを訪問した。 1991年8月1日にキエフでブッシュは、「ソ連はいま自己を改革しているところなのだから」善良なソヴィエト市民たれとウクライナ人に勧告した。 その18日後にソ連は崩壊した。TCにとってはさぞや大打撃だったことだろう。 ジョージ・ブッシュのゴルバチョフに対する愛情をもってしても、歴史的事実を覆い隠すことはできなかった。 つまり、アメリカ人納税者から取り立てたカネをワシントンから恵んでもらって生きのびてきた「悪の帝国」は、1917年から1990年まで一度も存在しなかったという事実である。 合衆国が景気後退に陥ったときソヴィエト・ロシアも同時に崩壊したことが、それを如実に物語っている。 アメリカ右翼が多いのは特に南部州(最後まで奴隷制を支持していたあたり) 今もKKK(クークルックスクラン)ていう黒人狩り秘密結社がある地域な 低学歴や農場関係者が多いよな ホワイトトラッシュ(白いゴミ)て言われがち ブッシュ大統領はソヴィエトのKGB体制を救済するため、あまりに何度もロシアを訪れたので、自国での大統領再選に深刻な影響を受けている始末である。 ブッシュは何ヶ月も懸命になってゴルバチョフを世界権力のKGBの手下として権力の座にとどめようと尽力した。 ブッシュはボリス・エリツィンをせせら笑い公然と馬鹿にする一方で、ゴルバチョフをやたらと褒めそやした。 1991年12月26日の全国民向け挨拶で、彼はこう言った。 「ミハイル・ゴルバチョフが長年にわたって継続してきた世界平和への貢献と、彼の知性、洞察力、そして勇気に対し、わたしは彼に感謝の気持ちを申し述べたいと思います」 これより前の1991年10月30日にUSAツゥデー紙は、ブッシュの言葉を引用している。 ロシアで日々追放の危険に直面しているゴルバチョフに「君はまだ主人なのだ」と言って安心させたというのである。 ロシア国民はTCを代表するブッシュの推薦を無視してエリツィンを選んだが、エリツィンは世界権力の野心的なスパイたちによって瞬く間に包囲されてしまった。 年をとって信用をなくしたトロツキストたちが、隠れ家からのこのこと這い出してきて、「おれたちはまだ大物なんだぞ」とわめいている。 ワシントン・ポスト紙は、エリツィンのアメリカ代理人を自称する者たちの名前をいくつか挙げている。 その一人がアレン・ワインシュタインで、彼は「ワシントンのエリツィン派」を自称している。 さらに、パロアルトのフーヴァー研究所の大勢の難民たちがいる。 ワシントンDC出身のO・ロイ・チョークという名前の路面電車運転手も自称エリツィンの代理人である。 中核派サイトでオンラインワークショップみたいなサイト作って欲しい 共鳴する人が増えるんじゃね? 訂正 中核派サイトでオンラインワークショップみたいなサイト作って欲しい 共鳴する人の参加が増えるんじゃね? 北欧社会主義良いんじゃね? 世界で最も幸福な国ランキング・トップ10 [2023年版](海外) [首都圏の虎★] https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1680398890/ >>262 世界都市ランキングも竹中平蔵がやってたし、 嘘吐きDS一味がやっているランキングなんか無意味よw 竹中のだったかw これもあるよ 【少子化】「子供は“嗜好品”“贅沢品”」…結婚・子供を諦め始めた若者たち ★3 [おっさん友の会★] https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1680401482/ 戦前の日本て身分社会の封建制度だろ そんなタリバン社会にタイムトリップしたくないわ 日中戦争のシナリオを話すDSの重鎮ジョージ・ソロス 「改憲し(緊急事態条項)海外参戦が必要。 改憲し海外参戦出来る国になる事が日中戦争に必要不可欠」 DSにとって日本はアメリカの植民地にしておく必要があるから憲法9条改正ではなく緊急事態条項を成立させて、 ウクライナと同様に日本を代理で戦争させるわけです。 https://twitter.com/mama111777/status/1556189162835185665 https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account) >>266 江戸時代までは確かにそうだったとも言えるがな 民主主義を偽装し、国家転覆 @WindyPaddy 民主主義を口実に国を破壊し果実をもぎ取る …ソロス本人がそう言っています ジョージ・ソロスは、2015年のアジアソサエティでの対談で、これまでの彼らの手口を暴露したうえで、 次はロシア崩壊を狙っていると言い、そのためにウクライナを利用していると語っていた https://twitter.com/WindyPaddy/status/1570295911246630913?s=20&t=jvHGeJUsILgv-zA7wj7rlw https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account) >>268 つか明治に儒教取り入れて家制度で縛りまくった 最下層が女子供で人権がなく、しつけのために女子供を殴り殺してokだった それ。儒教は権力者が都合よく自分ら以外を奴隷化し支配するための洗脳ツール >>264 壺教祖「日本人口を半減させてやりたい ↓ 自民党小泉進次郎「日本の人口は半分ぐらいがちょうど良い >>271 よくもそんなデタラメが言えるな。 嘘も100回言えば真実になるの47チョン魂じゃないか。 >>271 これがお隣の国にある本物の儒教国家だ 当時の朝鮮半島と日本と朝鮮半島の関係、日本の朝鮮半島に対する姿勢を、第三者であるイギリス人女性の客観的な視点から書かれた朝鮮紀行 ~英国婦人の見た李朝末期。 この書が発行されたのは1897年のために、戦後の歴史観を捻じ曲げた戦勝国、東京裁判史観、連合国史観の入る余地が当然なく、 著者であるイザベラ・バード自身が見て感じた事実が正確に記述されているために、戦後に戦勝国、連合国や韓国、中国によって創られた嘘、捏造まみれの歴史などとは まったく比較にならない貴重な歴史的資料である。 朝鮮紀行 ~英国婦人の見た李朝末期 著者=イザベラ・バード http://rakukan.net/br01.html 『朝鮮紀行』(ちょうせんきこう、Korea and Her Neighbours)はイザベラ・バードが1894年(明治27年)から1897年(明治30年)にかけて、 4度にわたり末期の李氏朝鮮を訪れた旅行の記録。当時の朝鮮の風俗、社会、政治情勢などを知ることのできる歴史的資料である。1897年に出版された。 以下「朝鮮紀行」より、重要な部分を抜き出し引用しました。 (P32) 朝鮮の言語は二言語が入り混じっている。知識階級は会話のなかに漢語を極力まじえ、いささかでも重要な文書は漢語で記される。 とはいえそれは1000年も昔の古い漢語であって、現在、清で話されている言語とは発音がまるで異なっている。 朝鮮文字である{ハングル}は、教養とは漢籍から得られるもののみとする知識層から、まったく蔑視されている。 (P58) 城内ソウルを描写するのは勘弁していただきたいところである。北京を見るまでわたしはソウルこそこの世でいちばん不潔な町だと思っていたし、 紹興〈シャオシン〉へ行くまではソウルの悪臭こそこの世でいちばんひどいにおいだと考えていたのだから!都会であり首都であるにしては、 そのお粗末さはじつに形容しがたい。礼節上二階建ての家は建てられず、したがって推定二五万人の住民はおもに迷路のような横町の「地べた」で暮らしている。 路地の多くは荷物を積んだ牛どうしがすれちがえず、荷牛と人間ならかろうじてすれちがえる程度の幅しかなく、 おまけにその幅は家々から出た固体および液体の汚物を受ける穴かみぞで狭められている。 悪臭ぷんぷんのその穴やみぞの横に好んで集まるのが、土ぼこりにまみれた半裸の子供たち、 疥癬〈かいせん〉持ちでかすみ目の大きな犬で、犬は汚物の中で転げまわったり、ひなたでまばたきしている。 (P64) 南山の斜面には簡素で地味な白い木造の日本公使館があり、その下には茶屋、 劇場をはじめ日本人の福利に不可欠なさまざまな施設を備えた、人口ほぼ5000人の日本人居留地がある。 ここでは朝鮮的なものとはきわめて対照的に、あくまで清潔できちょうめんで慎ましい商店街や家々が見られる。 女は顔を隠していないし、着物に下駄ばきの人々は日本と同じように自由に動きまわっている。 ここではまた下っぱの兵士や憲兵、それにスマートな帯剣の将校も見られる。 将校は一定間隔で警備を交代するが、朝鮮では反日感情が根づよいためこのような警戒が必要で、 日本公使館員が戦いをまじえつつ海まで逃げざるをえなかったことが二度あった。 (P83) ある意味でソウルは朝鮮そのものである。 土壁のあばら家や軒の深い茶色の屋根、汚物をたたえて緑色にぬめり悪臭を放つどぶのある、 ソウルのみすぼらしいひとつをとっても、地方のどんな町や村にもある通りの典型だといえる。 (P85) 朝鮮人にとって、ソウルは生活に値する唯一の場所なのである。 とはいえ、ソウルには芸術品がまったくなく、古代の遺物はわずかしかないし、公園もなければ見るべき催し物も劇場もない。 他の都会ならある魅力がソウルにはことごとく欠けている。古い都ではあるものの、旧跡も図書館も文献もなく、宗教にはおよそ 無関心だったため寺院もないし、いまだに迷信が影響力をふるっているため墓地もない! ソウルには公認の寺院がひとつもなく、清国や日本のどんなみすぼらしい町にでもある、堂々とした宗教建築物の与える迫力がここにはない。 (P111) 小集落はべつとして、漢江沿いの村々には学校がある。ただし学校といっても私塾である。 家々でお金を出し合って教師を雇っているが、生徒は文人階級の子弟にかぎられ、学習するのは漢文のみで、 これはあらゆる朝鮮人の野心の的である官職への足がかりなのである。ハングルは軽蔑され、知識階級では書きことばとして使用しない。 (P137) 朝鮮の災いのもとのひとつにこの両班つまり貴族という特権階級の存在があるからである。 両班はみずからの生活のためには働いてはならないものの、身内に生活を支えてもらうのは恥とはならず、 妻がこっそりよその縫い物や選択をして生活を支えている場合も少なくない。 両班は自分ではなにも持たない。自分のキセルすらである。 両班の学生は書斎から学校へ行くのに自分の本すら持たない。慣例上、この階級に属する者は旅行をするとき、 おおぜいのお供をかき集められるだけかき集めて引き連れていくことになっている。 本人は従僕に引かせた馬に乗るのであるが、伝統上、両班に求められるのは究極の無能さ加減である。 従者たちは近くの住民を脅かして飼っている鶏や卵を奪い、金を払わない。 (P170) そして悪魔祓いの儀式が終わったあと、その一部が病を治す薬として病人に与えられるが、往々にしてこれは病状を深刻に悪化させる。 なにしろ腸チフスや赤痢にかかった病人に豚肉やキムチを食べさせるのである! (P211) 日本と土壌がきわめてよく似ているのだから、しかも朝鮮は気候には日本よりはるかに恵まれているのだから、 行政さえ優秀で誠実なら、日本を旅した者が目にするような、ゆたかでしあわせな庶民を生みだすことができるであろうにと思う。 長安寺から元山にいたる陸路の旅のあいだには、漢江流域を旅したときよりも朝鮮人の農耕法をを見る機会に恵まれた。 日本人のこまかなところにも目のいく几帳面さや清国人の手のこんだ検約ぶりにくらべると、朝鮮人の農業はある程度むだが多く、しまりがない。 (P223) 日中のいちばん暑い盛りにわたしたちは発展中で活気のある町元山の、汚れて狭い路地とでこぼこした商店の屋根がひしめき合う街道に着いた。 路地の悪臭はすさまじく、土ぼこりはまったくひどいもので、哀れな犬は大量にいる。また大量のしたたる肉片がひなたで黒ずんでいくのには完全に胸が悪くなった。 屠殺方法のちがいが肉をこうさせてしまうので、ソウルでもほかの町でも外国人は肉は日本人の肉屋で買わざるをえない。 以下略 わたしたちは朝鮮国内で最も整然として魅力的な街に入っていた。1880年に日朝貿易に対して、1883年に海外貿易全般に対して開港した元山条約港の日本人街である。 通りは広くて手入れが行き届き、波止場は整然とし、家々はこぎれいかつ丈夫で、つんと取り澄まして諸事にうるさい日本人の性格をあらわしている。 和洋折衷の大きくてとても目立つ日本領事館、日本郵船会社「NYK」の社屋、定評のある日本の銀行、こぎれいな読書室のある税関の建物、 西洋の品物が手軽な値段で購えるこぎれいな日本の商店、洋装の教師のいる大きな学校、ちょこまか動くと矮人の男たち、 歩き方はぎくしゃくとしているもののベールなどで顔を隠さない、しとやかな女たち。こういったものを特徴とするこの気持ちいい日本人居留地は、 幸運にも歴史を持たず、その発展は急速ではないものの、平和でおだやかで、朝鮮その他の外国との軋轢に損なわれてはいない。 先ごろの戦争「日清戦争」ですら、清国領事とわずかにいたその同国人を退去させたとはいえ、それは人口からいえば微々たる数で、この街にはこれといった爪痕を残さなかった。 例外といえば、日本人の支払う膨大な賃金のおかげで、荷役夫が穴あき銭(朝鮮の唯一の通貨)ではなく円でギャンブルができるようになったことくらいである! (P265) 同日、日本は清に対してみずからも進軍の意志があることを明らかにした。清国軍葉提督は3000の兵を率いて牙山に上陸し、また日本軍は済物浦とソウルを武力で占領した。 急送外交文書で清は二度朝鮮を「わが国の属国と」と呼んでおり、これに対して日本は、大日本帝国政府は朝鮮を清の属国と認めたことは一度としてないと答えている。 ついでに朝鮮の統治に関して、日本から次の三項目を日清合同で行ってはどうかという提案があった。①財政管理の調査、②中央官吏、地方官吏の選定、 ③国防および国内平和維持を目的とする訓練を受けた軍隊の創設、がそれである。 これに対して清は、朝鮮は自力で更生すべきであり、日本軍はいかなる折衝も求めず撤退すべきであると答えたが、日本軍はこの提案を拒絶し、 7月14日、軍をこれ以上朝鮮に送れば、好戦的と行為とみなすと清に通告した。7月20日、日本は朝鮮国王に対し清国軍への撤退命令を要求し、 それに応じなければ、「決定的手段」を講ずると威嚇した。 7月23日、かねてから威嚇していたとおり「決定的手段」に訴えて王宮を教習占拠し、事実上国王を幽閉してしまった。 7月30日の時点ですでに朝鮮は清との協定を破棄すると宣言したが、これはすなわち自国に対する 清国の宗主権をもはや認めないと言っているのと同じである。8月1日、宣戦が布告された。 1894年8月1日に宣戦が布告されると、事態は急速に悪化した。日本が制海権を完全に掌握していたため、清国軍は満洲を通って進軍せざるをえず、 吉林、チチハルその他の北部都市から集めた、訓練を受けていない満州族兵士が一日1000人の割りで奉天を通過していった。満州族兵士は南進する途中、 手当たり次第にものを略奪し、料金も払わずに宿屋を勝手に占領し、宿の主人をなぐり、キリスト教へのというより西洋文明への反感からキリスト教聖堂を荒らした。 (P274) 日本軍が渤海沿岸に上陸したといううわさが流れ、極東ではほぼ二週間にわたってこのうわさが信じられた。 以下略 大海戦が勃発するといううわさが毎日のように飛ぶなかで、何週間かかけてウラジオストク行きの汽船を探したが、ようやく見つかったのは、 乗客ひとりだけならとしぶしぶ応じてくれたドイツの小型船しかなかった。そして悪天候にもまれた船で快適とは程遠い5日間をすごしたのち、 ちょうど菊が満開の季節を迎え、まっ赤な紅葉の燃えるように美しい長崎で、わたしはそれまでとはがらりと変わった気持ちのいい一日を味わった。 照明もあり、清潔で、完璧なまでに治安もよく、道路には穴ぼこもごみの山もない、矮人と人形のこぎれいな街は、清国のほとんどどの都市ででも外国人居留地の 外に出さえすれば見られる、吐き気を催すような不潔さやみすぼらしさとは、胸のすく対照を示していた。 (P289) ロシア領満州を訪れた主な目的は、ロシア国旗のもとに安住の地を求めた推定2万人におよぶ朝鮮人はどうしているのか、 というずっと気にかかっていた疑問を自分の手で調べてと解くところにあった。 (P319) 日本軍に敗れた清国軍と清国人は撤退して清に変わり日本が実質的な支配権を得た朝鮮 シーズン最後の日本の汽船でウラジオストクを発ったわたしは、元山で二日すごした。元山はほとんど変わっておらず、 変化といえば、町並みのむこうの山が雪をかぶっていること、朝鮮人が戦時中に日本人の払ったとほうもない労賃で裕福になったこと、 商取り引きに活気があること、木造の哨舎に日本人の番兵が立って平穏な通りを警備していることくらいだった。 以下略 1895年1月5日、長崎を経由して済物浦に着くと、港は前年6月の喧騒や活気と奇妙なコントラストを見せていた。 以下略 かつて大きな商店が立ち並び、雑踏にあふれ、取り引き交渉のわめき声が騒々しく、昼夜分かたず太鼓や銅鑼や爆竹の音が鳴りやまなかった清国人居留地は、 森閑として人気がなくイータイに着くまで清国人には一人も出会わなかった。 一軒の商店が思い切って商売を再開していた。夜間には雑踏のざわめきや物音や照明や浮かれ気分の代わりに、 閉ざした鎧戸の向こうからかすかなあかりがさびしくもれてくるばかりだった。 日本軍による占領は済物浦のこの区域を中世の悪疫のように壊滅してしまったのである。 日本人街と海岸沿いは殷賑をきわめていた。浜には入ってきた貨物と出て行く貨物が積みあげられている。 通りは荷物を積んだ牛やクーリーが大量に行き交うばかりか、山積みにした豆や米を路上で計っては袋につめているので、 人がやっと通れる混雑ぶりである。物価は高く賃金は2倍以上になっており、「搾取」はなくなって朝鮮人は自発的に働いていた。 わたしは馬でソウルに向かった。雪が降りどおしに降っていた。お供がいらないほど事案はよく、オリコルまでは馬夫もつけなかった。 途中、私が立ち寄ったのは日本の郵便局で、情勢の変化をなにも知らずに郵便局に入ったわたしは、親切な日本兵に迎えられ、お茶と火鉢でもてなされた。 ソウルにいたる道路は境界に日本の測量技師の手で鉄道敷設用の杭が打ってあり、荷物を運ぶ人と牛が頻繁に行き来していた。 (P322) その前年の冬の不況は終わっていた。日本は支配的な立場にあった。この首都に大守備隊を置き、内閣の要人数名が国の名代として派遣され、日本の将校が朝鮮軍を訓練していた。 改善といって語弊があるなら変化はそこかしこかにあり、さらに変化が起きるといううわさがしきりにささやかれていた。表向き王権を取り戻した国王はそのような状況を容認し、 王妃は日本人に対して陰謀をいだいているとうわさされたが、井上馨伯爵が日本公使を努めており、伯爵の断固とした態度と臨機応変の才のおかげで表面上は万事円滑に運んでいた。 1895年1月8日、わたしは朝鮮の歴史に広く影響を及ぼしかねない、異例の式典を目撃した。 朝鮮に独立というプレゼントを贈った日本は、清への従属関係を正式かつ公に破棄せよと朝鮮国王に迫っていた。 官僚腐敗という積年の弊害を一掃した彼らは国王に対し、<土地の神の祭壇>前においてその破棄宣言を準正式に執り行って朝鮮の独立を宣言し、 さらに提案された国政改革を行うと誓えと要求したのである。小事を誇張して考える傾向のある国王は自分にとってきわめて嫌悪を感じさせるこの誓告をしばらく延期しており、 式典の前夜ですら、代々守ってきた道をはずすことはならぬと祖先の霊から厳命される夢を見て、式典執行におびえていた。 しかし井上伯爵の気迫は祖先の霊を凌駕し、北漢山のふもとの鬱蒼とした松林にある、朝鮮で最も聖なる祭壇において、王族と政府高官列席のもとに誓告式は執り行われた。 (P327) 現在朝鮮の改革は日本の保護下ではおこなわれていないとはいえ、進行中のものはほとんどどの段階においても 日本が定めた方針に則っていることを念頭に置かなければならない。 日日新聞は井上伯が朝鮮に関し「王室と国しかわたしの眼中にはなかった」とい述べたと報じている。 1895年当初においてはこのような結論が正当だったのであり、おなじ結論に達したわたしは井上伯のように申し分のない権威に擁護されていることをうれしく思う。 (P342) 1895年1月、ソウルは奇妙な状態にあった。「旧秩序」が変わりつつあるのに、新しい秩序は生まれていなかった。 陸海戦ともに勝利した日本は、戦前、清に協力を要請していた国政改革を朝鮮に強要する態勢にあった。 1894年7月に日本軍が王宮を占拠して以来、国王は「棒給をもらうロボット」にすぎず、またかつて権勢を誇った閔一族は官職から追放されていた。 日本は全省庁の監督責務を引き受け、腐敗した行政官に公正を強いる構えでいた。 1894年9月17日、平壌で清国軍を敗退させた日本に、目的実行をはばむものはなにもなかった。 以下略 とはいえ、改革事業は予想をはるかに超えて難航し、井上伯がほぼにっちもさっちもいかない状態であることは明らかだった。 伯爵は「使える道具が何もない」と考え、それをつくれたらという希望のもとに、上流階級の子弟多数を2年の予定で日本に留学させた。 最初の1年は勉学に努め、次の1年は官庁で実務の正確さと「道義の基本」を学ばせるのがねらいである。 以下略 朝鮮人官僚界の態度は、日本の成功に関心を持つ少数の人々をのぞき、新しい体制にとってまったく不都合なもので、改革のひとつひとつが憤りの対象となった。 一般大衆は、本当の意味での愛国心を欠いているとはいえ、国王を聖なる存在と考えており、国王の尊厳が損なわれていることに腹を立てていた。 官吏階級は改革で、「搾取」や不正利得がもはやできなくなると見ており、ごまんといる役所の居候や取り巻きとともに、 全員が私利私欲という最強の動機で結ばれ、改革には積極的にせよ消極的にせよ反対していた。 政治腐敗はソウルが本拠地であるものの、どの地方でもスケールこそそれより小さいとはいえ、 首都と同質の不正がはびこっており、勤勉実直な階層ををしいたげて私腹を肥やす悪徳官吏が跋扈していた。 このように堕落しきった朝鮮の官僚制度の浄化に日本は着手したのであるが、これは困難きわまりなかった。 名誉と高潔の伝統は、あったとしてももう何世紀も前に忘れられている。 公正な官吏の規範は存在しない。日本が改革に着手したとき、朝鮮には階層が二つしかなかった。盗む側と盗まれる側である。 そして盗む側には官界を膨大な数の人間が含まれる。 「搾取」と着服は上層部から下級官吏にいたるまで全体を通じての習わしであり、どの職位も売買の対象となっていた。 以下略 かくして「旧秩序」は日本人顧問の圧力下で日々変化を見せており、概してその変化は良い方向を目指したものであったとはいえ、 制定ずみもしくは検討中の改革の数があまりに多いため、なにもかもが暫定的で混沌としていた。朝鮮は清と日本のあいだで「迷って」いた。 清が勢いを盛り返したら「憎まれる」のではないかと、日本の提案する改革に心から同意することもできず、 また日本の天下がいつまでもつづくのではないかと思えば、改革に積極的な反対もできなかったのである。 (P350) わたしが朝鮮を発った時点での状況は次のようにまとめられよう。日本人は朝鮮人を通して朝鮮の国政を改革することに対し徹頭徹尾誠実であり、 じつに多くの改革が制定されたり検討されたりしていた。また一方では悪弊や悪習がすでに排除されていた。国王はその絶対君主権を奪われ、 実質的には棒給をもらう法令の登録官となっていた。井上伯が「駐在公使」の地位にあり、 政治は国王の名において10省庁の長官でなる内閣に司られていたが、その中には「駐在公使」の指名する者が数人含まれていた。 (P364) 王妃暗殺からほぼ1ヶ月、王妃脱出の希望もついえたころ、新内閣による政治では諸般の状況があまりに深刻なため、各国公使たちは井上伯に訓練隊を武装解除し、 朝鮮独自の軍隊に国王の信頼を得るに足るだけの力がつくまで日本軍が王宮を占拠するよう勧めて、事態を収拾しようと試みた。 日本政府がいかに列強外交代表者から非難を受けていなかったかが、この提案からわかろうというものである。 しかし井上伯は日本軍は武装して王宮を再度占拠するという方策は、国王の身の安全を確保するという目的のためとはいえ、 重大な誤解を受けやすく、またきわめて深刻な紛糾を招きかねないと考え、即答を避けた。 列強が日本に対してはっきりと要求しないかぎり、このような発案が考慮されるはずはなかった。 電信機が待機し、しかるべき根回しが行われ、11月7日に北部への旅行に発ったわたしは、平壌に着いたとき、 諸外国公使の見守る中で重大なクーデターが首尾よく遂行されたというニュースが待っているものと思っていた。 ところが日本は井上伯と新公使の小村氏がふたりして働きかけたにもかかあらず、王宮占拠を行わず、訓練隊は相変わらず権勢を誇り、国王は軟禁されたままだった。 なかでも日本の干渉を最もつよく勧めたのはロシア公使なのであるから、日本が各国公使の提案を受け入れていれば、 現在のようにロシアが朝鮮に対して圧倒的な影響力を持つような事態も避けられたのではあるまいか。 たしかにロシア政府は訓練隊を武装解除させて国王を守るよう日本にはっきり要求したのである。 その要求を断った日本政府が結果的にロシアに干渉を許してしまうことになるのも身からでたさびといわざるをえない。 11月のあいだに新しい国策に対する不満は朝鮮国中で増大し、情勢は緊迫の度を深めた。 各国代表ばかりでなくあらゆる階層の国民から、10月8日の事件を調査すべきだ、王妃はどこかに身を隠しているという作り話でごまかすなという声が高まり、 内閣もしぶしぶ何らかの手を打たねばならなかった。 (P404) 平壌は猛襲を受けたわけではない。市内では実際の戦闘はなく、敗退した清国軍も占領した日本軍も朝鮮を友邦として扱っていた。 この荒廃のすべてをもたらしたのは、敵ではなく、朝鮮を独立させ改革しようと戦った人々なのである。 「倭人は朝鮮人を殺さない」ことが徐々に知られるようになり、多くの住民は戻ってきていた。 以下略 そのあとの占領中、日本軍は身を慎み、市内および近郊で得られる物資に対してはすべて順当な代金が支払われた。 日本兵を激しく嫌ってはいても、人々は平穏と秩序が守られていることを認めざるをえず、また、日本軍が引き上げれば、訓練隊がのさばることもよくわかっていた。 訓練隊は日本人から教練と武器を受けた朝鮮人の連隊で、すでに人々に暴力をふるったり物を盗んだりしはじめており、行政当局に公然と反抗していた。 わたしが二度目に訪れた時、目抜き通りはあちこちで建物の解体と建築が行われ、大わらわの様相を呈していた。 日本の商人が商業用の一等地をすべて買い上げ、小さくて暗くて低い朝鮮の店舗を大きくて明るくて広々してこぎれいな日本の建物に改築していたのである。 (P432) 気候は素晴らしく、雨量は適度に多く、土壌は肥え、内乱と盗賊団は少ないとくれば、朝鮮人はかなり裕福でしあわせな国民であってもおかしくない。 もしも「搾取」が、役所の雑卒による強制取立てと官僚の悪弊が強力な手で阻止されたなら、そして地租が公正に課されて徴収され、 法が不正の道具ではなく民衆を保護するものとなったなら、朝鮮の農民はまちがいなく日本の農民に負けず劣らず勤勉でしあわせになれるはずなのである。 しかしこの「もしも」はあまりにも大きい!どんな産業分野にせよ、勤勉に働けば利益の得られることが保証されれば、無気力無関心な人々も変身するはずである。 そのための改革は日本によって行われてきたが、日本も自由裁量権があたえられていたわけではなく、また改革に着手した(とわたしは心から信じる) ものの、役割を果たし調和のとれた改革案を立てるには未経験すぎた。 それに改革案が成立したにせよ、それを実行すべき官僚たちがほとんど例外なく因習と慣例の両方から堕落してしまっている。 改革は断続的断片的で、日本は枝葉末節にこだわって人々をいらだたせ、自国の慣習による干渉ををほのめかしたので、 朝鮮を日本の属国にするのが目的だという印象を、わたしのみるかぎり朝鮮全土にあたえてしまった。 (P435)朝鮮の女性の地位 朝鮮の下級階層の女性は粗野で礼儀知らず、日本のおなじ階層の女性のしとやかさや清国の農婦の節度や親切心からわおよそほど遠い。 着ているものは汚れ放題で、夜遅くまで休みなく洗濯をするのは自分たちでも、きれいな衣服を着るのは男の専売特許と言わんばかりである。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
read.cgi ver 07.5.5 2024/06/08 Walang Kapalit ★ | Donguri System Team 5ちゃんねる